俺を待つ。友達か、それ以上?
隣の席に座る爽やかな男前。それだけでも得をしているというのに何をやらせてもそつなくこなす。しかも上司にまでうけがいいとは嫌味でしかない。
睦月《むつき》は森村《もりむら》の共通点は同じ高校・大学出身ということ。後は同じような体格と背の高さ、そして映画好きということくらいか。
地味な顔も睦月のようだったら、女子と仕事以外の会話をすることもできただろう。
「森村、映画に行かないか?」
大学の時は同じ映画研究サークルに所属していた。
その頃も映画に誘われることはあった。だが二人で行くのは嫌だったので仲間と一緒に見に行った。
社会人になり何故か同じ課の隣同士になってしまった。嫌な縁だなと彼に関わらないよう仕事の話以外はしないでいた。
ずっとつれない態度を取っているのに、睦月は何度も映画に誘ってくるし、断ると食事や飲みに誘うこともあった。
あからさまな態度を取っているのだから迷惑だとわからないのだろうか。よほど自分に自信があるのか、心の中で睦月の悪口をいいつつ日々を過ごしていった。
だが睦月は諦めない。何が目的なのだろうと疑ってしまう。爽やかな男前の裏の顔はとんでもない男でした、なんて展開が待っていたりするのだろうか。
「これ、一緒に行かないか?」
そんなことを考えている森村に、いつもと変わらない笑顔を浮かべてチケットを差し出した。今日から上映される人気作品で、しかも席は真ん中の一番いい場所だ。
「好きだろ、この作品」
好きだ。続編を作っていると知ってからこの日をずっと待ちわびていたのだから。
良い席はすぐに予約が埋まってしまう。どうせならいい席で見たいと思っていたので正直いってこのチケットが欲しい。
だが相手が睦月だと思うと素直になれなかった。
「女子と行けよ。喜んで誘いを受けるだろうし」
「この作品は俺も好きなんだ。だから森村と見たい。サークルの時のように感想会をやろう」
映画を見に行った日はファミレスで食事をしながら映画の感想会をしていた。
女に囲まれていていけ好かない奴、妬みから男たちには目の敵にされていたのに、映画に対して熱い男だとわかると仲間たちは彼を受け入れた。確かに話し合うと面白いがそれでも苦手意識があって距離を縮めることはなかった。
「そんなに嫌か?」
顔に出ていたのだろうか。
「え、いや、別に、そんなことは……」
と誤魔化す。
「良かった」
「チケット、無駄にならなくて済んだ」
はねつけていたらそうなっていたのか。
「勿体ないだろう」
さすがに映画好きとしてはチケットを無駄にするのは嫌だ。
「よし、映画のために仕事を終わらせるぞ」
拳を握りしめる睦月は機嫌がいい。今まで誘いを断り続けた同僚がチケットを受け取ったからか。
映画は楽しみだが相手が睦月だと思うと同じテンションには到底なれなかった。
始まる前は隣が気になっていたが、すぐに夢中になっていた。
期待を裏切らない展開と面白さに、途中からは睦月の存在すら忘れていたくらいだ。
しかも興奮は冷めることなく、語り合おうという誘いに断ることなく睦月の部屋へとお邪魔することになった。
「綺麗に整理されているな」
というか必要なものしかおいていないという印象だ。そして一番目についたのはスクリーンだった。
「へぇ、いいな」
プロジェクターへと触れて睦月を見ると、
「興味を持ってもらえたな」
嬉しそうな顔をしている。
「え、そりゃ、これで見られるなんて最高じゃん。俺も欲しいなと思っていてさ」
興味を持ったくらいでどうしてそんな顔をするのだろう。
思えば今までつれない態度をとってきたかもしれない。向こうは友達でないとしても高校からの付き合いなのにと思っていたのかもしれない。
何度か話しかけたそうなそぶりをしていたし、映画に誘われることもあったのだから。
そう思うと自分は嫌な奴だ。自分よりも優れていているからと僻んでいるだけではないか。
「前作、見ようぜ」
「あぁ」
ソファーに並んで座り前作を見始めた。
すぐに物語に夢中になりスタッフロールが流れると、二人して息を吐き出して目が合った。
