Short Story

悪戯とスーツ

 瀬尾が生きる理由。それは零の傍にいること。そのためなら鉄砲玉にだってなるし盾にもなる。
 この前のように怪我を負い、零に失望をされたくはない。
 護衛のとして隣に立つ有働は瀬尾の理想である。強く、そして零からの信頼があつい。自分が欲しいものを持っている。
 零はその仕事ゆえに命を狙われることが多い。そんな彼を、長年にわたり守ってきたのだ。
 自分など有働の足元にも及ばないなと羨望の眼差しを向ける。
 すると有働と目が合った。
「俺に惚れるなよ」
 何のことだろうと目を瞬かせると、
「冗談だからな」
 そういわれてさらに疑問となる。
「はぁ」
 気のない返事をしてしまい、有働がガックリと肩を落とした。
「まぁ、いいや。それで、なんで見ていたんだ?」
 零の元で働くようになってから、有働は兄貴分として瀬尾の面倒を見てくれる。明るく頼りがいのある男だ。
「有働さんのようになりたいと思いまして」
 素直にそう口にすると、まいったなと後頭部に手をやる。
「零様も有働さんを信頼していますし」
「あ……、まぁ、長い付き合いだしな。それよりもお前の方だろ」
「俺、ですか?」
 自分などまだまだですと答えると、頭を撫でられた。
 二人きりの時にこうやって頭を撫でられるのだが、嫌ではないので受け入れている。
「そう。だから俺のようにはなるな。お前はそのままでいい」
 何故、有働がそんなことを言うのか、その理由が全くわからなかった。
 そんな瀬尾の背中をたたき、車をまわしてくるという。
 今日はシノギの仕事があるため、会社の事務所へと向かうのだ。
 そのため、移動の間は有働と瀬尾が零の護衛につく。
 車のドアを開け、零が乗り込むまで待つ。
 乗ったことを確認しドアを閉じて助手席へ乗り込むためにドアを開けば、
「瀬尾、隣に乗れ」
 そう零から言われ、有働と視線を合わせるとうなずいた。命令通りにとしろということだろう。
「はい」
 零の隣に乗りに座るのは、彼の客人や女性だったり、一夜の相手だったり、部下は誰も座ったことがないだろう。
 自分が隣に座るのは身の程知らずと思うが、零の命令は絶対だ。
「なんだ、緊張しているのか?」
 と、顎を掴み顔を近づけた。
「はい」
「眉間にしわが寄ってる。いい男が台無しだな」
 指が眉間のしわをぐりぐりと押した。
「すみません」
「はっ、何を謝る必要がある」
 と、指が眉間から頬に、首筋へと落ちていく。
「んっ」
 くすぐったい感触に思わず声が出てしまう。
「失礼いたしました」
 慌てて謝れば、良いと言われ。そのままボタンの外れた個所から零の手が伸びる。
「零様?」
 その手に驚き目を見張れば、零の手が肌を滑らかに動く。
「あっ」
 顔を瀬尾の首のあたりに埋め、ちゅっと音を立てながらキスをする。
 零がするキスの音と、気持良くなり始めた体に息を荒げる瀬尾の、その息が静かな車内で響く。
 運転する有働に全て聞こえているだろう。
 そう思うと羞恥でいたたまれない気持ちになり、声を必死で抑えようとするが、そんな真似を許してくれる零では無い。
「声を我慢するな。気持ちいいんだろ、ここを触られて」
 と、ぎゅっと乳首を摘まみ指で弄られ、
「んぁっ」
 声がもれ、ビクンと身体が揺れピリピリと体が痺れる。
 人に興味がなかったゆえに、こんなふうに誰かに身体を触れさせたことなど無かったし、性欲は人を殴ることで消化されていた。
 だが零は別のようだ。彼の指から与えられる快楽は瀬尾を簡単に落としていく。
 身体を反らし胸を張り、指の動きに意識がむいていく。
「聞かれるのが恥ずかしいか。それならば、もっと有働に聞かせてやるとしよう。おい、遠回りしろ」
「はい」
 ハンドルを切りいつもの道では無い別の道に入って行く。
「強請れよ、もっと弄ってくださいって。ここだけじゃ足りませんと言え」
 ペロリと舌が突起した乳首を舐める。
「んっ」
「瀬尾」
 乳首を口に含み何度も吸いあげて、自分の胸に食らいつく零を泣きそうな顔をしてみれば、言えと目が言っている。
「んぁ、もっと、してください」
 そう、消え入るような小さな声でそう言えば。
「あぁ? 聞こえねぇ」
 と、今度は歯を立てられる。
「い、あぁぁッ 足りません、ここだけじゃっ! 欲しい、もっと欲しいです。零様……」
 歯形が付くくらいに噛まれ、一瞬、息が止まりそうになる。
 だが、そこからじんわりと痛さと共に気持ち良さを感じ始める。
「ちゃんと言えるじゃないか」
 その言葉に満足げに目を細め、ズボンの中に手をいれて起ち上がったモノを扱ぎ始める。
「くっ、零様」
 声を抑えようと唇を噛みしめれば、
「声を抑えるな」
 と言われて声を上げる。
 零から与えられる刺激に体が喜び、身をよじりながら感じ入る。
 指で揉みつつとろりと蜜が流れる箇所に指を入れかき回す。
「こんなにここから涎を垂らして。もうこんな状態なのに欲を放ったらどうなるんだろうな?」
 その言葉に瀬尾は真っ青になるが、零は楽しみだと言い、射精を促すように手の動きが加速する。
「あ、あっ、だめ、イく、あぁぁ――」
 意識が一瞬、遠のく。
 頂点を迎え、欲を放った後の解放感にぼんやりとする。
「あぁ、やっぱり濡れたな」
 と、うっすらと染みのついた箇所を指さす。
 ばれない程度だが、恥ずかしいことにはかわりなく、情けない顔で零を見れば。
 そんな瀬尾の様子に笑いながら、零は白いハンカチで手についた瀬尾の欲を拭きとり、そのハンカチを足場に落とした。
「瀬尾、このまま行きつけの店へ行け。服は店の者に任せればいい。イイ男にしてもらってこい。俺の好みだったらまた遊んでやるぞ」
 と言った後、有働と共に建物に入って行く。
 瀬尾は零を見送り、そっと胸に手を当てる。まだ熱で体が火照っている。愛しい人の感触が残った。 

