躊躇
女性と比べられたら勝てるはずがない。同性というだけで自分は不利だというのに、だ。
デート中に他の人に目移りした挙句にアレはない。傷つかないと思っているのだろうか。
愛想は無くとも心はある。
楽しい時間は一気につまらないものへとなり、折角の特別展もそれどころではなくなった。
だが、再チャレンジをさせて欲しいと言われ、自分とまた一見たいと思ってくれたことが素直に嬉しかった。
キスの意味はそういうことだ。
だけど、深く口づけを返されるとは思わなかった。
愛おしい人から感じる熱に気持ちが蕩けた。
もっと欲しいと夢中で吸った。
離れる時は哀しく、でもほんのりと頬を染めた大浜が可愛くて胸がムズ痒くなった。
どうしてだろう。
それが素直に口に出て、大浜から帰ってきたのは「聞くな」だった。
本心を聞いてみたいが、今はまだ教えてくれないだろうから、勝手に解釈するといった。
大浜からの答えは「おう、そうしてくれ」だった。彼に想いは告げてある。ということは都合の良い方へと考えていいということか。
やっと手に入れることが出来た。
大浜と別れ、じわじわと湧き上がるモノを噛みしめていた。
だが、残念なことに再チャレンジは当分の間、お預けとなってしまった。
ボーナス商戦期に合わせ、繁忙期を迎える。
石井は大学に通っている頃から家で伯父の手伝いをしていた為、コーディングの手伝いなら出来る。
それ故にこの数日は自分のデスクにはおらず別の場所に居た。
いつもは隣なのに少し離れた場所から大浜を見る事になるわけで、そこに忙しさもプラスされため息しか出てこない。
「これを乗り切ったら、社長と俺のおごりで飲み会をやるぞ!」
加藤の一声に、周りから歓声が上がる。
テンションをあげて、この忙しさを乗り切ろうということだ。
「良いですよね、社長」
「あはは、了解です、先輩」
その言葉に、拳をあげ雄たけびをあげる。
飲み会より、元の場所へと戻りたい。この忙しさをはやく乗り切ってしまいたい。
お茶を買いに自動販売機へと向かえば、そこに大浜がやってくる。
「おー」
「どうも」
会えたことも話が出来た事も嬉しい。
「暫くはデートが出来ませんね」
「そうだな。土曜も出勤になるだろうし。所で、どうだ?」
両頬を解す様に動かされ、眉間にシワを寄せた。
「なに」
「いや、顔の筋肉をほぐしてるだけ」
大浜の事だ。仕事の事もだが、周りと上手くやっているか心配なのだろう。
「皆、忙しすぎて無言で手を動かしてますよ」
心配ご無用ですと、手を重ねて指を絡ませ、そして掌にキスをする。
まさかそんな事をするとはと思ったのだろう。驚いた様子で手を引かれてしまった。
「な、職場で何するんだよッ」
「貴方が触ってきたんでしょう」
顔を近づける。
このまま唇が触れ合う――、と身構える大浜に、石井は距離をとる。
「会社ですし、しませんよ」
と大浜が背にしていた自動販売機にお金を入れ缶コーヒーを買った。
「お前、手にキスしておいて」
「貴方が可愛い事をするからです。では、仕事に戻るんで」
悔しいと顔に書いてある。
大浜と話し、触れ合えて気持ちが浮上してきた。
こんな些細な事で人はやる気になるのだなと、小さく気合を入れ石井はデスクへと戻った。
◇…◆…◇
繁忙期を乗り越えて約束通りに飲み会が開かれた。
忙しさから解放され、皆、楽しく酒を飲む。しかも隣には石井が座っていて、酒が余計にすすんだ。
気がつけば石井に肩に寄りかかっていた。
「大浜さん、飲み過ぎです」
「良いだろ、今日くらい」
もう一杯飲もうとしていた所に石井にグラスを奪われてしまった。
「社長、抜けます」
「あ――、そうだな」
楽しいのに、二人で勝手に決めないでほしい。
「こら、俺はまだ居るぞっ」
とグラスを奪おうとするが、
「駄目です」
有無も言わせず、といった感じ。肩に腕を回し外へと連れ出される。
タクシーをつかまえ、車内へと押し込まれた。
「うんてんしゅさーん、○○へお願いします」
告げた住所は石井のだ。
「え、なんで俺のマンションの住所、ちょっと、大浜さんっ」
住所を知っている事もだが、まさか自分の処へ行くとは思っていなかったのだろう。
「石井君の個人情報はー、俺の頭ン中にあります!」
トンと指で自分の頭を叩き、そして得意げに笑ってやる。
「はぁ、勘弁してください」
顔を手で多い隠し、ため息をつく。
暫くしてタクシーは石井の住むマンションの近くで止まり、ドアが開くと先に降りて歩き出す。
「ちょっと待ってください。マンションまで送りますから」
石井に腕を掴まれ、それを振り払う。
「武将に会う」
「えぇ、部屋に上がるつもりですか?」
「なんだよ、いっちゃ駄目なのかよ」
「駄目じゃないですけど、……ですよ」
なにか、ぼそぼそと言っているが無視して歩きだす。
「あ、だから待ってくださいって。ふらふらして危ないんですから」
腕を掴まれる。今度はそれを振り払わないでおいた。
部屋に入ると真っ先に武将に近寄るが、石井の方へと逃げていく。
「武将」
「当たり前です。酒臭いのは嫌だよな、武将」
石井が抱き上げて大浜に近づけると、嫌だとばかりに腕の中で暴れだした。
「今日は諦めてください」
囲いの中へ武将を入れ、冷蔵庫から持ってきた水のペットボトルを差し出される。
「これを飲んで。マンションまで送っていきますから」
「えぇ、泊まってくっ」
ソファーに横になる大浜に、
「貴方、こういう事をされても良いって事ですか?」
とその上に覆いかぶさった。
「石井?」
「貴方が悪いんです」
キスをされ手を服の中へと差し込んだ。
指が乳首をかすめ、それに反応して身体が震えた。
「まって」
キス以上の行為は考えていない。
「……駄目ですか」
「ごめん、流石にそれは無理というか」
「俺ら、付き合ってんじゃなかったのかよ」
「え、何それ」
いつの間に付き合った事になっているのか。
「そのつもりじゃなかったと、言いたいんですね」
眉間にしわを寄せてこちらを睨みつける。
ふと、ある言葉が頭の中をよぎる。勝手に解釈すると石井は言っていた。
それが付き合っているという結果になった訳か。
「わかりました」
その時の石井は、表情がなかった。
少しずつ、乏しかった表情に喜びを見る事が出来るようになっていたのに。
じりじりと胸が焼ける。このままではいけないと彼の肩を掴もうと手を伸ばすが、その手をすり抜けてしまう。
「ごめん」
ソファーから起きあがり部屋を出て行った。