Short Story

結婚なんて冗談じゃない

 手渡された招待状には金色の文字で「Wedding Invitation」と書かれている。
 美人な受付嬢と付き合っているという噂を耳にしたことがあるが、とうとうゴールインする事になったのかと中を開く。
 だが、そこに書かれている名前を見て俺は目を疑った。
「谷ぃぃぃ」
 地を張るような声で名を呼ぶ。
「なんでしょうか、吉井さん」
 俺が怒っている原因を解っていて、嬉しそうな表情を浮かべていて、それが余計に頭に血をのぼらせる。
「なんだこれは」
 デスクの上に叩きつけるように招待状を置く。
 新郎新婦の名前の欄に、俺と谷の名前が書かれていたからだ。
「あぁ、見てくれましたか? これを部署の皆に渡そうと思っているんですけど、その前に吉井さんに確認してもらおうと思いまして」
 これは新たな嫌がらせだろうか。理解が出来ないと眉間を指で押さえて首を振るう。
「お前なぁ……」
「本気ですから」
 それはそれで笑えねぇから。
 谷の方はといえば、いたって真剣ですといわんばかりに真っ直ぐと俺を見ていた。
「式場も押さえてあります。あぁ、そうだ。デートを兼ねて、一緒に見に行きましょう」
 その後はホテルで食事をして、そのまま泊まりましょうと、手を握られる。
「はぁ、何を言ってやがる。キャンセルだっ」
「嫌ですよ。ここの式場、人気なんですから」
 半年待ちなのだと、結婚式場のパンフレットを引き出しから取り出して開く。
 そこには教会をバックに幸せそうに笑う花嫁と花婿。
 一瞬、タキシード姿の谷と俺の浮かべてしまい、鳥肌が立って腕を摩る。
 こんなの、絶対に嫌だ。
 俺に何も言わずに勝手に進めやがって。断られると解っていて、外堀を埋めて断りにくい状況を作り出してから話をしたのだろう。
「ふざけんな」
「ふざけてません」
「大体さ、順番が違うだろうが」
 普通はプロポーズが先だろうが。それをすっ飛ばして結婚式を挙げるとかありえない。
 というか、谷と結婚する気はないし、この話は無かったことにと言いたくてそう口にしたのだが、
「あぁ、そうでした」
 とスーツのポケットから小さな箱を取り出す。
「違う!」
 俺が言いたいのはそれじゃない。
 なのに、勘違いをした谷がポケットから出したモノが何かに気が付いて、俺は受け取らないぞという意思表示で、手をズボンのポケットへと入れた。
「あぁ、隠さないでください。指輪がはめられません」
 箱を開くと中には指輪が二つならんでいる。
「やっぱりな」
 指輪まで作りやがって何を考えているんだ。ドン引きする俺をよそに、
「課長、頑張れ」
「ファイトです」
 と谷にエールを送っていた。
 既に周りを味方につけて、知らなかったのは俺一人だけ。しかも、この後に続く展開に気が付いしまった。
「吉井さん、結婚してください!」
 フロア中にプロポーズの言葉が響きシンとなる。
 絶対に受け入れないと手に力を込めるが、気がつけばその手は谷によって握りしめられており、左手の薬指に指輪をはめていた。しかもサイズはピッタリだ。
 混乱する俺をよそに、拍手が鳴り響き、同僚は谷におめでとうと声を掛けている。
 まずい、このままでは本当に結婚する流れとなりかねない。
「付き合いきれねぇ」
 指輪を外し、それを谷の頭に当たるように投げつけた。
「ちょっと、吉井さん、投げるならブーケにしてくださいよ」
 と頭に当たり床に落ちた指輪を拾い、再びそれを薬指へとはめる。
 照れているのかとからかわれて、どうにもいたたまれない気持ちとなる。
 逃げるように部署から離れ、気持ちを落ち着かせようと喫煙室で煙草を吸うがイライラが収まらない。
「なんなんだよ。俺が谷と結婚とか、笑えねぇよ……」
「俺は本気ですよ」
 俺を追ってきたのだろう。煙草の匂いが嫌いで普段は近寄らない癖に、喫煙室の中へと入ってきた。
「俺達は男同士で、しかもただの上司と部下って関係だけだろうが」
 そう冷たく突き放すように言えば、
「どうしてそんな言い方をするんですか?」
 寂しそうな顔をする谷に、ほんの少し心が痛む。
「俺のプロポーズ、受けてくださいよ」
 肩を強く掴まれて、嫌だと拒むように身をよじらせる。
「ならば、キャンセル料を払ってもらう事になります。一括でね」
 と、仕事の時に見せる真面目な表情を浮かべ、メモ用紙に何かを書きこんで手渡した。
「だいたいこれくらいになるかと」
 かなり豪華な結婚式を挙げるつもりだったか、式場のキャンセル料だけでもウン百万。そこに指輪の値段やら諸々をプラスすると、眩暈を起こしそうになる。
「な、お前が勝手にっ」
