寂しがりやの君

気づかされること

 彰正に昨日のお礼を言いに向かい少し話をしたら、誰かが俺のわきをすり抜ける。その時に肩がおもいきりぶつかり、相手の方へと顔を向ければ、以前つるんでいた二人だった。
 すぐにピンときた。わざとなんだと。俺が彰正と話をしているのが面白くないのだろう。
 二人は謝りもせずに俺を睨み行ってしまった。
「揉めてるの?」
 わざとだとうことに気が付いたか、彰正がそう口にする。
「べつに。関係ねぇよ」
 全て俺がしたことで自分達は関係ない、そんな態度をとってシカトしていたのだから。
 俺はもうあいつ等に関わる気はなかった。

 昼休みになり美術室へと向かう。その途中、俺の行先を阻むように二人が立ちふさがった。
 なんだよ、まだ気にくわねぇのかよ。
 イラっとしながら、
「邪魔だよ」
 と二人を睨む。
「田中、調子に乗るなよ」
 何を言うかと思えば、ありきたりな台詞だな。
 俺は馬鹿にしたように鼻で笑い、脇をすり抜けようとするが、
「葉月にあんな真似してさ、その友達と仲良くなるとか、どれだけ図々しいんだよ、お前」
 と言われて足を止めた。
 そうか、これって、俺が葉月にしたことのまんまじゃねぇか。
 気にくわないから食ってかかる、此奴らもあの時の俺と同じことをしているだけだ。
「俺に構うなよ」
 本当、下らねぇことをしていたんだな、俺は。
 今まで胸が痛むということを知らなかった。だから平然とできたんだ。
「俺らを巻き込んだように、また同じようなことをするんじゃねぇの? なぁ、お前みたいのは友達を作る資格はねぇよ」
 俺の肩を強く押し、二人は離れていく。
 嫌だったろうな、葉月の奴。ただ気に入らないというだけで俺に嫌味を言われたり、喧嘩を吹っかけられたりしてきたのだから。
 全てはなかったことになどできないのに。周りの人の優しさに俺は甘え過ぎていたんだ。
 美術室へと行く気になれず、屋上へと向かう。何度もラインの通知音がなるが、俺は無視して目を閉じた。

 気がつけば空が夕焼け色に染まっていて、とっくに授業は終わり、今は部活の時間だ。
 スマホを見ると最後の連絡は三時半。その文面は俺を心配するものばかりだ。
 流石にこのまま無視をし続ける訳にはいかない。心配をかけてしまったことを謝り、寝ていて今気が付いたと送っておく。
 俺からの連絡がないかとずっと待っていたんだろう。すぐに返事がきた。
 教室で待っていろと書いてあったので、会った時に謝ろう。
 それから間もなく総一さんが教室に姿を現す。
 走ってきたのだろうか、息も切れ切れで、
「秀次、やっと会えた」
 と腕の中へ閉じ込めた。
「わりぃ」
 随分と、心配をかけちまったようだ。背中に腕を回して擦ると、徐々に息も落ち着きを取り戻す。
「何か嫌なことでもあったか?」
「どうして」
 もしかして顔に出ていたか?
 だめだな、総一さんに甘える癖がついちまったか、すぐに表情にでてしまう。
「べつに。本当のことを言われただけだからさ」
「本当のこととは?」
 身体が離れ肩を掴まれる。顔は先ほどよりも近く、見透かされそうで居心地が悪く、俺は視線を外して総一さんの胸を軽く押した。
「たいしたことじゃねぇよ。それより、部長なのに、部活を抜け出して大丈夫なのかよ」
 この話はおしまいにしたい。だから話題をかえたのだが、
「話を聞いたら戻る」
 総一さんの方は話を続けたいようだ。
「本当、たいしたことねぇし」
 これ以上は聞かないで欲しい。俺の気持ちは解っているだろうに、
「秀次っ」
 どうしても口をわりたいようだ。
「俺、帰るわ」
 本当、しつこい。心配してくれているのは解っているけどさ、言いたくないんだよ。
 イライラとした俺はカバンを肩にかけ、帰ろうとするが、腕を掴まれてしまう。
「いいから、俺のことなんて放っておいてくれよ」
「放っておけるか。そんな顔をしているのに」
 そんな顔ってどんな顔だよ。自分じゃわかんねぇよッ。
「強がるな。辛いときは辛いと言え。悲しいときは俺の胸をかすから頼れよ」
 と頬を優しく撫でた。
 イラついていた気持ちが落ち着いていく。
「総一さん……」
 本当に俺に勿体ないくらい、優しくて暖かい人だ。その暖かさに身を任せようと力を抜く。
 俺がしたことを知っていても好きだといってくれた。だから、大丈夫なんだ。
 そう、安心しかけたところに、
『なぁ、お前みたいのは友達を作る資格はねぇよ』
 その言葉が頭をよぎり、俺は我に返った。
 総一さんが俺に惚れているから許されるって? 思い上がりもはなはだしい。
「ごめん、やっぱり大丈夫だから」
 俺は総一さんから身を離す。
「秀次っ」
「あのさ、俺、男の人と付き合うのは無理だから」
 こんな良い人、俺みたいな奴が独占していい訳が無い。だから離れないといけないんだ。
「……恋人としては無理でも、友達ではいてくれるよな?」
「ごめん」
 それすら資格がないよ、俺には。
「秀次」
 総一さんが必死に俺の名を呼んでいる。だが、俺は振り返らずに走り去った。