「何度も見ているけれど面白いな」
「あぁ。メインの二人って俺らと似ていないか」
二人は同じ高校の出身なのだが、その時はとくに接点はなく社会人になってから急接近することになる。
確かに睦月とは同じ高校出身ではあるが似ているのはそれくらいだろう。
「そうかな」
「高校・大学と同じだったけれど、俺らの関係って同級生で同じサークルだっただけだ。だが映画という趣味を切っ掛けに友達になる、といのはどうだ?」
そういうと手を差し出した。
あのフリはそういうことか。なんだか可笑しくなって小さく噴き出した。
「笑うなよ。すげぇ恥ずかしい」
耳と頬が赤く染まっていて、彼もそんな顔をするのだなと少しだけ見る目がかわった。
「俺はずっとお前と仲良くなりたいと思っていたのに嫌われていたから」
「うっ」
面と向かって言われると返事にこまる。確かにその通りだったから。
だが不思議とそんな気持ちはなくなり、どうしてあんなに苦手だったのだろうと思う自分もいる。
「だから緊張した。友達になりたくないと言われたらさすがにへこむ」
「悪かったな」
「許してほしければ友達になってくれ」
そう手を差し出してきて、
「わかった。よし、今日は夜通し映画のことで語り合うぞ」
森村はその手を握りしめると、睦月がいい表情を浮かべた。
それからの時間は楽しく、熱く語り酒も進んだ。そしていつの間にかソファーの上で眠っていた。
「あ、毛布」
「起きたか」
すぐそばで声が聞こえて目をやると床に座りソファーにもたれかかる睦月がいた。
「起きていたのか」
「いや。少し前に起きた。で、これを見ている」
「冷えた刃」
モノクロの映画で外国でも人気が高い日本映画だ。
「かっこいいよな」
映像の美しさもだが、役者がものすごくいい。
「俺が映画を好きになった切っ掛けの作品だ。祖父の懐かしの映画コレクションの一つ」
テーブルの上にDVDのケースが置かれている。
「ほかにもあるのか」
「実家に置いてある。見るなら送ってもらうが」
「見たい」
「そうか。親に頼んでおくな」
趣味が合うことが嬉しいのだろうか、楽しそうな姿をみせた。
「こういうのって本当に好きな奴とじゃないと楽しめないからさ」
「そうだな」
まぁ、睦月みたいに彼女が絶えない男とは違い森村はもてないので映画を見るのは一人が多い。
だが見ているのを邪魔されたら嫌だなという想像はできる。
このシーンがいい、主役がかっこいい、ヒロインが綺麗だ。そんな話をしながら映画を堪能し、
「腹減ったな」
朝食を食べていないことを思い出して腹をさすった。
「何か用意しておけばよかったな」
「いいよ。昼も近いからどっかで食わない?」
もう少し語り合いたいという気持ちもあって森村の方から誘った。
「そうだな。もっと一緒にいたい」
睦月も同じ気持ちだったようでカバンから財布を取り出してポケットにしまった。
駅に向かう途中にあるファミレスに入り、高校生の頃の話をした。
あの時はただのクラスメイトでしかなかったのが勿体ないと思うくらいに盛り上がった。
週末の楽しい時間。
今までのことが嘘なように共に映画を楽しみ、長年の友のように語り合う。
それが仕事にも良い影響を生み、共に仕事をすることが増えた。
どんなに一緒にいても嫌だと思わない。女子に誘われているのを見ると羨ましくてむかつくが、彼は森村と過ごす時を選んだ。
それに優越感を感じるようになるのはあっという間だった。
あんなにモテる男が自分と部屋で映画を見て語り合っているのだと。
男の友情は素晴らしいと思っていたのだが、しばらくして、ふいに頭の中に横切った。
いくら楽しいからとこのままでは彼女が出来ないまま婚期を逃してしまわないだろうか。
睦月はいい。その気になればすぐに相手も見つかるだろう。だが自分はどうだ。彼女がいたのは一度だけ。しかも映画ばかり連れて行った挙句に振られてしまった。
「そうだ。睦月に頼めばいいじゃん」
つい口に出てしまい、まずいと手を当てるが、
「俺に何か頼み事でもあるのか」
しっかりと聞かれてしまった。
「あー、いやぁ、この頃さ、一緒にいるよなって」