 新しいスーツに身を包み零の所に戻るが、その姿を見るなり不機嫌になる。
「もう良い、さがれ」
 灰皿が飛んでくる。それは瀬尾のすぐわきを通り、壁に当たり床へと落ちた。
 似合わなかったのだろうか?
 言いつけ通りに店の人に全て任せたのだが、どれも似合わずに無難なものを選んだのかもしれない。
 折角、新しいスーツを頂いても、元が良くないために零をがっかりとさせてしまったのだろう。
 部屋をでると有働が瀬尾を待っていた。
 自分の喘ぐ声を聞かれていたのを思い出し、少し気まずいが有働の方は全く気にしていないようだ。
「零様はお前がよほど気に入っているようだな」
「どういう意味ですか?」
 瀬尾を見るなり機嫌が悪くなったのだ。気にいっているはずが無い。
「そうか、解らないか。まぁいい。瀬尾、スーツ良く似合っているぞ」
 そう言って髪をくしゃくしゃに撫でられ、零の部屋へと入っていった。
「有働さん……」
 結局、意味を教えてもらえず、疑問ばかりが瀬尾の中に残るのだった。

◇…◆…◇

 気に入らない。
 スーツはとても似合っていた。あの服を選んだのは店主だろう。だが、他の店員が瀬尾を見たと思うと腹が立つ。
 ソファーに座り、テーブルの上に足をおく。煙草に火をつけたところに、
「零様、お行儀が悪いですよ」
 床に落ちた灰皿を拾い、テーブルの上へと置いた。
 零に対してそんな口をきくのは有働か香月くらいだ。それを許しているのは二人は自分にとって特別な相手だからだ。
「黙れ」
「瀬尾に連絡先を渡した女は?」
「はい。うちの店の若い奴に任せました」
 零は便利屋以外にシノギで何件か店を所有していて、その中にホストクラブがあり、ホスト依存症にしろと言ってある。
 瀬尾は零の犬だ。飼い主以外になつくのは気にくわないし、色目を使う雌も許せない。
「零様、香月からこれを預かりました」
 袋から取り出したのは一冊の本だ。
「わんこと暮らそう……?」
 なぜ、これを自分に手渡すのかと有働を見れば、口元がふよふよとしていた。
「有働」
 低い声で名を呼べば、失礼しましたと頭を下げる。
「後で読む」
 とテーブルに投げおくと、テーブルから足をどけて立ち上がった。
「出るぞ」
「はい」
 今日は烏丸として取引先との会食がある。頼まれているブツは今日、港に届く予定だ。
 部屋のドアを開けるとそこに瀬尾の姿がある。あのスーツではなく、いつもの黒いスーツを着ていた。
 零は口元に笑みを浮かべる。
「瀬尾」
「はい」
「帰ってきたら少しだけ遊んでやる」
 そう肩へ手を置くと、無表情な顔が、少しだけ明るく見える。
「行ってらっしゃいませ」
 頭を下げ、見送る瀬尾を背に、零は有働と共に歩き出した。