緊縛
緊縛というお題でウェブ用に短編を書いて欲しいという編集担当者からのメールに、画面を睨んだまま頭を抱えてしまう。
罪人を拘束するための緊縛術なら書いた事があるが、求められているのは別のものだ。
元は捕物帳シリーズの脇役であったが、ウェブで無料配信する為の短編を依頼され、しかもそれがボーイズラブもので、ファンからの要望もあり二人が恋人同士となった。
だが、保が芳親に緊縛を求めるとか、その逆も想像がつかない。どちらもそういう行為を求めるようなタイプではない。
「芳親に想いを寄せている男が居て緊縛されるとか? だが、彼は結構な剣術の使い手だしな……」
片腕が無い事をハンデにしたくなくて剣術を必死で学んだ。捕物帳シリーズではその腕で主人公のを何度も助けている。
「でも、縛るのなら保よりも芳親の方だよな。さて、どうしたものか」
文字を打っては消す作業を繰り返しながらブツブツと呟いていれば、「鷲さん、ただいま」と大学から戻った黒斗が声をかけてくる。
「あ、黒斗、おかえり。もうそんな時間か」
どれだけ悩んでいたんだろうか。ノートパソコンの電源を落として彼の方へと顔を向ける。
「どうしたんです?」
鷲が悩んでいる事に気が付いたようで、話して欲しいという表情を浮かべ傍へ腰を下ろす。
「実はさ、緊縛というお題で話を書いて欲しいって連絡がきてね」
「緊縛、ですか」
それはまた、と呟いて苦笑いを浮かべる。
「はは、そういう反応になるよな。俺も困ってる」
「ですよね。あ、そうだ」
そう声を上げ、黒斗は立ち上がり本棚へと向かう。そして、捕物帳シリーズの五作目を手に戻ってきた。
「確か、春画を描く男の話がありませんでしたか?」
「あぁ。藤の事か」
芳親の弟である恒宣が雨の日に迷っていた所を助けたのが絵師である藤で、それが縁で芳親の友に手を貸す事になる。
「たまにしか出てこないキャラクターなのに良く覚えていたな」
「実は、久野先生に春画を見せられましてね。鷲さんの作品の中に春画を書くキャラがいたなって」
「そうだったのか」
久野とは大学の講師で父の教え子だ。たまに貴重な資料を借りに鷲の家に来る。
「で、春画の方はどうだった?」
「それ、聞きます」
本をテーブルの上へと置き、その身を抱きしめられる。そして、軽く口づけられた。
「……鷲さんの肌が恋しくなりましたよ」
と、昨日の夜も熱く触れ合った肌へと手を伸ばしてくる。
黒斗に求められる事が嬉しく、そのまま絡み合おうと首に腕を回したのだが、
「着物を乱して貴方を縛ったら、どんなに色っぽいんでしょうね」
欲を含んだ目を向けながら、そんな事を口にする。
黒斗にもっと欲情してもらいたい。そんな気持ちが鷲の中に生まれ、そして口にポロリとでる。
「黒斗が望むならしても……」
「良いんですか!」
くい気味のセリフに、すぐに黒斗の頬が真っ赤に染まる。
「あ、あの、別にそういうプレイが好きとか、そういう訳では」
「そっか、そんなに俺の事を縛りたかったのか」
慌てる黒斗が可愛いくて、からかうようにそう言えば、
「鷲さんの淫らな姿、とても色っぽいだろうなと思いまして」
こちらまで恥ずかしくなるような事を言われて、互いに互いの手をぎゅっと握りしめる。
「まったく。見なければよかったって後悔しても知らないよ」
箪笥の引き出しから縄を取り出す。これは倉庫の中にあったもので、久野が見つけて面白がって鷲に渡したものだ。
まさかここで役に立つことになろうとは思わなかった。
「何で持っているんです?」
「ん、何でだろうね」
