寂しがりやの君

告白

 葉月に謝ったからといってクラスメイトの態度が変わるわけでもない。須々木と佐島も相変わらず、目すら合わない。
 女子たちは葉月と神野が仲良くするようになってから他の男に乗り換えていた。
 ひとつだけ変わったことがある。それは田中の気持ちだ。教室にいても苦痛を感じなくなっていた。

 美術室へと向かう前に自動販売機でお茶を買おうとしていたら、脇から手が伸びてきてイチゴミルクのボタンを押されてしまった。
「尾沢さん、勝手に押すなよ」
 嫌がらせなのかと取り出し口からイチゴミルクを取り冬弥に押し付けた。
「奢りか」
「そんなワケあるか。金」
 コイン投入口を指さしてお金を入れるように催促した。
「わかったよ」
 冬弥が財布からお金を取り出してコイン投入口へと入れ、田中がお茶のボタンを押した。
 お茶を取り出して美術室へと向かおうとすると、
「なぁ、少し付き合えよ」
 腕をつかまれた。謝っては貰ったが彼にはよい印象を持っていない。ふたりきりになるのも避けたいところだ。
「なんでだよ」
「総一のことで話がある」
 そういわれてしまったら断れない。美術室へと向かいながら話そうといい、隣に並んで歩き出した。
「総一が絵を描けなくなった理由は聞いたか?」
 話しというのはそのことか。橋沼から話してもらったので頷いた。
「あのときの総一、すごく辛そうでみていられなかったんだ」
 冬弥の表情が曇る。側でみてきたのだから彼だって辛かっただろう。
「尾沢さん」
 その頃の田中は彼らのことをまだ知らなかった。同じ痛みを味わうことは出来ないし慰める言葉すらでてこない。
 ただ辛い気持ちは、わかる。
「だけどな、お前に出会ってから笑顔をみせるようになったんだ」
「え、俺と?」
 まさか。目を瞬かせながら自分自身を指さす。
「そうだよ。可愛い猫に懐いて貰うんだって。俺はさ、総一の表情が明るくなったのが嬉しかったんだ」
 と口元を綻ばせるが、すぐにかたく結ばれた。
「だから女の子にお前のことを聞いたとき、どうしてって思った」
「……そうだろうな」
 自分勝手な理由で相手を傷つけたのだから。
 しかも大切な友達の側に、そんな男がいるのだから心配でならなかっただろう。
「総一に田中のことを話したのは、酷いことをされる前に離れてほしかったから。でも総一が『ありがとう。だけど俺は田中に会いに行くよ』て、いうんだもの」
 それなら自分がどうにかしようと思ったらしい。そして昼休みに田中に美術室へ来るなと言ったのだ。
「田中が出て行った後にな、総一にいわれたんだ。田中を信じているって。よけいなことをしてしまったなって思った」
「友達思いだな」
 田中の言葉に、冬弥は目を見開いて、それからニンマリと笑う。
「そうだろう。総一に対する愛の深さを思い知ったか」
「そういうところ、むかつく」
 そのとおりだから。葉月を守った神野のように冬弥も橋沼を守ろうとしていた。
 本当にイイ男たちで自分とはえらい違いだ。
「田中、総一を救ってくれてありがとう」
「え……」
 まさかそんなことをいわれるとは思わなかった。
「俺は、何もしていない」
「それでも、総一が立ち直ったのはお前のお陰なんだ」
 肩にポンと手を置いた。少し目が潤んでいて、こちらも目頭があつくなってきた。
「尾沢さん」
「田中」
 ふたりでみつめ合っているとドアがいきなり開いて、それに驚いてそちらへと顔を向ける。
「二人とも何をしているんだ」
 いつの間にか美術室のドアの前にいた。しかも橋沼が出迎えてくれた。
「あ、総一さん」
「来るのが遅いと思っていたら、尾沢さん、田中って聞こえてくるし」
 話をしていたからいつもよりも歩くスピードが遅かった。しかもドアの前でみつめ合って名前を呼び合っているのだから、はたからみたら怪しいだけだ。
「自動販売機で会って」
「そうなんだ。冬弥も一緒に飯食う?」
 入れよと親指で席を指すが、冬弥は教室に戻ると言い、
「田中、またな」
