長期休暇
昨日の疲れもあったか、ぐっすりと眠っていたようだ。
「あ……、良く寝た」
あくびをし、身体を伸ばす。隣を見れば、結城の姿はなく布団が畳まれて置かれていた。
「あいつ、何処へ行ったんだ」
帰ってくれればありがたい事だが、廊下に出ると庭の方から声がする。
サンダルを履き出ていくと、畑で野菜を取る父と結城の姿がある。
「おはよう、二人とも」
「おはよう。お父さんが収穫をさせてくれるというのでな。楽しいな」
麦わら帽子に手拭いを首にかけ、真っ赤なトマトを掲げながら笑顔を向ける。取り繕う事のない、その無邪気な表情は見た事がない。
「結城君は良い青年だ。お前と違って」
父に言われて苦笑いを浮かべる。外面が良いだけだと言い返してやりたい。
「言ってろ」
「井戸の水でトマトときゅうりを冷やしている。母さんの所に持って行ってくれ」
「はいよ」
縁側に置かれたざるを手に冷えた野菜をのせて台所へと向かう。
母はコンロの前で何かを作っているようだ。覗き込むと湯の中にトウモロコシが入っていた。
「あ、トウモロコシ」
「もぎたて。結城君に食べさせてあげるのよ」
やたらと楽しそうで、自分の息子よりも結城かよと少し嫉んでしまう。
ざるにあげたトウモロコシから白い湯気が立ち上る。
「二人を呼んで頂戴。朝食にしましょう」
朝食の準備は既に終わっていたらしく、皿に盛ったおかずを渡される。
居間に向かうと、丁度、二人が戻ってきた。
「朝飯っ」
と言うと二人は庭から直接中へあがりこんだ。
「はい、ご飯とお味噌汁。これは結城君がもぎってくれたトウモロコシよ」
皿に山盛りのトウモロコシが真中に置かれる。
食事を済ませてトウモロコシにかじりつく。
「甘くてしゃきしゃきとして美味い」
「そうだろう。俺も食べよう」
と、トウモロコシに手を伸ばした所に、
「じぃじ、ばぁば、颯太、来たぞっ」
元気よく声を掛けて庭から甥の武(たける)が家へと上がり込んだ。小学校四年生で、生意気盛りの元気っ子だ。
「おう、いらっしゃい」
颯太の隣に知らない人を見つけ、興味津々と覗き込む。
「誰?」
「こら、武」
失礼だろうと額を指で小突く。
「俺は颯太君の友達の真人だ」
「そっか。よろしくな、真人」
「呼び捨てじゃなくて、さん付けしろ」
「わー、トウモロコシ」
話しは聞かないし自分勝手。誰に似たんだと頭を抱える。
そんな武を結城は特に怒ることなくトウモロコシを齧っている。
颯太に対しては武と同様だが、他の人には礼儀正しい男だ。子供には甘いのか、それとも猫をかぶっているだけか。
「武、荷物の片づけは」
「やべぇっ、食っている場合じゃなかった。川遊びできなくなっちまう」
食べかけのトウモロコシをテーブルの上に置き荷物の片付けに向かう。
「はぁ、台風のようだ」
と呟くと、結城がクスクスと笑いだす。
「悪いな。礼儀がなってなくて」
食べかけのトウモロコシを母から受け取った皿の上にのせる。
「いや、子供はああいうものだろう?」
「うーん、それは何とも言えない」
自分が子供の頃はもう少し落ち着いていたと思う。
「あら、颯太だってあんなだったわよ」
と母に言われて、ガックリと肩を落とす。
「あはは」
楽しそうに腹を抱えだす結城に、笑い過ぎと肘で小突く。
「すまん。俺は外で遊ぶより本を読んでいるような子供だったものでな」
「夏休みにセミやカブトムシを取りに行ったり、小川で遊んだりしたことないのか?」
子供の頃は夏休みになると宿題をそっちのけで朝から晩まで外で駆けずり回って遊んでいた。
「あぁ。楽しそうだな」
「よし、じゃぁ、今から小川に遊びに行こう!」
いつのまにか話を聞いていた武が颯太と結城の腕をつかむ。
「武が遊びたいだけだろ」
「えぇ~、真人も遊びたいよなぁ」
結城を引き込もうという作戦に出る。
「こら、武っ」
妹が旦那と一緒に居間に入ってきて、そこで互いに簡単な挨拶を済ませて話しを始めようとしていた所に武が邪魔をする。
「真人、夏休みに遊んだことがないんだって。だから俺が教えてやるんだ!」
と胸を張る武に、
「武が遊びたいだけでしょ」
そう颯太と同じことを言うと、結城が、
「流石、兄妹だな」
同じことを言っていると、武にも本当だよと言われてしまう。
「あら、そうねぇ」
と母が笑い、起ちあがると箪笥から何かを取り出して颯太に手渡した。
「タオルを入れておいたから。遊んでいらっしゃい」
「ばぁば、ありがとうっ。行くぞ、二人とも」
元気よく庭に飛び出していく武に、颯太は慌ててその背中を追いかける。
そして振り向き、「行くぞ」と結城を呼んだ。
近くの小川は水深が低く、川幅も狭いので子供たちの遊び場だ。
「ほら、早く来いよ」
武の呼びかけに、ズボンを折り曲げてサンダルを脱ぐ。
「おお、冷たいな」
結城も同じようにし、小川の中へと入ってくる。ひんやりとしていて気持ちが良い。
「えいっ」
武がこちらめがけて水を掛けてきて、結城がもろ受ける。
水も滴るなんとやら。
濡れた髪を掻き揚げてやったなと口角を上げる。その仕草が様になっていて、ムカつくほどかっこよい。
結城につい目がいっていた。顔におもいきり水をかけられて、我に返る。
いつのまにか二人に標的にされていた。
「お前たち、やりやがったな」
