生涯の伴侶

王子の愛が鬱陶しい

 数十年前までは和ノ國(わのこく)から異国へと渡る事は禁止されていたのだが、今では上へ申し出て許可さえ通れば自由に行き来をすることができる。
 旭仁(あさひじん)は旭家の三男坊として生まれた。
 この先、うまく養子先があれば良いが、部屋住みとして肩身の狭い思いをしながら一生を終えるかもしれない。
 それなら自活をし生きていく方が良いと、以前から心に秘めていた事をしようと、父に異国へと渡り自活したいと申し出たのが15歳の時。
 異国なら今まで習ってきた剣術の腕をいかした仕事が見つかるかもしれない。
 そう父へ説得するが、そう上手くいくとは思えないと、以前、商いの為に異国へと渡った小早川へと仁と共に連れて行ってくれないかと頼み込んでくれた。
 こうして仁は異国の地へと向かう事になったのだ。

 小早川智広(こばやかわちひろ)とは、もともと幼い頃から友であった。
 智広が和ノ國へと戻ると珍しい異国の土産と共に話を聞いていた。
 だが、実際に目にした異国の地は色鮮やかで、和ノ國とは違う街並みに目も心も奪われっぱなしだ。
「すごいな」
「僕もはじめての時は仁と同じ反応だったよ」
 物珍しそうに眺めている仁に、智広はクスクスと笑い声をあげる。
「コバヤカワの坊ちゃん、今日は御友達と一緒かい」
 小早川はこの辺りでは有名な商人らしく、街の人が声を掛けてよこす。
「ほら、お菓子をあげようね」
 とお菓子を渡されたり、頭を撫でられたりする。
 成長途中である体にはまだ幼さが残り、どうやらそのせいで子ども扱いをされるようだ。
「和ノ國の者は若く見られがちなんだよね」
 と智広が苦笑いを浮かべ、一体いくつに見られているのかと聞こうと思ってやめた。
 アクトリア王国王国の同い年の子達は大人びており、自分が思うよりも子供に見られているのだろうなと感づいてしまったから。
 ただ、見た目で馬鹿にされぬよう立派な男になりたい。その思いでアクトリア語を必死で覚え、頑張って働いた。

 智広はまだ自分の船はない。それ故に父親の船に同乗して商いを学び、仁は船乗りとして色々と学んでいた。
 そんなある日の事、王族の者が船に乗り込むことになった。
 第三王子であるアンセルムと、彼の遊び相手であるシオンを智広から紹介される。
 シオンとは智広を通して既に顔見知りであったが、アンセルムと会うのは初めてだ。
 失礼の無いように気をつけながら挨拶をする。
「旭仁と申します。ジンとお呼びください」
「私はアンセルム。宜しくね、ジン」
 と、手を握りしめられてその甲に唇を近づける。
 前に智広の姉が男の人にそうされているのを見たことがあり、その時にこのような挨拶の仕方は女性に対してするものだと教えて貰った。
 仁が何も知らないと思い、からかわれているのではないだろうか。
 その証拠に、アンセルムの表情がやたらと楽しそうで、仁は羞恥から顔を真っ赤に染めて肩を震わせる。
「王子」
 智広がやれやれといった表情でアンセルムをたしなめる。
「だって、チヒロもシオンも可愛い反応を見せてくれなくなってしまったからねぇ。ジンは思った通りの反応をみせてくれたよ」
 可愛いねと微笑むアンセルムにを仁は睨みつける。
 そんなくだらない理由であんな真似をしたのかと思うと腹が立つ。
 仁にはまだ、それを受け流すだけの度量は備わってなかった。
「仕事がありますので、失礼しますッ」
 怒りに震えながらアンセルムに頭を下げて、この場を後にしようとすれば。
「ふふふ、またね」
 笑いながらアンセルムが仁に向かってひらひらと手を振る。
「!!」
 完全に馬鹿にされた。
 アンセルム達が見えなくなる所まで来た仁は、悔しさのあまりに八つ当たりと近くにあった樽をおもいきり蹴とばすが、思いのほか堅い樽に足の指を痛めて涙目になりながらうずくまる。
「全部あいつのせいだ!!」
 自分が痛い目にあったのも全部アンセルムのせい。
 ただの船乗りなのだ。滅多に会う事はないだろうが、仁は出来れば二度と会いたくないと思う。
 だが、その思いは簡単に打ち砕かれる事となる。

 アンセルムは仁の何が気に入ったのか、暇さえあれば会いに来るようになった。
 仁は船の仕事を覚えようと一生懸命で、休憩をとることも忘れて働く。
 真面目なのは良いが休息をとるのも大切だと心配した周りの大人が、アンセルムが来るとお相手をして差し上げろと、お茶代を持たされて無理やりに街へ行かされる。
 仁にとってアンセルムは迷惑な存在でしかない。
 アンセルムの存在を拒否するように黙っていても、かまうことなく勝手に話している。
 聞きたくもないのに耳に勝手に入ってきて。意外とアンセルムが話す話は面白く。つい、反応を見せてしまった時には嬉しそうな顔を見せる。
 根は良い奴なのだと解っている。だが、たまにからかってくるからムカつくのだ。
 自分と仲良くしたいと近づこうとするアンセルムに対し、仁は常に一線を引いて接する。自分のテリトリー内に入り込ませたくない。だが、彼はそれに気が付いていて乗り越えようしてくるのだ。
 二人はそんな攻防戦を繰りひろげつつ、十二年の月日がたった。