 そういうと背中を軽く叩いて踵を返した。
「ずいぶんと仲良くなったな」
「まぁな」
 自動販売機から美術室の間と短い距離ではあったが、ふたりで話したことは冬弥に対する田中の気持ちをかえた。
 あれはふたりだけの秘密にしておきたい。だから何もいわずにいた。
「そうか。みつめ合うほど仲良しになったんだな」
「ん?」
 橋沼はなぜか不機嫌そうで、もしかすると大切な友達が田中と仲良くしていて面白くなかったのかもしれない。
 なんだか可愛いなと、優しい気持ちになる。
「大丈夫。総一さんが一番だから」
 冬弥が一番に思っているのは橋沼なのだから。
「そう、なのか」
 目を瞬かせ、首を傾ける。
 ほんのりと目じりのあたりが赤く染まっていて、嬉しかったんだなと、それが可愛くて頭をなでていた。
「ふ、くすぐったい」
 と首を小さく振り、
「わるい」
 嫌だったかと手を引っ込めると、
「触られるの、嫌じゃないぞ」
 橋沼が首のあたりに顔をおしつけてスンスンと鼻を鳴らす。まるで犬みたいだなと包み込むように腕を回した。
「よい匂いだな」
「柔軟剤じゃねぇのか」
「そうなんだ」
 何故か今は耳のあたりを嗅がれている。さすがにここまではやりすぎだろう。
「ちょっと、総一さん」
「シャンプーは?」
「姉貴の……、んっ」
 橋沼はやめるつもりがないのか。耳に息がかかってゾクっと体がしびれた。
「いい加減に」
 離れてと橋沼のほうへと顔を向ければ、あまりの近さに驚いて目を見開く。
 触れる、そう思った瞬間に橋沼とキスをしていた。
 目の前で起きていることが信じられなくて動けないでいる田中に、抵抗しないからと橋沼はやりたい放題だ。
 角度をかえて、さらに深く入り込もうと唇を強引に開けさせて、舌が入り込むと歯列をなぞり絡まりつく。
「ん、ふぁ」
 なぜ、キスをしている?
 いつものスキンシップだとしたらこれは行き過ぎている。
 田中を無視して続けられる舌での愛撫は思考を止めようとするが、このまま流れてしまったら我に返ったときにどうなってしまうのか。それを思うと怖くて目の奥がツンとなり自然と涙が流れ落ちた。
「意外と泣き虫だな」
 唇から涙の個所へ。柔らかな感触はよほど田中を泣かせたいらしい。
「そういちさんがっ」
「そうだな、いきなりキスをした俺が悪いか」
 ごめんなと、今度は軽めに唇にキスをする。
「もう、なんなんだよぉ」
 今ので涙腺崩壊だ。
 厚い胸板に顔を押し付ければ、太い腕が俺を抱きしめた。
「俺さ、秀次が好きなんだ」
 まさかの告白。しかも耳元で囁かれて熱が一気にこみ上げた。
 絶対にすごい顔をしているだろう。
 涙でぐちょぐちょ、そこに真っ赤な色がプラスされているのだから。
 顔を上げられないでいる田中に、
「困らせてしまったようだな」
 と頭をなでる。
「あたりまえだ。キスだけでキャパオーバーだってぇの!」
「自分のことばかり考えて、気持ちを押し付けてすまない」
 そのとおりだが、橋沼は田中の嫌な一面を知っていても優しくしてくれたし好きになってくれた。
「なぁ、いつから俺のことを?」
「そうだなぁ、確信したのはつい最近だ。でも、出会ってすぐに秀次のことを気に入っていたから、一目ぼれだったのかもしれない。男同士だし、深く繋がりあった友達になるとしても恋愛対象にはならないだろう?」
 たしかに。自分も恋愛対象は女子だ。それならどうして好きになったのか。さらに疑問がわいてくる。
「でもな、男とか関係なく秀次が可愛くてたまらないんだ」
「なっ」
 酷い顔をみせたくなくて顔を隠していたのに。目が合い、橋沼が小さく笑う。
「酷ぇ顔」
「アンタのせいだからな!」
 間髪入れずにいうと橋沼に全身を預けてそのまま床の上へと倒れ込んだ。
「随分と積極的だな」
「押し倒したわけじゃねぇから」
 と身を起こすが、腕を掴まれて再び胸板に顔を押し付ける形となった。
 橋沼の胸の鼓動がすごい勢いで鳴っている。そういう自分も同じくらい激しかった。