総一②
心の傷が癒えるまで何もいわないでくれる部員と先生。
たまに、なにかをいいたげに三芳がみることがあるが、待つことを選んでいる。
冬弥も絵のことを話題にすることはなかった。
だから復帰をするときは直接伝えようと思っていた。
「冬弥、今日から部活に復帰しようと思うんだ」
そう告げると冬弥はまるで自分のことのように喜んでくれた。
「よかった。また描く気持ちになって」
「ありがとう。心配させて悪かったな」
「俺なんて何もできなかったんだ」
「そんなことはない。冬弥が見守ってくれたこと、心強かったぞ」
彼の手を取り両手で包み込む。感謝だけでは足りない。
「三芳と先生にも伝えてやれよ。喜ぶぞ」
「そうだな。美術室に一度行ってから伝えに行くよ」
「俺が伝えておいてやるよ」
冬弥は田中と橋沼の関係を良く思ってはいない。
だがこれはチャンスかもしれない。田中は話しで聞くような奴ではないということを知ってほしい。
「頼む、冬弥」
そろそろ部活に復帰する。それを直接伝えたくて美術室へ行く前に三芳のもとへと向かった。
昼休み、美術室へと向かう前に話をしておこうと彼女のいるクラスへと向かった。
「三芳、そろそろ復帰するよ」
彼女のクラスへ向かい、廊下へと呼び出して告げた。
「やっと出てくる気になったか。後、一週間遅かったら部員総出で美術室へ拉致する所だったわよ」
と笑う。美人で姉御肌、そんな彼女らしい言葉だった。
「やりかねないな」
「当たり前。でも、その前に戻る気になって良かったわ。先生にも話しておいて」
そういうと三芳は自分の席へと戻った。
その後、職員室へと向かい先生に告げると、優しい目をしながら、そうかと俺を励ますように腕を軽く叩いた。
美術室の鍵はもうしばらくだけ借りた。田中ともっと仲良くなるには、あの場所が必要だから。
田中とは冬弥のようになんでも話せる間柄になりたいと思っている。
どうしてだろうな、はじめて会ったあの日から、田中に対しては他の人とは違う何かを感じていた。
スマートフォンで時間を確認すると十分ほどたっていた。田中が腹をすかせて待っていることだろう。
祖母に田中のことを話してから弁当箱が重箱にかわった。
肉が中心なのは変わらないが、祖母曰く、野菜を使ったハイカラなおかずもプラスされている。
毎日、楽しそうにスマートフォンで料理のレシピをみている。誰かと連絡を取り合うことにしか使用していなかったので、これも田中と知り合ったお蔭だ。
美術室に着きドアを開くと待っていたのは田中ではなく冬弥だった。
「冬弥、田中は?」
何か用事があって遅れるのだろうか。こんなことなら連絡先を交換しておくべきだったな。後回しにしていたことが裏目となる。
「田中はもうこないぞ」
冬弥からでた言葉に愕然とする。
「どうして」
橋沼がいない間になにかあったのだろうか。
机に両手をついて問いただすと、
「俺に聞くのか、それを」
気まずそうに目を伏せた。
「お前、田中に何をいった!」
冬弥の胸倉をつかんで引っ張る。
「総一が悪いんだよ」
冬弥の目の端に涙が浮かんでいて、橋沼は手をゆっくりと下ろした。
「いったよな。大丈夫だって」
田中は橋沼を傷つけるような真似はしない。スケッチブックを奪い取ろうとしたことがあったが、そのときも素直に謝ってきた。
今の田中なら同じことを繰り返すことはないと信じている。
「だけどさ、もしも総一の身になにかあったらと思うと、俺はっ」
辛いよと、冬弥は顔を机に伏せた。
ただ純粋に橋沼を心配してくれただけなのに。頭に血が上り酷いことをしてしまった。
「ごめんな冬弥」
「総一、わかって……」
「いいや。俺は田中を信じている」
それはけして揺るがない。
それが伝わったか、
「わかった。もう何もいわない」
といってくれた。きっと冬弥は橋沼の決意が変わらないとわかっていた。それでも嫌な役を引き受けて何度も忠告してくれたのだ。
「いい友達を持ったよ。ありがとう、冬弥」
と冬弥の頭を撫でれば、早く行けとその手を払い除けて美術室を追い出された。
あれから田中とは無事に会えた。これからも一緒に美術室でご飯を食べる約束をした。
田中は謝罪はいらないといっていたが、そういうわけにはいかない。
冬弥を探して美術室へと連れて行こうとするが、彼は容姿がよく性格も優しいので女子にもてる。
約束をしておかないと女子と共にどこかへ行ってしまうので、その前に冬弥の首根っこを掴む。
「なによぉ、総一はあいつとご飯でしょ」
早く行きなよといわれてしまう。
「用事がある。ごめんね、冬弥、かりていくわ」
女子には笑顔でそう伝えると、誰も文句をいうことなく、どうぞと離れていく。
「ちょっと、俺は二人の邪魔になるだろ」
行きたくないと冬弥が駄々をこねるが、
「冬弥、昨日、田中にしたことを謝らないとなぁ」
と笑顔を浮かべて顔を近づけた。
「うわ、こわっ。目が笑ってないよ」
離れようとする冬弥に、嫌がらせのつもりでさらに顔を近づけた。
「何でよ。俺は正直に話しただけだろうが」
「それで傷つけてよいわけではないだろう?」
冬弥は解っている。小さく肩が揺れたのは動揺しているからだろう。
「あの後、大丈夫だったか」
やはり気になっていたのだ。
「あぁ」
昨日、冬弥の様子がおかしかったことは弟の彰正から聞いていた。寝不足からか目が少し赤くなっている。
目の下を親指でなぞると、
「ちょっと、そういうことは女子にしなさいな」
嫌そうな表情を浮かべていて、橋沼は苦笑いを浮かべた。
「ほら、これ以上、駄々をこねると、恋人繋ぎをして無理やり連れていくぞ」
「うぇ、冗談じゃない」
ようやく腰を上げた。
橋沼は行くぞと冬弥の背中を軽く叩いた。