行動あるのみ
どうやって部屋まで戻ってきたのか。薄暗い部屋で一人、ソファーに座っていた。
なぜ、ここに万丈がいないのだろう。ぼんやりと部屋を見渡す。
『一ノ瀬さんのことを知らなければよかった』
その言葉が胸をえぐる。
あの言葉がどれだけ嬉しかったか。それなのに拒否をするようなことを言われるなんて。
「はぁ、はぁっ」
匂いを嗅いでいたのは、本当は臭かったからではないだろうか。
「はぁ……っ」
股間が当たってしまった時、気持ち悪いと感じたのだろう。
「は、はは、バカだな私は」
友として笑って済ませたらよかったのだ。そうしたらいつもの通りだったはず。
「いや、違う」
万丈の熱と匂いに下半身が反応していた。それを知られてしまったのだ。
本当の気持ちに気が付いていたくせに。
知らなければよかったと言われて傷つくくらいに、一ノ瀬の中では万丈の存在は大きなものだった。
やはり自分のことなど好きになってくれる人はいないのだ。それは今までもそうだったではないか。
百と十和田と一緒にいるから話しかけてくる相手がいたが、二人がいなければ話しかけてくる人などいなかった。
二人のついで、それが一ノ瀬のポジションであり、二人のかざす光がなければ闇と同化して見えなくなる存在だ。
だが万丈は二人がいなくても話しかけてくれた。光がなくても、彼だけは。
このまま失うようなことになっていいのか?
だが、話しかけて拒絶されたらと思うと怖くて足を抱えてうずくまる。
それでも、万丈はそんな人ではないと思っている自分がいた。
「そうだな、これではいつまでたっても同じだ」
どうせ気まずいのだ。思っていることを伝えたほうがいい。
「万丈の住んでいる場所は……、知らない」
それなら調べればいいだけのことだ。頼れる相手がいるのだから。
スマートフォンを手に取り、その相手である十和田に連絡を入れた。
『はい、とわ』
「十和田。万丈の住んでいるところ教えろ」
それをさえぎるように言葉を重ね、それに戸惑う十和田の声が聞こえた。
『え、いきなりだなぁ。たしか、一緒に帰ったよね?』
万丈と共にフロアを後にしたので一緒だったのは知っているだろう。
それは今はどうでもいい。どうせ明日になったら聞かれるのだから。
「後で話す。住所」
『はいはい、了解しました。メールしまーす』
「たのんだ」
通話を切り、すぐに十和田からメールが届いた。本当に頼りになる後輩だ。
教えてもらった住所の場所をタクシーの運転手に告げて向かう。
そして部屋の前。チャイムを鳴らすとドアが開いた。
「どうしてうちに?」
「話がしたくてな。中へ入れてくれ」
「わかりました」
万丈の部屋は一人暮らしの男が住む感じだった。
「すみません、掃除は休みの日にしているので汚いですよ」
「いや、男の部屋はこんなだろう? 私がおかしいのだろう」
そう口にすると、万丈はそんなことはないという。
「人それぞれです。男だから、女だからなんて関係ないんですよ。自分がそうしたいと思ったのならそれでいいんです」
万丈はいつでも一ノ瀬の欲しい言葉をいってくれる。
それにどれだけ心を救われただろうか。
「私はやはり君をもっと知りたい」
まだ見ぬ万丈を知りたい。
友としての好きだけでは足りない。
「本当の俺を知ったら、一ノ瀬さんに嫌われてしまう」
「そんなことはない。どんな万丈でも知りたいんだ」
強く拳を握りしめる万丈に、その手を包むように握りしめた。
内容によっては驚いてしまうかもしれない。だけどけして逃げない。
「俺は貴方に友達以上の感情をもっています。電車の中であまりに近くて我慢しきれず匂いを嗅いでしまいました。下半身が当たった時は驚きました。そしてそれ以上に欲情を抱いてしまいました」
その内容に思わず手が震えてしまった。それを感じとったか、万丈が悲しそうに微笑んだ。
「手を離してください」
だが、一ノ瀬は先ほどよりも強く手を握りしめた。
「一ノ瀬さん!」
「ほんとうのっ、ことをしれてよかった」
恋愛対象として好きだと、万丈は言っているのだから。
「無理しないでください」
だが何かを勘違いしているのか万丈の表情はいまだ晴れない。
「無理などしていない。だって好きだと言ってくれるのだろう?」
「はい。ですが、同性に告白されても困りますよね」
「なぜだ。好きという感情に性別は関係あるのか」
自分を愛してくれる。それだけで一ノ瀬にとって幸せなことだ。しかも自分が好意を寄せている相手に言われたのだからこれ以上に嬉しいことはない。
「すみません、俺の勝手な思い込みで一ノ瀬さんに嫌われると思って言えませんでした」
「確かに。言葉一つで誤解を招くこともある。つい、臆病になってしまうものだ。だが、時には立ち向かわなければならぬこともある。諦められないのならな」
それはお前のことだとまっすぐに万丈を見つめた。
「一ノ瀬さん」
「互いをもっと知るべきだとは思わないか?」
人差し指を自分の胸へさし、そして万丈の胸をさした。
「はい。もっと知りたいです」
そう、指と指とが合わさった。
「つながったな、想いが」
「そうですね」
指が離れ、両頬を包み込む。
「一ノ瀬さん、キスしても?」
「あぁ。私もそうしたいと思っていた」
唇が触れ合う。
じわじわとそこから熱が伝わってきて心が温かくなる。
「いいな、これは」
「ほんとうに、ですか?」
明るい表情。万丈に喜んでもらえるのが嬉しい。
「あぁ。キスといいのはこんなにいいものだったとはな」
こんなに心が満たされるものなのだと初めて知った。
「相手が万丈だからだろうな」
それは愛しい者とだから。そっと万丈の唇に触れれば、その手を握りしめられる。
「どうしてそんなに可愛いんですか、貴方は」
「かわいい、だと!」
自分には縁遠い言葉に驚く。
「な、何を言っている」
「一ノ瀬さん、もっとすごいキスをしましょう」
「へ?」
そう万丈は言うと唇を重ね、口の中に舌がはいりこむ。
はじめての感覚。その動きに驚き一瞬あたまが白くなるがすぐにゾクゾクとしたものを感じた。
それはけして不愉快なものではなく、蕩けるようなものだ。
「ひぅ」
舌は一ノ瀬の何かを探るように動き、そこに触れた途端に体が小さく飛び跳ねた。
こんなものは知らない。
先ほどのキスが淡い桃色ならば、これは燃える赤という感じか。
「ばんじょう」
このままでは一ノ瀬だけ蕩けてしまう。
自分だけでは嫌だと万丈の舌へと自分の舌を絡ませれば、目元を細め強く抱きしめられた。