Short Story

素直になれない恋心(黒)

 膝の上に乗る真っ黒な猫。気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らしている。
 猫の名前は海(かい)。
 飼い主である一樹(いつき)さんが、俺の名前である晴海(はるみ)の名から一文字とって海にしたのだと言い、二人の子供だねなんて言ってさ、今思うと恥ずかしい。
 その頃の俺と一樹さんは恋人同士で、ずっとこの関係が続くのだと思っていた。
 だけど俺の我儘から喧嘩に発展して、別れるって言っちゃった。
 俺は意地っ張りだから自分から謝ることができなくて、喧嘩をするといつもそうだから、一樹さんの方から連絡をくれた。
 でも今回は唯の喧嘩じゃなくて別れてしまったんだ。彼からの連絡は来るはずがない。なのに携帯を未練がましく眺めてしまう。
 そんな日々を送る事、一か月。
 一樹さんが海を連れて俺の住むマンションへとやってきた。
「わるい、海を預かってくれ」
 地方の支店へ一か月ほど出向することになり、その間だけ預けておくのもかわいそうだからと頼まれた。
 しかも住む場所は会社で用意した場所なので一緒に連れていけないのだと言う。
「頼れるの、晴海だけなんだ」
 一樹さんに頼られるのは嬉しい。
 別れたとはいえ、一度は愛し合った人だ。情はそんなに直ぐに消えるもんじゃない。
「しょうがないな。海が可愛そうだから預かってあげるよ」
 照れを隠すようにツンとした態度をとる。
 出会ったころの俺は一樹さんにツンツンしていたが、彼はそれごとまるっと愛してくれた。
「そう言ってくれると思ってた」
 と柔らかい笑顔を浮かべ、俺の頭を撫でる。
 その表情と撫でてくれる手が好きだ。恋人だった頃を思い出してつい甘えるように手にすりついてしまった。
 急に手が離れて、俺は現実に戻される。
「あっ」
 気まずくなりかけた時、キャリーバッグの中の海がにゃんと鳴く。
「受け取るよ」
 と、手を差し出してキャリーバッグを受け取り、それを部屋の中へ持っていくと再び玄関へ向かう。
「まだ荷物があるんだけど、運ぶの手伝ってくれる?」
「うん」
 エレベーターに乗り込み地下駐車場まで向かう間、狭い空間に二人きりだ。
 あからさまに離れて乗るのもと思い隣に並ぶと、一樹さんが俺を見て微笑んだ。
 胸がドキッと高鳴り頬が熱くなって、意識している事をばれないように俺は駐車場につくまで俯いていた。
 地下駐車場は普段俺には用がない場所だ。俺はバス通勤なので車を持っておらず、ここに来るのは一樹さんの車に同乗している時だけだ。
「車できちゃったけどさ、別の誰かがここに駐車してなくてよかった」
「空いているからってそんな事する人はいないよ」
「そういう意味じゃなくて」
 あぁ、そうか。新しい恋人って意味ね。
「そんな相手なんていない」
 まだ一か月しかたってないのに、そう簡単に新しい恋は出来ないよ。
 一樹さんは、もう好きな人が出来たの?
 そんな事を考えていると胸がチクチクと痛みだす。
「そうか」
 車のトランクを開き荷物を受け取り、部屋まで戻る。
「あがって」
 というと、良いのかと聞き返される。
 俺はそんなの気にしてないという態度で、
「荷物、運んでよ」
「わかった」
 トイレの準備をしている間、キャリーバッグを開いて海を出す。
 海の事を何度かここに連れてきたことがある。なのでまだ覚えていると良いな。
 暫く部屋をウロウロとしていたが、落ち着いたのかソファーの上で丸くなる。
「まだ覚えていたみたいだな」
 安心したと一樹さんが海を撫でる。
「……一樹さんはどうなの?」
 俺の匂いを覚えているのかと、そうとれるような事を言ってしまった。
「覚えているよ。晴海のにおい」
 頬を撫でる一樹さんの手に、やばいと思ったときには唇を奪われていた。
「んぁっ」
「晴海」
 深く口づけられ、力が抜けてしまい一樹さんに抱きしめらて、その手が太腿を撫でた時、俺は駄目と彼を押して離れる。
「俺達、別れたんだから」
「……そうだったな」
 帰るよと玄関へと向かう一樹さん。見送ることも出来ずに俺はそのまま床にしゃがみ込むと、今だ熱いままの唇へと触れる。
 海が俺に摺り寄ってきてそれを抱き上げる。
「一樹さん」
 俺はまだ彼の事が好きだ。
 あの時、強がって別れるなんて言わず、素直に謝っておけば良かったんだ。
「海、俺、どうすればいいの?」
 突き放さずに繋ぎ止める事が出来たなら……。
 そんな俺を慰めるかのように、ざりざりと海が頬を舐めた。