同じように顔めがけて水をかけやれば、楽しそうに二人が笑っていた。
たっぷりと遊び、母から受け取ったタオルを先ずは結城に手渡すと、自分よりも先に武の身体を拭い始めた。
「結城、俺がやるから」
「いいよ、もう終わる。お前は自分を拭け」
意外と面倒見が良く、その様子を眺めていたら、
「俺にも甥と姪が居るんだ」
「だから手馴れているのか」
「あぁ」
「真人、もういいよ。ありがとう」
タオルから武が離れ、濡れたタオルを受け取り、今度こそは自分をと乾いたタオルを手渡した。
※※※
家に帰り、暫くは話しをしていたが、いつのまにか寝てしまっていたようだ。
横を見ればすぐ近くに整った容姿があり、目覚めのそれは心臓に悪い。
「良く寝ていたな」
結城も起きたばかりなのだろう、寝跡が頬についている。それでも笑顔が爽やかだ。
「二人とも起きたのね。スイカを切ってくるわ」
と母が台所へと立ち、家族がテーブルを囲む。
赤と黄色のスイカは井戸水で冷やしてあり、のどが渇いていたのでそれで潤す。
「あれを一度やってみたかったな」
と呟く結城に、何かと聞けばスイカ割がしたかったそうだ。
「やったことがないのか」
「あぁ。子供の頃から海外で過ごす事が多かったから」
「お前、ボンボンだものな」
そう嫌味っぽく口にする。
「まぁな。一度、花火がしたいと願ったら、打ち上げ花火だったし」
流石、金持ち。一般人とはスケールが違うよなといじければ、結城が寂しそうに笑いかける。
「すまんな、実家まで無理やりついて来てしまって。これを食べたらおいとまをするよ」
昨日の夜、帰れと言ったのは颯太だ。だが、結城は断ると言った。それなのにそんな事を言うのだろう。
「……急にどうしたんだよ」
「俺は、お前が誘いを断ってまで何処に行くのか気になった。そして断られた理由を知った」
ここは良い場所だと、嫌がられてもついて来てよかったと口元を綻ばす。
「自分勝手な事で家族との時間を邪魔してしまい、申し訳なかった」
そう頭を下げる。理由を素直に話してくれた。確かに自分勝手だ。だけど、怒りはわいてこない。
「今更だろ。だからもういいよ。それよりも、花火をやらねぇで帰るの?」
「花火」
目を瞬かせて颯太を見ていた結城だが、見る見るうちに喜びの表情へと変わる。
「だから、明日、一緒に帰ろう」
と手の甲に触れる。
「俺はまだ、ここにいてよいというのだな?」
「あぁ、そういうことだ」
「そうか、嬉しいよ」
その、微笑みの破壊力は半端ない。男である自分にまで効果があるなんて。
結城は見た目と人当たりの良さもあり、同期内では彼が中心であった。颯太もその頃は良く話をしたものだ。
だが、社長の息子だという噂が流れ、事実だという事を本人の口から聞くと、摺り寄る奴、距離を取る奴、彼女の座を狙う奴、周りの態度は急変するが、颯太は態度を変える事無く接していた。
研修が終わり、配属先が決まったあたりから結城の態度がおかしくなり始めた。
まず、名前をフルネームで呼ばれるようになった。
休みの日になるとやたらと誘われるようになった。
真っ赤な薔薇の花束をプレゼントされそうになった時は流石に引いた。それから結城は俺の中でただの同僚から苦手な男へとかわった。
友達になれると思っていたのに、裏切られたという気持ちもあった。
それからは結城の事を見ようとしなくなった。でも今はそれを反省している。彼は見た目と同じく、いい男なのかもしれない。
夕食の後、花火を楽しみ、その後に小川に蛍を二人で見に来ていた。
「楽しかったな」
「あぁ。ネズミ花火の、あの時のお前……」
ネズミ花火が足元で回転し始めて、まさかそういうものだとは思っていなかったようで、結城が驚いて逃げまくっていた。
「そういうお前だって」
その慌て振りが面白くて笑っていたら、自分の方にも花火がきて、思わず声をあげてしまった。
「あはは、そうだよな」
あの時の自分にも笑える。
「あぁ。好きな人と一緒に楽しいことが出来て幸せだ」
「好き?」
「あぁ。ずっと恋していたんだ」
颯太の気を引きたかった。ただ、それだけだった。
「薔薇とか贈られた時は引いたぞ」
結城に気のある女性なら贈られて嬉しいと思うだろうが、流石にお祝いとかでなく花を贈られても純粋に喜べない。
「はじめてなんだ。自分から好きになったのは」
さりげなく自慢かよと思いつつも、それが颯太とか、どうなんだろう。
「残念な奴だな、お前って」
「残念? 俺はお前と出逢えたことに感謝しかない」
「うわぁ……」
恥ずかしい奴だ。
だが、そんなに想ってくれいるという事が嬉しく、同性に告白されたというのに嫌悪感がないのはそういう所かもしれない。
「想いを告げたからな、これからはもっと攻めていく。覚悟しておけよ」
「は、俺は簡単に落ちねぇし」
そう口角を上げれば、蛍が宙を舞った。
「綺麗だな……」
その美しさに魅了される。
「あぁ、綺麗だ」
ふと視界を遮られる。そして、唇に柔らかなモノが触れた。
「あっ」
キスされた、そう思った時には既に離れていた。
「宣戦布告だ、荻颯太」
耳元で囁かれ、ゾクッとしながら耳を押さえる。
「なっ、結城!」
「俺が一歩リードだな」
と笑う結城に、してやられた事が悔しくて、背中に軽くパンチを食らわした。