 あの日から美術室へは行っていない。メールも電話も着信拒否にした。
 美代子さんに会うの、楽しみにしていたんだけどな。結局、会うことは叶いそうにない。
 プレゼントは彰正に頼んで総一さんに渡してもらおう。
「なぁ、頼みがあるんだ」
 俺が何を頼みたいのかを察したか、
「ごめん、それは聞けない。兄貴に頼んでも駄目だぞ」
 と言われてしまう。たぶん冬弥さんだ。俺がプレゼントの事を頼むだろうと見透かしていて、彰正に言っておいたのだろう。
 これでプレゼントは総一さんに会って渡す以外に手立てはなくなった。
 しょうがないよな。捨てるのは勿体ないからプレゼントは母親に渡そう。
「いや、もういい」
「田中」
 心配そうに俺を見る彰正から離れ、俺はパンの入った袋を手にする。
 昼休みはブニャに会うこともできないので、屋上で食べている。
 食べた後は寝転んで空を眺める。ひとつも楽しくない時間の過ごし方となっていた。
 なんか、以前の葉月みてぇだな。
 そんなことを思っていたら、目の前に葉月の顔が現れて、
「うぉっ」
 と声をあげて身を起こした。
 ビビったじゃねぇか。突然現れるものだから、心臓がバクバクしている。
「なんだよっ」
「あ? 具合でも悪ぃのかと思ってよ。それだけ元気なら大丈夫だな」
 しかも、弁当を広げ、食うかと俺に差し出してくる。マイペースだな、おい。
「いらねぇよ。ていうか、なんでここで食ってんだよ」
「俺の勝手」
 そりゃそうだろうけど、ここでなくても他に場所はあるだろうが。
 神野と仲良く食っている姿を見せつけたいのかと思ったが、そこには葉月しかない。
「神野は」
「女子につかまった。だから先にきて食べている」
 相変わらず、モテモテだな、アイツは。
「なぁ、俺の顔なんて見たくねぇんじゃないのか」
 いくら謝ったからといっても、嫌なことをした相手だぞ? こうして話をするのもどうかと思わねぇのかよ。
「ん、何で?」
 だが葉月の反応は、俺がそんなことを言う理由がわからないという感じだ。
「酷いことをしただろう」
「あぁ。別に。喧嘩を売られたって、俺の方が強かったし」
 確かに、拳では勝てなかったが、そんなにあっさりしていていいのかよ。
「そうだけどよ……」
「謝ってくれた。だからおしまい。もう、しないだろ?」
「あぁ。二度としない」
「それならいい」
 葉月って心が広いよな。腕っ節もだけど、人としても勝てねぇわ。
「あの頃の俺は、自分のことしか考えない奴だった」
 喧嘩をしても負けない自信があった。それに一人じゃなかったからな。
 本当、どうしようもねぇよな、俺って。
「え、いいんじゃねぇの。俺だって自分のことしか考えてねぇし」
 それの何が悪いんだと、俺を見る。
 なんか、気が抜けるわ。葉月と話をしていると。神野も、コイツのこういう所が好きなんだろうな。
 ふ、と、葉月の隣におかれている弁当箱が目に入る。毎日、神野の為に作ってくるなんて、本当に仲がいい。
 そういえば、と、総一さんのことを思い浮かべる。今頃どうしているかな。美術室に一人でいるのだろうか。それとも友達と一緒に教室でたべているのだろうか。
 あぁ、だめだ。忘れないと。俺はそれを追いだそうと頭を振るった。
「田中、どうした」
 いきなりそんなことをしたものだから、葉月が驚いている。
「あ、別に。腹減ったなって」
 まだ昼飯を食っていないので腹が減ったのは事実なので、そう言って誤魔化した。
「神野の分、食っていいぞ」
 と隣に置いてあった弁当を手にし、俺の方へと差し出した。
「いや、食う訳にいかねぇよ」
 流石にそれはまずいだろう。だって、神野の為に作ったんだよな。俺が食ってしまったら、ねちねちと嫌味を言われるに違いない。
