Short Story

素直になれない恋心(虎)

 大柄な男が苦しそうにうめき声をあげている。
 詩(うた)の愛猫であるタイガは標準体重よりも重くて大きい。
 そんなのが腹の上で寝ているのだからあたりまえだ。
 それを見て見ぬふりをしているのは、のんきに昼寝をしているからだ。
 そろそろ起こしてやろうかと、身体を揺さぶる。
「おい、虎治、起きろ」
 何度目かの呼びかけに、
「う~ん」
 目をこすり大きく伸びをすると、腹の上のタイガがピクリと耳を動かし一緒になって伸びをする。
「タイガってば俺の腹の上で寝ていたから苦しかったんだ」
 タイガを持ち上げて膝の上へと乗せる。
「お前さ、サークルの旅行先を決めるのにウチに押しかけといてさ、なんで寝ているんだよ」
「昨日、バイトが忙しかったんだよね。だから疲れがでちゃったかなぁ」
 タイガの頭を撫でながら、えへへと笑うと、腹の虫が大きな音を立てる。
「そんなことよりもさ、詩にぃ、お腹すいたよぉ」
 腹をさすりながら詩をじっとみつめる。
 詩は幼いころから弟のように可愛がってきた。そのためか虎治を甘やかしてしまう。
 拳を作りワナワナとさせつつも、ため息をひとつ、そして怒りをおさめる。
「わかったよ。チャーハンでいいか」
「うん。詩にぃのご飯、大好き」
 甘え上手め。心の中でぼやきつつ、キッチンへと向かうと冷蔵庫から食材を取りだして料理をはじめる。
「虎治、タイガにオヤツあげといて」
「了解」
 虎治は迷うことなくタイガのおやつを取りに行く。
 家に入りびたりなので、どこになにがあるかを知っているのだ。
「タイガ、おやつだよ~」
「みぎゃぁ」
 タイガはがらがらとした声で鳴く。詩はその声が可愛くてデレッとした顔で眺めていると、虎治と目が合い微笑みかけてくる。
 虎治はかっこいい男だ。
 背が高くて顔も良い。高校の頃から女子に人気があったし、人懐っこい性格もあって友達も多い。
 詩も同じくらいの背丈なのだが、貧弱な体型と普通過ぎる顔のせいか女子にモテない。それをひがみつつ、できあがったチャーハンを皿へ山盛りによそい、虎治の方へと持っていく。
「わっ、美味しそう。頂きます」
 手を合わせ、チャーハンを食べ始める。 
 虎治の食べっぷりはみていて気持ちがいい。詩はその姿を満足げに見つめる。
 あっという間にチャーハンは空となり、
「ゴチソウサマでした」
 満足げに腹をさする。
「あぁ、毎日、詩にぃのご飯が食べたいよぅ」
 ちらっと詩の方へ視線を向ける。
「そういうことは彼女に言え」
「えぇ、詩にぃの作ったのが食べたいんだよ」
 柔らかい表情でこちらを見ている虎治が目にはいり、詩はドキッと胸を高鳴らせる。
「いやだね。デカいし、鬱陶しい」
 と虎治から顔を背けた。
「えぇ、おっきいのも可愛いよ? ねぇ、タイガ」
「みぎゃぁ」
 そのとおりと、まるで返事をしているかのようにタイガが鳴く。
 虎治はタイガを持ち上げて、腕を掴んでちょいちょいと動かして、詩の頬にタイガの手がプニっとふれる。
 この攻撃はずるいだろうがと、再び虎治の方へと顔を向けた。
「タイガはな!」
 詩はそう、強めに言い放つと、
「えぇっ、俺だって可愛いよ」
 タイガを膝の上に置いて、にゃんと口にしながら、まねき猫のようなポーズをとった。
 それでなくとも大柄でうっとうしいのに、かわいくて胸がきゅんと跳ねてしまった。
 だが、それをみとめたくなくて、
「可愛くない」
 詩は気持ちを誤魔化すように虎治の後頭部をバシッと音を立てて叩いた。
「暴力反対~」
 虎治が口元を尖らせ、肩のところに頭をぐりぐりと押し付けてきた。それを引き離し、
「うるさい。ほら、飯も食ったし、旅行先を決めるぞ」
 とテーブルの上にノートパソコンとパンフレットを置いた。
「はぁ~い」
 虎治がそれを手に取り見始め、詩は食べ終えた食器を重ねて流し台へと運んだ。

 サークルの一室。
 女子は大半が虎治目当てで、部屋に入ると女子達に囲まれている。
 毎度ながらよくもてる。昔からそんな姿をみているので詩はどうとも思わないが、男どもは僻みつつそれを眺めている。
