Short Story

素直になれない恋心(灰)_青葉

 もっと外科医として高みに上る。それが医師としての目標であった。
 指導医を頼みたいと院長から頼まれた時、何故自分に頼むのかと迷惑に感じた。
 人に教える時間があるならば、一件でも多くのオペをしたい。
 だが、その相手は院長の息子である優成で、外科部長からも頼まれて渋々ながら受ける事になってしまった。
 彼の上には医者として無能な兄が二人いる。どちらかに頼めば良いものをと思っていたが、いざ、担当になってみれば彼は実に真面目で一生懸命であった。
 実は優成だけ三流の医大卒であり、家族から馬鹿にされていた。
 肩身の狭い思いをしているのだなと少しだけ同情したが、それなら腕のいい医者になり家族を黙らせてやろうという思いで学べばいいだけだ。
 優成の直向きさ、そして明るくて素直な性格は、青葉自身をもかえた。
 面倒だと思っていた指導医も楽しいものとなり、もっと彼に色々と学ばせてやりたいという気持ちになった。
 それから数年。研修医から正式に外科の医師となり、彼が初めて執刀する事になり、それに助手として参加することになった。
 だが、それが彼の外科としての最後の手術となった。
 話があると言われ、優成の部屋へと向かう。
 初めて部屋に呼ばれたなと、あれから何度か共に飲みに行ったこともあるのに、互いに部屋は呼んだことが無かった。
 それだけで何か特別な気分になってしまう。ただ、部屋に初めて入っただけだというのに。
「何だ。部屋に呼ぶなんて。重大な話でもあるのか?」
 恋人でも出来たかと、冗談を言うように言えば、優成は真剣な顔をしていた。
「俺は病院を辞めて祖父の所に行きます」
 と口にする。
 彼の選んだことなのだから本当は頑張れよと背中を叩いてやるべきなのに、これからここで共に腕を振るっていくと思っていただけに、それが酷く裏切られた気持ちとなってしまったのだ。
「そんな。俺が、どれだけ」
「先生にはいろいろな事を教えて頂きました。それなのにやめる事になって申し訳ありません」
 それでも自分は祖父の所へ行きたいのです、と、頭を下げる。
 手放したくない。
 そんな感情が溢れ、彼の腕を掴んでいた。
「青葉先生?」
「行かせない」
 そのまま優成を押し倒した。
「なっ、青葉先生、何を」
「俺のものだ」
 とその唇をキスでふさぐ。
「んっ」
 男の身体に興奮するなんて。
 シャツを捲りあげて胸の粒に食らいつく。
「先生、やめて、あっ」
 と言いながらも胸を反らして感じ入っている。それを良い事にしつこく舐めた。
「は、あぁんっ」
「ここ、たってきたね」
 そう下半身のモノへと触れれば、恥ずかしそうにやめてくださいと口にする。
「何を言っているんだ? お前の身体はこの先を望んでいるじゃないか」
 ズボンを掴んで下ろせば、芯をもったモノがふるりとたちあがる。
「いやぁ……」
「胸も、ここも、かたくしてたちあがっていて厭らしい」
 唾液で濡れた胸と、蜜で濡れた箇所へと視線を向ければ、優成は涙を流して羞恥に震えた。
「これはまだ教えていなかったね。いまからたっぷりと君の身体に叩き込もう」
「あっ、先生、んぁっ」
 善がりながら青葉の愛撫を受け入れる。
 とろとろに身も心も蕩かして、後は一つになるだけ。
 唾液で濡らした指を後孔へと入れ、中を解すように動かす。
 初めは強張っていた体も、良い所へをかすめてひゃっと声をあげて飛び跳ねる。
「君の良い所に当たったみたいだね」
 今度は確信をもってそこを弄れば、びくびくと小刻みに身体を震わせて声を上げる。
「ん、やだ」
「気持ち良すぎてどうにかなってしまいそうだから?」
 顔を近づけて口角を上げれば、図星だったようで目を見開いて顔を背ける。
 青葉にも余裕など無い。はやくここへと入りたいと、下半身のモノが大きく膨れたちあがる。
 ズボンをおろしそれを晒せば、ごくっと生唾を飲む音がする。それを目にした優成のものだ。
「欲しいか?」
 後孔へとそれを宛がえば、怖いと小さな声が聞こえる。
「大丈夫。ちゃんと入るから」
 一つになろう。
 そう、耳元に囁いて髪を撫でる。
 足を広げて優成の中へ。
 その瞬間、
「先生っ」
 優成の切羽詰った声に、ふ、と、我に返る。
「あ……」
 ゆっくりと視線を向ければ、こちらを心配そうにこちらを見ている優成の視線とぶつかり合う。
 腕を掴まれたまま、服も身に着けている。
 全ては妄想であった。それは青葉の願望であり、理性が飛んでいたらと思うと恐ろしくなる。
 それが彼を拒否する態度となり、掴んだ手を払うように離して立ち上がる。
「あっ」
「これで失礼する」
 まるで逃げるように部屋を後にした。