 それに俺にはパンがある。それを主張するように袋を掲げれば、
「それは俺が食うから。弁当を食え」
 と差し出してくる。あれ、なんか拗ねてねぇ?
 思い当たるものといえば、神野のことくらいしかない。
「なんだ、もしかして、神野がモテるから拗ねてるのか」
 羨ましいくらいにモテるものな。同じ男として、嫉妬してしまうくらいだ。
「あぁ。俺がいるっていうのに」
 やはりそうか。葉月だって女子にモテたいよな……って、今、俺がいるのにって言わなかったか?
 あ、そうか、仲がいい友達同士だものな。女子にとられて嫉妬しているのか。
 一人で納得して、意外に可愛い所があるんだなとニヤニヤしながら葉月を見る。
「相変わらず仲がいいのな」
「付き合っているから」
「はぁ!?」
 聞き間違いかと葉月を見るが、肯定するように頷いて見せた。
 葉月と神野が付き合っているって、マジか!!
 あまりの衝撃に、口をパクパクとさせる。
「え、つき、えぇっ」
「落ち着け」
 と背中を叩かれて、俺は息を大きく吸って吐いてを繰り返すと、少しずつ落ち着いてきた。
「お前はっ。いきなり爆弾を落とすなよ」
「あ? だって、言いふらしたりしないだろう」
 いやいやいや、自分で言うのもなんだけどさ、なんでそう思うんだよ。
「お前は言わねぇよ、絶対に」
 信じている、そんな目をしていた。
「こんなこと、言えるかよ」
 それに言ったところで誰も信じねぇだろうし、俺が葉月を落とし入れるために嘘を流していると思われるだろう。
「それにしても、神野の奴、あんなに女子にもてるのにさ、なんで葉月だよ」
「そう思うよな」
 何がきっかけだったんだろう。同性を好きになるなんて。
 胃袋を掴まれた、とか? 料理、得意みたいだしな。
 だけどそれだけじゃないだろう。やはり、葉月の持つ雰囲気だろうか。
「あいつはクラスの人気者だ。俺なんかがって、何度も思った」
 その気持ち、すげぇ解るわ。俺もそうだもの。
「でもな、アイツは気にしねぇの。それに強引だし。押されて流されて、そのうち、俺で良いのかって思うようになって。今では何とも思わなくなった」
 総一さんもだ。俺がどんな奴だか知っていても、構わずにぐいぐいと押してきたっけ。
「そうか」
 流されてしまえばいい、受け止めるからと、そう両手を広げて待っていてくれた。
 俺は、あの暖かで落ち着く場所を自ら手放した。俺がいていい場所じゃないからと。
 だけど、傍にいられない事が辛くて寂しい。戻りたいと願ってしまう。
「ふっ」
 だめだ、望んじゃいけない。だけど、想いが涙と共に溢れて止まらねぇ……。
「田中、お前って意外と泣き虫なんだな」
 ちげぇよ。総一さんと出会い、優しさに触れてからこうなったんだ。
「総一さんのせいだよ」
「もしかして、あの大柄な人?」
「そうだ。俺が泣いたらさ、優しく抱きしめてくれるんだ」
「へぇ。田中、お前にも落ち着く場所があるんだな」
 そうだ。総一さんは俺を抱きしめてくれた。
 ここにいていいのだと、そういってくれていたんだ。
「なぁ、俺はあの人の傍にいていいと思うか?」
「駄目と言われていないのなら、いいんじゃないか」
 あぁ、俺は馬鹿だな。総一さんの気持ちを無視して、勝手にいてはいけないと思い込んで。
 俺はスマホをポケットから取り出す。
「美術室に行ってくるわ。あとさ、ヤキモチを妬いて一人で飯を食ってねぇで、神野に、浮気をするなと言ってやれ」
 と言ってやれば、
「余計なお世話だ。ほら、さっさといけよ」
 俺を追い払うように手を動かした。
「わかった。ありがとうな、葉月」
「おう、がんばれよ」
 と拳をつきだしてきて、俺はそれに拳を合わせた。