 もともと女子が多いので別の場所にもいるのだが、詩はそちらにむかい、パイプ椅子に腰を下ろした。
「詩先輩、こんにちは」
 小さくてかわいい女子が声をかけてくる。
「こんにちは、鈴木さん」
 鈴木は小さくて可愛い女性だ。
 はじめのころは大柄な虎治と詩を怖がっていたのだが、威圧感を与えぬように視線を合わせるためにしゃがみ、他の女子よりも優しく接してきた。そのかいもあり、今では普通に話せるようになった。
「虎治は相変わらず女の子に囲まれているね」
 その名前にぴくっと鈴木が反応する。そう、詩とは大丈夫だが、虎治はいまだに怖いようだ。
「ねぇ、鈴木さん。まだ虎治のことが怖い?」
 彼女の前にしゃがみこんで顔を覗き込むようにみれば、何かを言いたそうに口をパクパクとさせたが、結局は何も言わずにぎゅっと手を握りしめた。
「話したいことがあるなら聞くよ」
 せかすことはせず、黙って鈴木が話し始めるのを待つ。
 何度かためらいつつ、ようやく口を開いた。
「じつは、睨まれるんです。虎治君に」
 まさか虎治がと、驚いた。
 女の子には優しい奴だ。睨むなんて考えられない。
 それが顔にでてしまったか、鈴木があきらめたような、そんな表情を浮かべた。
「やっぱり、信じて貰えませんよね」
 変なことをいってごめんなさいと、泣き笑いを浮かべる。
 虎治と詩が幼馴染だということを周りは知っている。それなのに鈴木が嘘をつくわけがない。
 それを伝えるのにどれだけの勇気がいっただろうか。
「ごめん、正直に言うと信じられない」
「そうですよね」
 席を立とうとする鈴木に、まってと詩は彼女の腕をつかんだ。
「でも、本当のことなんでしょう?」
「……はい。はじめは気のせいじゃないかって思ったんですよ。でも、私のことを睨んでいて、あぁ、嫌われているんだなって」
 怯えた目。どれだけ怖かったのだろう、きっとこの話をしても誰も信じないだろう。特に女子は。
 確かめないといけない。鈴木をどうして睨むのか。そしてやめさせる。このままでは鈴木がサークルに参加しにくくなってしまうから。
「鈴木さん、話してくれてありがとう」
 そっと鈴木の手を握りしめると、
「ずっと誰かに聞いてほしかったんです」
 ホッとしたのか、緊張していた表情はゆるみ、鈴木の目から涙がこぼれおちた。
「鈴木さん、気が付いてあげられなくてごめん。それに怖い目にあわせてごめん」
 慰めるように背中をさすれば、
「詩、せんぱい」
 鈴木が胸に縋りつく。
 震える細い身体を抱きしめようと腕を後ろに回しかけるが、虎治に腕を掴まれ邪魔された。
「詩にぃ、帰ろう」
 目が合うと虎治が怖い顔をしていた。
「とら、じ」
「あ、もしかして邪魔しちゃったかな」
 なんて冷たい声なんだろう。こんな虎治を詩は知らない。
 確認するまでもなく、実際に目の前で鈴木の話してくれたことが証明された。
「ねぇ、詩にぃ。旅行先を決めたいから、家に寄っていいよね?」
 掴んでいた腕に力がこもる。それは、拒否することを許さないといっている。
「虎治、痛い」 
 虎治は詩が痛がることをしたことはない。それに気が付いていて無視するなんて、いままでしたことはない。
「鈴木さん、お友達が探していたよ。早く行ってあげて」
 笑顔を浮かべているのに目が冷たい。その表情に鈴木が引きつっている。
 このままではダメだ。
 今の虎治は何をするかわかったものではない。
「虎治、ほら、帰るんだろ」 
 詩の方から腕を引っ張ると、鈴木を見ていた虎治が詩の方へと顔を向ける。
 心から笑顔を浮かべている。目が嬉しそうに細められていた。
「鈴木さん、またね」
 鈴木に手を振り、虎治を引っ張りながらサークルの一室を出た。

 部屋に入った途端、玄関のドアに背中を押し付けるように腕に囲い込まれる。
「何」
「何、じゃないよ。さっきの、なんなの?」
「……お前、鈴木さんのこと、嫌いなのか」
「あぁ、なんだ、聞いたんだ」
 先ほど見た虎治は、本当の姿だった。
「どうして」
「だって。詩にぃ、好きでしょう、ああいう子」