 引き止める事も、頑張れという言葉もかけられず、よりによって本人を目の前に妄想なんてなんて。
 自分が情けないくて、落ち込むばかりだ。
 結局、彼が病院を去る時も声を掛ける事が出来ず、彼を想いながら酒を飲む日々だ。
 看護士が噂をしているのを耳にした。
 院長が「町医者になるために育ててきたのではない」と言っていたそうだ。
 自分の父親と折り合いが悪く、見た目を気にする院長と兄弟は恥だと彼を罵ったのだ。
 誰も彼の味方ではない。それを知ると、余計に、あの時声を掛けてやればよかったと後悔する。
 だが、その言い合いを聞いていた看護士が、
『俺は、患者、一人一人に寄り添う町医者としての祖父を尊敬してます』
 と、優成がいった時、よくぞ言ったと頑張れと思ったと口にした。
 そうだ。
 今からでも遅くはない。
 彼に会いに行こうと、その時は酒の力もあり、素直に彼の元へと足を向ける。
 ただ、その日は酒を飲み過ぎていた様で、途中から覚えていなかった。
 気がつけば診療所で寝ており、机に伏せて寝る優成の姿が目の前にあった。
 目の前に居る事が信じられず、だが、久しぶりにその姿を見ることが出来て嬉しかった。
 彼の項を撫でる。
 ここにキスをしたい、そんな衝動に駆られて頭を振るう。
 やはり優成を目の前にすると触れたくなる。
 きちんと告白して、了承を得てからでなければ駄目だと気持ちを押さえて、寝ている彼を抱き上げる。
 自分の寝ていた場所へと彼を寝かせて、かわりに自分は優成の居た場所に座る。
 デスクの上には医学書があり、沢山の書き込みがある。自分が優成に教え込んだものであった。
 今でもそれを読んでいる。それが更に愛おしい想いへとさせた。
「君って子は……」
 寝ていることを良い事に、そっと唇にキスをする。
 もっとこの距離を縮めたい。彼の傍に居たいと強く思った。

 優成には、
「君が親に逆らってまでここを継いだ事には意味があるのだろう?」
 と、それが知りたいと言った。
 きっとそれを知れば、優成との距離がもっと近づく。それに、傍に居る事も出来るからだ。
 少し強引だと思ったが、優成は自分を受け入れてくれた。
 しかも飯まで食わせてくれるという。
 彼の作る食事は家庭的で、とても暖かい。そして優しさも感じるとても美味しいものだ。
 診療所へと行くまでの間、家事をする優成を眺めながら膝の上のアオを撫でる。
 どうやら気に入ってもらえたよで、膝の腕ゴロゴロと鳴いている。
「妬いちゃうな」
 隣に座りアオを撫でる。
 自然と近づく、この雰囲気がたまらなく良い。
 アオでなく優成を撫でたい。
 彼女のように可愛い声で鳴いて甘えてくれるだろうか。
「優成」
 顔を近づければ、ふっと笑みを浮かべる。
「さ、そろそろ先生も病院に行かないと。今日は診察日でしょ」
 シフトを覚えていてくれているのか。
 そんな些細なことまでもが嬉しい。これは重傷だろう。
「あぁ」
「明日、待っているから」
 じっと見つめる目には、本当に良いのかといっている。
 青葉は優成の髪を掻きまぜ、
「時間までにちゃんと来るから。白衣を用意して待っていてくれ」
 と手を離す。
「うん。じいちゃんのだけど、良い?」
「あぁ。大先輩のをかして頂けるなんて光栄だ」
 そう冗談交じりに言えば、意外だという目を向けた後に笑顔を見せる。
 それが可愛くてムラッとするが、そこは我慢して起ちあがり玄関へと向かう。
「じゃぁ、また明日」
「うん。いってらっしゃい」
 アオを抱き上げて手を振る優成に、心臓を打ち抜かれ、朝からふらふらになりながら病院へと向かう。
 ガラス越しに写る自分の姿に、これでは自分がまるで病人のようだなと、苦笑いを浮かべた。