説明しようもないのでそこは軽く流して、ノートパソコンをネットにつなぎ縛り方を調べる。
「えっと、どれにしようか」
マウスを動かしスクロールしていると、黒斗が画面を指さした。
「これ、理非知らず、はどうでしょうか」
「どれどれ……」
「江戸時代からあるらしいですよ」
四十八手の一つで、両手、両足を縛り自由を奪う。
「この縛り方だと、俺にされるがままですね」
「黒斗」
ニィと口角を上げて縄を手にする黒斗に、鷲は着物の帯を緩める。
「解った。好きなように乱して良いよ」
着物の時は外に出ない限り下着はつけない。
その事を知っている黒斗は衿下を捲りあげて足袋を履いたままの脚を縛る。
「あっ」
「縛られて興奮しているんですか?」
上目使いに鷲を見ながら太腿に黒斗がキスをする。それだけで下のモノは感じ、ぶるっと震えてしまう。
「はぁ、鷲さん、可愛い」
自由を奪われた体を熱く見つめながら、手は既にたちあがっている箇所へと触れる。
「あぁ、くろとっ」
心も身体も喜びにあふれて蜜を垂らし、ぬちゃっと音をたてながらそれをしごく。
「いいえ、違いますよ。保です、芳親さん」
これから暫くの間、鷲と黒斗は物語の中の登場人物となる訳だ。
舌先がチロチロと胸の粒を弄り、手は下のモノを揉むように刺激する。
「ん、あぁっ、駄目だ、藤が見ている」
実際、ここには存在しない、物語の中での第三者。彼の視線は淫らな二人を見つめている。
「貴方は俺だけを感じていればいい……」
自由にならない体は、彼の思うがままだ。
見られたくない。だが、愛しい男の熱に抗う事などできやしない。
葛藤する心は快楽の渦にのまれ、男を中へと受け入れる。
「あっ、そこ……、はぁ、すごくイィ」
身体をよじらせる度に食い込む縄ですら感じてしまう。
「いつもより感度が良いようですね」
厭らしい身体だ、と、縄を撫でる。
「もっと激しくして、俺を乱してよ」
藤が口角を上げ、これが欲しかったんだと、見つめている事だろう。
「はい、芳親さん」
中を突き上げられ、絶頂を迎えたモノはガクガクと震えて欲を放つ。
「んぁあぁ……」
保のモノのが抜け、ごぶっと溢れた蜜が太ももを伝い流れ落ちる。
「勿体ない」
ゆるりと流れ落ちるものを指で撫でる。
「あぁ、そんな可愛い事を言わないで」
ぎゅっと後ろから抱きしめられ、ごりっと元気を取り戻したモノを押し付ける。
「もっと中に注いでよ、保」
再び中へと入り込む太い熱の塊に、歓喜の声を上げる。
「愛してる」
そう囁く彼に、お返しの口づけをした。
体にくっきりと残る縄の痕に、黒斗がすみませんと項垂れている。
「何、君のせいじゃないよ」
「ですが」
「藤に泣きつかれようが本当は緊縛なんてやりたくない。でも、一緒にいた保が、欲を含んだ目で芳親を見つめたとしたら、自分の姿に興奮してくれるのではないかと思って、願いを聞くんじゃないかな」
「鷲さん、それって」
「縛られている姿に興奮して、いつもよりもギラギラした雄の目を向けられ、芳親もいつも以上に乱れたんだ」
頬を撫で、そして言葉を続ける。
「そんな恋人の姿を見たら、俺も我慢できないかったんだよ」
だからお互い様だよと言って、黒斗に一緒にシャワーを浴びようと誘えば、嬉しそうに頷いて鷲を抱き上げる。
「わぁっ、お姫様抱っこしてくれるの?」
「はい。つかまっていてくださいね」
そういわれ、首に腕を回した。
シャワーをただ浴びるだけという訳にはいかなかった。
「んぁ、くろとっ」
中のものを掻き出す指が、鷲の良い所をかすめる。