 確かに鈴木は可愛い。あの時、虎治が邪魔をしなかったら抱きしめていたかもしれない。
「まぁ、嫌いじゃない」
「だからだよ。詩にぃは、俺のモノなのにっ」
「なんだって!?」
 その言葉に詩は目を瞬かせる。
 それは、大好きな兄をとられてしまった弟のような感情か。
 かわいい嫉妬だと、口元に笑みを浮かべる。
「お兄ちゃんをとられたくないってか?」
 詩は虎治の頭を撫でるが、その手を掴まれてしまう。
「詩にぃ、全然わかってない!!」
 唇に柔らかなものが触れる。
「ん、とら、じ」
 キスをされたことに驚いて目を見開くと、虎治の唇は離れ、親指が濡れた唇をぬぐう。
「なんだ、お前、そういう意味で俺が好きなのか」
 そこではじめて虎治の気持ちに気がついた。
「そうだよ。小さいころからずっと詩にぃしか見ていなかったのに」
 真剣な顔に、詩はドキッと胸を高鳴らせる。だからずっと詩を追いかけ続けてきたのか。
「気が付かなくてごめん」
 詩は胸元に手を当てて目を閉じる。
 真っ直ぐな言葉は胸に届いて、じわりと熱がこみ上げる。
「俺はずっと勘違いしていたよ。だって俺だよ? 惚れる要素が解らねぇ」
「なんで? 詩にぃの良さ、気が付いている人はいっぱいいるよ。鈴木さんだって」
 虎治は鈴木が恋をする目で詩を見ていたことに気が付いていたという。
 同じ人に恋をしているから、わかるのだと。
「詩にぃは女の人のほうが好きでしょ。だから、鈴木さんに嫉妬してた」
 みるみるうちに表情が怖くなる。
 これを向けられたら、誰だって怖いと思うだろう。しかも相手は大柄ってだけで怖がる女の子なのだから。
「嫉妬してても、怖がらせるのはダメだ」
 虎治の額にデコピンを食らわせた。すると、痛いと額を手で押さえる。
「詩にぃ、ひどい」
「怖いお前は嫌いだ」
「えぇっ」
 その言葉にショックをうけたようで、嫌わないでと詩にすがりつく。
「俺に嫌われたくなければ、もうそんな顔をするなよ」
 言い聞かせるように両方の頬をはさみ、
「虎治は笑っている顔が可愛いんだから」
 そう額をくっつけた。
 互いの顔が近い。
「ねぇ、もう一回、キスしていい?」
「ん……、どうすっかなぁ」
 じっと甘えるように虎治が詩を見つめる。
 ずるい奴だ。その目に詩が弱いことを知っていてするのだから。
「詩にぃ」
「いいよ」
 虎治はキスの雨を降らせはじめた。
 やめさせようと、それを拒否するように顔をふるうが、後頭部を押さえつけられ口づけはより深くなる。
「ふぁっ」
 舌が歯列をなぞり、絡みつく。
 甘いしびれと共に、身体の奥のほうで芯をもちはじめる。
 このまま共に蕩けてしまいたい。そう思うほどに気持ちが良かった。
 虎治の手が服の下へとはいりこみ、腹から胸へと伸び、乳首を摘ままれて、我に返った。
「ひゃっ、こら、虎治。そこまでは許してないぞ」
 手を叩いて止めると、しゅんと落ち込む虎治に、幻の垂れた耳と尻尾が見える。
「そんな顔をしても駄目」
 顔を真っ赤に染めて、これ以上は駄目というように自分の服を掴む。
「じゃぁ、詩にぃ。俺のこと、どう思っているかを教えてよ」
 じっと詩を見つめ答えを待つ。そもそも、嫌だったら受け入れたりしない。なぜ、気が付かないのだろう。
「さぁな」
「えぇ、詩にぃ~」
 詩に甘えようとする虎治の額を手で押さえて引き離す。そして、詩はタイガの元へと向かう。
「タイガ、おやつの時間だぞ」
「みぎゃぁ」
 大きな身体を抱き上げてキッチンへと向かう。
「詩にぃ!!」
 虎治がその後につづく。
 くすっと詩は笑い、振り返ってタイガを虎治に預ける。
「おっきいのも、可愛いんだろ?」
 前に虎治が口にした言葉だ。それに気が付いたか、虎治が嬉しそうな表情を浮かべた。
 虎治とタイガを抱きしめると、視線が同じくらいなので目があう。
「大好きだよ、詩にぃ」
「……俺もだよ」
「~~~~!!」
 喜びのあまり、じたじたと脚をならす虎治に、腕の中のタイガが驚いて飛び降りた。
「こら、虎治」
「ごめーん」
 そして、二人顔を見合わせて笑いあう。手を握り指を絡ませあいながら……。