「そうだな。お前と好きな映画を見て話せるのが楽しくて」
きらきらとした表情でそう返されてグッと喉が詰まる。彼女が欲しいから紹介してなど言い出しにくい。
「で? 俺にできることなら協力するぞ」
しかもそんなふうに言ってくれるなんて。余計に言い出しにくくなり、何でもないと返したが遠慮していると思われたか、
「いいから話してみろよ」
と促されて、
「女の子を紹介してほしい」
そう口にした途端、睦月の笑顔が消えてしかめっ面となる。
さすがに図々しかったか。
「友達になったからと調子に乗った」
謝るが睦月は顔を背けて映画を見る準備を始める。
「睦月ぃ」
楽しい時間に水を差したから怒ったのだろう。自分だって邪魔をされたら腹が立つ。
「ごめんって。許して」
「彼女を欲しがらない?」
「あぁ……ん?」
機嫌を直してもらうには彼女はいらないと答えるべきなのだろうが、おかしいと気が付いた。どうしてそんなことをいうのだろうと。
「そこは即座に欲しがらないと言うところだろ」
あきらかに機嫌の悪い。
「いやいや、おかしいだろう、それ」
彼女が欲しいと思うのは普通だ。
「駄目だ……」
その後に、森村は俺のモノだ、と呟いた。
友達にしては行き過ぎているが言葉を換えれば噛みあう。
「うそだろ」
浮かんだ言葉に頭を抱える。
相手なんて選びたい放題のモテ男だというのに。よりによって地味な男に走るなんて。
「もう少し仲良くなってから言おうと思っていたのに。お前が女の子を紹介しろだなんていうから」
「俺のせいかよ」
「そうだ。友達というポジションを手に入れるまでに七年だぞ」
高校三年の時から友達になりたいと思っていたというわけか。
「うっ、まぁ、お前は目立っていたし、俺は地味だったから住む世界が違うっていうか」
「大学で同じサークルに入った時も俺に関わりあいたくないと思っていただろう?」
その通りなので何も言えずに黙り込んだ。
「同じ会社に入れた時は神様が頑張れと応援してくれているのかと思ったくらいだ」
肩をつかまれる。それに驚いて睦月を見れば二人の距離が近づいていた。
それに気が付いたか、目を見開いてから照れたように視線を外す。ただし肩の手は離れていない。
「なぁ、プロジェクター、俺のために買った、とかないよな?」
「いや、そのまさかだ。お前が俺に興味を持ってくれないから、使えるものは使う」
そこまでして気を引こうとしていたとは。
「チケットもか」
「予約がとれた時はガッツポーズをしたぞ」
その姿が想像できない。
「どれだけ俺が好きなんだよ」
本気なのだと伝わってきて顔が熱くなった。
「高校生の時は友達になりたかった。だが大学になり同じサークルに入ってから楽しそうに語る姿を見て、心が温かくなって俺まで楽しかった」
「こんな地味な男をか?」
綺麗だったり可愛かったりするのならわかるのに。
「映画を見ている森村は表情が豊かで可愛いぞ」
「なっ」
再び視線が合う。先ほどよりも近い距離で、しかも可愛いといわれて照れてしまった。
「馬鹿なことをいうなよ」
「本当だ。俺はこれから先も一緒に映画を見て、表情をころころと変える姿を隣で見たい」
モテ男が必死になって地味な男の気を引こうとする。
友達のポジションを手に入れるまで頑張ったのだから、恋人のポジションも手に入れることしか考えていないのだろう。
「はは、お前は諦めなさそうだな」
「あぁ。OKの返事を貰うまではな」
「一択じゃん」
今はまだその一択すら答えられない。だが心には届いた。睦月の想いが。
「しょうがないな。しばらくの間は彼女が欲しいと言わない。男二人で映画鑑賞を楽しむとするよ」
「すぐに俺がいいと言わせてみせるよ」
「おー、がんばれー」
「このやろう。俺の本気を見せてやるから覚悟しろよ」
肩をつかまれたままだったので簡単にソファーに押し倒されてしまった。
その時に見せた男らしい表情に、何故か胸が小さく跳ねた。
これから先に待っているのは友として傍にいる自分なのか、恋人としての自分なのか。
まだ先のことはわからないけれど、何かが始まりそうな予感がした。