 海がうちに来てから一樹さんとメールのやりとりをするようになった。
 別れた後は送れなかったのに、海のお蔭でやりとりも素直に出来る。
 ただ、文章の終わりに「愛してる」や「好き」という文字はない。
 電話もそうだ。
 今日は仕事が早く上がれたからと電話をしてきた一樹さん。耳元で聞く彼の声に胸がドキドキとして落ち着かない。
「海はいい子にしているか?」
「うん。俺の膝の上で大人しくしているよ」
 その背を撫でれば、にゃんと可愛い声で鳴く。
「聞こえた?」
「あぁ。俺に似て晴海の膝が好きなんだな海も」
 一樹さんたら、何を言い出すんだよ。
 顔が熱くなり手で扇いで風を送る。
「俺も晴海に膝枕してもらいたいな」
 仕事で疲れている時に膝枕をしてほしいと甘えて来る事があった。
 それが嬉しくて、しょうがないなと言いながらも膝枕をしてあげたっけな。
 髪を撫でていると寝ちゃって、暫くは撫でているんだけど俺もいつの間にか寝てしまう。
 でもね、今度は一樹さんが肩をかしてくれて。普段は掛けていない眼鏡をしていて本を読んでいるんだ。
 それがすごくかっこよくて見惚れていたら、唇が重なりそのまま押し倒されて……。
 て、何、思い出してんだよ、俺。
「恋人を作ってその人にしてもらえば」
 エッチな妄想に突入しそうだった俺は恥ずかしさから、そんな事を口にしてしまう。
 しまったと思った時にはもう遅い。折角の良い雰囲気が壊れてしまった。
「……そうだな」
 と二人の間は気まずくなり、俺はおやすみと言って電話を切ってしまった。
「あぁ、俺のバカ!」
 なんで帰ってきたらしてあげるとか言えないんだろう。
「海ぃ~」
 海を抱き上げ、慰めてよと頬ずりをする。
「にゃぁ」
 嫌そうに身をよじり腕から逃れ、海の為に用意したクッションの上へと寝転がる。
 俺はがっくりと肩を落とし、ベッドへと向かう。
 ごめんってメールを送ろうか。
 でも、俺らは恋人じゃないのだからそれはおかしいよな。
 結局はそうやって俺は何もしないままで、後で後悔をするのだろう。
「一樹さん、俺だって膝枕してあげたい」
 携帯の画面にメールが来たと連絡がくる。
 相手は一樹さんで、
<さっきはごめん。海の事、よろしくね。おやすみなさい>
 と書かれていた。
「俺こそ、ごめんね」
 俺は素直に言えないでいる言葉を、一樹さんは言ってくれる。
 やさしくて、大人で、俺には勿体ない人。
 だけど俺じゃない相手に膝枕なんてさせたくない。
「一樹さん、会いたいよ」
 携帯を握りしめる。
 あの人が帰ってきたら素直に自分の気持ちを言う。また恋人同士に戻れたなら嬉しい。

