Short Story

俺、慣れてないんで

 この駅からだと千坂は外回り、百川は内回りの電車に乗る。
 それなのに百川が乗る電車のホームへと連れていく。
「ちょっと、俺の部屋にくる気ですか?」
「あぁ。この駅ならお前の部屋の方が近いし」
 どうして部屋についてくるのか、その理由に嫌でも気づいてしまう。だから顔を背けてこれ以上は聞きたくないというていを作る。
 千坂もとくに話をつづけることなく黙って車窓から暗闇を眺めていたが、電車を降り、ホームを出て少し歩いた頃だ。
「なぁ、わかっているんだろ?」
 と千坂が言い出した。
「知りません」
 耳を掌で押さえて聞きたくないというジェスチャーをするが、その手をつかまれ耳から離れてしまった。
「女の子にもてる俺が、お前の部屋に行こうとする理由」
「聞きたくないから知らないふりをしているのにっ」
 それを聞いてしまったら、確実に千坂との関係がかわってしまう。
「俺にとっていい先輩、それだけじゃダメんですか?」
「あぁ。ダメな部分を見ても変わらなかった。本当の俺を見てくれるのはお前だけだ」
 手をつかんだまま、ついばむようなキスをされて眉間にしわを寄せた。
「真っ赤だぞ、顔」
「あんなことを言われたら、こうなるでしょうが」
 いつもキラキラとしてかっこいい。見た目に気を使っているのは誰でも気が付く。
 仕事だってそうだ。手際の良さ、目が行き届いている、さりげないフォロー、いいところをあげたらきりがない。そんな人が自分にだけダメな部分を見せるのだから。自分には気を許しているのだと嬉しく思ってしまう。
「ただの可愛い後輩、それだけの感情だったんだ。だけどさ、百川の良さを知っていくうちにそれだけじゃ物足りなくなって、キスした時の可愛い顔をみたら歯止めが利かなくなった」
 と笑う。
「わー、もうやめてください! モテるのに俺なんかに惚れて残念すぎです」
「そんなことはない。なんだかんだいって優しいお前がますます好きになった」
 ぐいぐいと迫りくる千坂に、百川は一歩、また一歩と後ろへと下がる。
 背中には壁があり、逃げ道がなくなってしまった。
「俺は、今まで告白されたことなんてないんです。慣れてないからドキドキするのであって」
「そこは素直に俺にドキドキしてますって言えよ」
 額がくっついて息がかかる。
「あの、ここ、外なんですけど!」
 キスを阻止しようとそう口にすれば、
「それなら急いでお前の部屋に行こう」
 と手を握りしめた。

 中へ入ると玄関で抱きしめられてキスをされる。気持ちよさに頭が惚けたが、手が服の中に入り肌を撫でられた瞬間、はっとなる。
「ダメですって」
 それを止めるが、なんでというような顔をされた。
「キスを許したらその先もしていいとか思ってます?」
 好きだという気持ちは伝わってきたけれど、俺の気持ちはまだよくわからない。
 それなのに先に先にと求められ、置いてけぼりをくらっているかのようだ。
「百川は行動で示さないと考えてくれないだろう? 俺はただのいい先輩でいるつもりはない」
 そう千坂が言う。
 本気なんだと千坂の目を見ればわかる。だけど、そんなことを言われても困る。
「だから俺は慣れて……」
「それ、言い訳だから。俺は押すタイプなんで。これからも隙あれば手を出すつもりだから」
 止まるつもりがない千坂に、百川は黙り込む。
「それでも嫌なら俺を部屋から追い出せばいい」
「……えっ」
 追い出す。本当に嫌ならそうするべきなのだろう。
 千坂はきっと今まで通りに接してくれる。でも百川の方はどうだ。
 自分にだけ見せていた本当の姿。二度と見ることはないだろう。
 掃除も、ついでにご飯を作ることもなくなる。
(楽じゃないか)
 千坂の面倒を見なくて済むのだから。
 だけど胸の奥がチクチクと痛むのはどうしてだろう。
「百川、どうした?」
 心配するように千坂の手が額に触れる。
 顔が近い、そのことに動揺し熱が上がる。
「あっ」
「なんだ、意識したのか?」
 顔面偏差値の高い男の顔が近いのだ。
「違います。近いっ」
 顔を手で覆い隠す。
「そりゃ、近づけてるからな」
 掌に柔らかいものが触れて離れる。
 それが余計に百川を熱くさせた。
「もう、勘弁してくださいよっ。千坂さんとのこと、きちんと考えますから」
 力が抜けて床に座り込むと、千坂がしゃがみこんで笑顔を浮かべる。
「まぁ、一歩前進ということで良しとしますか」
 そういうと百川の肩をぽん手を置き、あたりを見渡すと寝室の方へと歩いていく。
「え、ちょっと、どこへ行くつもりです」
 嫌な予感がして立ち上がると千坂の腰へと腕を回して引きとめた。
「寝室」
 当然のように言うけれど、下心しのある男を寝室に入れるつもりはない。
「ダメですからっ」
「俺のことを抱きしめているのに?」
 そういわれて慌てて腕を離すが、振り返った千坂が今度は百川の腰へと腕を回した。
「千坂さん、俺は」
 慣れていない、そう言いかけて口を噤む。
 千坂の言う通り、それを言い訳にして逃げようとしている。
「俺の気持ちを考える気になってくれたようだな」
 ふ、と優しい笑顔を見せて頭をぽんぽんとたたく。
 ずるいなぁ。今、その顔をされたら胸がキューンと締め付けられてしまう。
「だからイケメンは」
「惚れちゃうだろう?」
 そういってウィンクする。それが憎らしいほどに様になっている。
「己惚れてないで、泊まるならお風呂どうぞ。ソファーかしてあげますから」
「わかったよ。今日はこれで勘弁してやるから」
 ちゅっと音を立て、触れるだけのキスをして額を合わせた。
「もうっ」
 千坂のペースにならないようにと思っていたのに、完全に巻き込まれてしまった。
 頬に手が触れる。
「仕方がないので、服をかしてあげます」
 それに頬を摺り寄せれば、
「ありがとう」
 手が離れ、蕩けそうなほど甘い笑顔を浮かべた。