「あぁ、鷲さんの良い所に触ってしまいましたか? ここ、いや、ここかな」
「あぁんっ、解ってる、くせに」
わざとかすめるよに触れ、鷲の身体を煽る。
「鷲さんが、ちゃんと言ってくれないとわかりません」
指がもう一本中へとはいり、ばらばらに動かされて腰が震える。
「くろと、いじわる、しないで」
「どうして欲しんです?」
かぷっと耳を噛み、舌が蠢く。
「ん、あぁっ、くろとの、が、ほしいィ」
「わかりました」
指が抜かれ、太く熱いモノがはいりこむ。
これだ。彼の形を覚えた中は喜びに震え、離さないとばかりにしめつける。
「あぁっ、鷲さん、すごい」
乱れながら互いに欲を放ちあう。
「はぁ、流石に、疲れた……」
壁に額をつけて息を吐き、中から黒斗のモノが抜けていく。
とろりと流れ落ちた蜜はシャワーで丁寧に洗い流され、そして再び指が中のものを掻き出す。
「んっ、俺の中はすっかり君を覚えてしまったようだな」
「鷲さん、今、そんな事を言われると困ります」
流石にもう無理をさせられませんしね、と、指を抜いて綺麗に身体を洗ってくれた。
「ごめんな。黒斗が満足するまで付き合ってあげられなくて」
「何を言っているんですか。俺は一緒にいられるだけで幸せですし、今日は別の鷲さんを見れて嬉しかったですよ」
先にシャワーを終え、体を拭くとバスローブを身に着けてリビングへと向かう。
身体は怠いが、身体が情事後の余韻を残している間に書いてしまいたい。
着物を身に着け、ノートパソコンを開きキーを打ち始める。
藤が春画を描くようになったのは、顔見知りの店の主に誘われたのが切っ掛けで、彼の絵は評判が良くしかも衆道ものが人気であった。
いつもはつばめという名の陰間を雇い絵を描いているのだが、それが切っ掛けで売れっ子の陰間となってしまい、なかなか頼めない。
しかも他の陰間には描きたい子がおらず、店の主からは納品を迫られて焦る一方の藤は、自分の恋人の兄で、しかも武士である男に泣きついた訳だ。
理非知らず。
着物を乱し真っ赤な縄が手足の自由を奪う。そして真っ直ぐに向けられる視線が身体を火照らせる。
「いいぜ、芳親さん、すごく色っぽい」
筆を夢中で動かす藤。そして、その近くにはもう一人の視線がある。
獲物を狩る肉食動物のようにギラギラとした目。普段は優しい彼の、別の一面を見た。
たまらなく彼が欲しい。
体は正直で、触られてもいないのに下半身のモノは天を向いている。
「芳親さん、辛そうじゃねぇの。一回、抜いとくか?」
と立ちあがろうとする藤を、制する保の手。
「俺がやる」
触るなと、射抜かんばかりに睨まれて、藤は肝を冷やす。
「あぁ、そうだな、それがいい」
保が傍に来て芳親のモノへと触れた。
「保の独占欲を感じ、芳親はそれだけで感じて芯が痺れて、甘い声を上げて蕩けてしまう」
画面を覗き込み黒斗が一節を読む。
「で、この後は先ほどの鷲さんのように乱れるんですね」
「そう。いつもよりも感じて、保の事しか見えなくなる。俺が黒斗しか見えなくなるようにね」
すい、と頬に指を滑らせれば、その指を掴んで唇へともっていく。
「可愛い人ですね。鷲さんも芳親さんも」
「それだけ黒斗と保がかっこいいって事だよ」
軽く唇を重ね、そして続きを書く為にキーを打つ。
「珈琲で良いですか?」
「うん、お願い」
仕事の邪魔をしないようにと、黒斗は傍を離れてキッチンへと向かう。
程なくして良い香りと共にテーブルの上にマグカップが置かれる。
彼の煎れた美味しい珈琲を飲みながら物語の世界へと入り込んでいった。