 海と過ごす日もあと一日となった。
 明日、一樹さんと会うんだなと思うと今からドキドキしてくる。
 俺の心臓もつのかなって思っていた所に、チャイムが鳴る。
 家族以外でチャイムを鳴らす相手は宅配便くらいだ。何か送ってくれたのかなとモニターを見れば、そこにいたのは一樹さんで。
「え、なんで!?」
 とつい、大きな声が出てしまう。
「一日早く終わってね。帰ってきた」
「い、いま開けるから」
 緊張して胸がばくばくいってる。
 ドアを開くとスーツ姿の一樹さんが目の前。
「ただいま、晴海」
「え、あ、うん」
「なんだ、おかえりって言ってくれないの?」
「あ、あぁ。おかえりなさい」
「上がっても?」
「うん。どうぞ」
「お邪魔します。海、ただいま」
 と黒猫を抱き上げる。
「晴海、ありがとうね。これ、お土産」
「ありがとう」
 触れられる距離に一樹さんが居る。
 言うって決めたんだろ、と自分を叱咤するが上手く口にすることが出来ない。
「晴海、明日、改めて海の事を迎えに来るからさ、このまま預かってくれる?」
 荷物があるから車でくると、海にキスをして玄関に向かう。
「待って。一樹さんも泊まっていきなよ。疲れてるでしょ」
「え?」
「明日でいいじゃん」
「良いの?」
「一樹さんが望むなら、膝枕もしてあげる、よ?」
 前に言っていたでしょうと言いつつ、顔が熱くなってくる。
 恥ずかしくて顔を背ければ、一樹さんに抱き寄せられた。
「恋人にして貰えって言ったじゃない」
「うん。だから、よりを戻しても、いいかなって」
「晴海がそう言うのを待ってた」
「え?」
 どういう事なの。僕は目を瞬かせながら一樹さんを見る。
「だって、晴海は俺じゃないとだめだしな。それに、別れるってお前が言った時、俺は何も言ってないしね」
 確かに、あの時は一樹さんの返事を聞かずに部屋を飛び出してしまった。
「でも、俺が別れたんだからと言った時、そうだったなって言ったじゃん」
「晴海の方はそうだったけなっていう意味」
 何それ。
 じゃぁ、俺だけが一樹さんと別れたと思って、いろいろ悩んでいたって事なの?
 解っていて何も言ってくれない一樹さんにムカついた。
「酷い!!」
「ねぇ、晴海は本気で俺と別れたいの?」
 俺はグッと喉を詰まらせる。
 真剣な目。その答え次第で俺達は本当にお別れすることになるかもしれない。
「そんなの、嫌」
「うん。なら、ちゃんと答えを聞かせてよ」
 と額をくっつけてくる。
「別れたくない。好き、なんだ。一樹さんが」
「じゃぁ、もう我慢しなくていいかな?」
 耳を甘噛みをされて舐められる。
「ひゃぁっ、みみ……」
「晴海不足だよ、俺」
 抱きしめられて、スンスンと匂いを嗅ぎ始める一樹さんはなんだか犬っぽい。
「一樹さん」
「晴海の匂い」
 いい匂いだと、服の中へと手を差し込み、肌を撫で始める。
「ん、一樹さん、シャワーを浴びてから、ね?」
「一緒に?」
「俺は済んでるから。ベッドで待ってる」
 上目使いで一樹さんを見れば、蕩けるような笑顔を見せる。
「すぐ済ませてくるから」
 そう言うと額に口づけをしてバスルームに向かう。
 捨てられずにしまってあった、一樹さん用のバスローブ。またこれを使う日がこようとは。
 バスタオルと共に脱衣所に置いておき、俺はベッドの淵に腰を下ろす。
「晴海、お待たせ」
 腰を抱き寄せて口づけをしながら服を脱がされる。
「わわっ、まって」
「待たない。はやく舐めたいし触りたい」
「もうっ、助平なんだから」
「晴海が俺をそうさせているんだよ」
 覚悟してねと言われて、手が敏感な箇所へと触れた。

 その言葉のとおり、一樹さんは遠慮がなかった。
 何度も突かれてイかされた。
 今だ、中に挿し込まれているかのような感覚が残る。
 俺を抱きしめながら、満足そうな表情を浮かべる一樹さんを見ていたら、やりすぎって怒れなくなった。
「晴海」
 そのせいか、いつまでもちゅっちゅと音をたて首や鎖骨に口づけながら肌を撫でてくる。
「胸、ぷっくりとして、真っ赤に熟しておいしそうだね」
 吸われすぎて痛む胸を弄られ、感じ始めたからだは下半身に熱をためる。
「やぁん、一樹さん、もう無理……」
「ん、でも、晴海のここがいやらしくって」
「いやらしいのは一樹さんの方、あっ」
 粒を摘まんでぐりぐりと動かされ、身体の芯が甘く痺れる。
「んぁ、そんな風にされたら、感じちゃうからぁ」
 一樹さんの大きな手で触られると、俺の身体はすぐにおかしくなる。
「晴海、触るだけだから」
 甘えられて求められたら、もう俺は駄目って言えなくなるじゃん。
「もう、しょうがないな」
 優しく撫でられて、反応した下半身のモノがたちあがる。
 それをゆるゆると撫でながら、
「晴海、舐めて良い?」
 と顔を近づける。
「ん、触るだけっていった」
 ダメと頬を包み込んでそのまま抱きしめた。
「だって、食べて欲しいって、晴海のがいっている」
 指で先の方を弄られ、蜜がまた溢れて垂れていく。
「や、イくなら一緒がいぃ」
 跨って自分のを押し付ける。
「可愛い我儘だなぁ。良いよ、一緒にね」
 互いに高め合い、そして一緒に放ちあう。
 くったりと身体を預ける。
「やっと晴海で満たされた」
「一樹さんたら、どんだけ俺が好きなんだよ」
「そうだなぁ、一生、離してあげられないくらい、かな」
「なんだよそれ」
 嬉しくて照れてしまう。
 顔を見られないように顔を埋めれば、いつの間にか傍に来た海がざりっと頬を舐めた。
「海」
「なんだ、一緒に寝たいのか」
 二人の顔の間に丸くなる海に、俺と一樹さんは互いに目を合わせて微笑む。
「俺も、ずっとこうしていたい」
 一樹さんと海がいて、毎日が幸せで楽しい日々。
「晴海、俺もだよ」
 一緒に暮らさないかと手を差し伸べられて、俺はこくっと頷いてその手を握り返した。