「はい。だからこのまま式を挙げるというのであれば、全額、俺が支払いますよ」
 ずるい。貯金を全部使っても払いきれないのを解っていて、一括でと言っているに違いない。
「ぐぬぬっ」
「俺は何度も貴方に『好き』と伝えました」
 確かに何度も告白をされている。それに応えないのは自分だ。
 谷は同じ大学の二つ下で、サークルで知り合った。男前の彼は、すぐに女子のハートを鷲掴みした。
 それを気に入らないと思う奴もいたけれど、それを鼻にかけている訳でもなく、人懐っこくて話が良く合う男だった。
 俺が社会人になってからも付き合いは続いた。まぁ、学生の頃よりも会える時間は減ったが、それでも会えばすぐに話が盛り上がり尽きる事が無かった。
 谷が俺の勤めている会社の面接を受けたと聞いた時、共に働けるかもしれないと思うと嬉しい。
 そして無事に内定を受け、今度は会社での先輩後輩だなと、これからも宜しくと握手を交わした。
 入社してからも見た目と優秀さで周りの目を引き、その度に自分の後輩である事が嬉しくもあり自慢でもあった。
 俺にとって谷は、いつまでたっても可愛い後輩なのだ。だが、その関係も簡単に壊れる事となる。
 数年後、谷が出世した。いずれそうなるだろうとは思っていたので素直にお祝いすることが出来た。
 昇進祝いを二人きりでして欲しいと言われ、一緒に飲みに行く事となり、まるでその昇進が自分の事のように嬉しい。
 谷は照れながら礼を言い、楽しい気分のまま、部屋で飲もうと誘われて、俺は良いよと返事をした。
 学生の頃はよく一緒に宅飲みをしたものだ。流石に学生の頃に住んでいたアパートとは違い、とても広いマンションに住んでいた。
「いいところだな。俺の住んでいる所より広いわ」
「そうなんですか?」
「たまに遊びに来ようかな」
 座り心地のよさそうなソファーに腰を下ろして部屋を見渡す。
「良いですよ。貴方ならいつだって来ても」
 ソファーにだらけて座っていたら、そこに組み敷かれたのだ。
「おい、谷」
 酔っぱらったかと頬を叩けば、その手を掴まれる。
「ずっと貴方が好きでした」
 と告白をされ、俺は驚いて抜け出そうとした。
 だが、両腕を掴まれてキスをされて、下半身にくるそれに息があがってしまう。
「大学の時からですよ」
 俺が知っているだけで二桁だったよな、付き合った女性の数。
「はっ、良く言うよ」
「女性とする時は、相手が貴方だと思いながらしていました」
「なっ」
「でも、心も体も満たされないんです」
「やめろ」
 服を捲りあげ指が胸へと触れる。
「女の胸を散々揉んだり吸ったりしましたけど一度も胸が高ぶらなかった。なのに、貴方に触れた途端にこうなりました」
 と俺の股間に自分のモノをこすり付けてくる。
「ひぃっ、当たってるって」
 生々しいそれに、自分が置かれている状況に、現実に起きている事なのだと実感させられる。
「わざとそうしているんですから、当たり前でしょう? それに、貴方も俺とおんなじになっていますよ。胸を弄られて気持ち良かったんですよね」
「いや、これは」
 確かに胸を弄られて感じてしまった。
 だが、素直にそれを認める事は出来ない。なのに、谷は何か確信したように口角を上げる。
「顔に出ていますよ。本当に、貴方は可愛い人だ」
 と、再び胸を弄り始めた。
 その後は、もう、流されるまま。無茶苦茶にされて、体中は鬱血やら噛み痕やらが残っている。
 散々、俺を食い散らかして、谷は満たされたって顔をしていた。
 
 その日から谷とは以前のような関係を続けられなくなった。
 あからさまに避けるようになった俺に、谷は今まで通りに話しかけてくる。だが、そこにプラスされた「好き」だとか「愛している」という言葉。
 俺はそれを聞こえないとばかりに耳を塞ぎ無視をし続けた。
 だが、身体は一度味わってしまった気持ち良さを拒むことが出来なかった。それから何度も身体を重ねてキスをした。
 それが良くなかったんだ。はっきりしない俺が悪い。
「もう、逃がしません」
 強い力で抱きしめられる。その腕の中は心地よく、良い匂いがしてウットリしかける。
 それが駄目なんだと頭を振って我に返るが、
「初夜までには後ろだけでイけるように、花嫁修業がんばってくださいね、吉井さん」
 なんて、とんでもない事を口にする。
「なっ、そんな花嫁修業なんてするか、バカ」
「楽しみですね、結婚式。指輪はこれよりも、もっといいのを選んでおきますね。吉井さんと俺とをつなぐものですし。花嫁衣裳、楽しみだなぁ、ふ、ふふ……」
 すっかり自分の妄想世界へと入り込んでしまった谷には俺の言葉は届かない。
 呆れかえった俺は、戻ってこいと谷の額をおもいきり小突いた。