寂しがりやの君

美術室の先輩

 昨日の今日で会いに来ました。そう思われるのが恥ずかしくて、素直に美術室へ行くことが出来ず、ブニャに餌をやりながら様子を窺う。
「おーい、美術室に来いよ」
 頭上から声が掛かり、本当は待っていた癖に、気のない返事をする。
「ブニャに会いに来ただけだし」
「俺にも会いに来い」
 寂しいだろうと、俺に手招きをする。人懐っこい人だな、橋沼さんって。
「しょうがないな」
 なんていいながら、誘って貰えたことを内心喜んでいる。
 美術室へと向かうと、丁度、お弁当を食べている所で、その大きさに目を奪われる。
 俺も食う方だけど、橋沼さんはもっとだ。
「すげぇ量」
「あぁ、よくいわれる」
 だろうな。しかも茶色系のオカズが多い。なんとも羨ましい。
 しかも手作りの弁当だなんて、俺なんて面倒だからコンビニで買ってと母親から金を手渡されるだけなのに。
「いい母ちゃんだな」
「これを作ったのは祖母だ。親は海外にいるからお世話になっているんだ」
「へぇ……」
 昔からじぃちゃんの家で暮らしているらしく、寂しく無かったのかと聞けば、その分、可愛がってくれるからという。
「畑があってな、一緒に土いじりとかしている」
 なんか妙に似合っている。落ち着きのある人だから余計にそう思ってしまう。
「そんなイメージある」
「友達にも言われる」
 友達という言葉にぎくりとする。そうだよな、橋沼さんが美術室にいるのはスランプだからであって、本当は教室で友達と一緒に飯を食ったりするんだろうな。
 そうしたら俺は一人きりになる。その瞬間、ゾクッと寒気が襲った。
 いくら話しやすい人だからと言って、昨日会ったばかりの人だぞ?
 それなのに、会えなくなることを寂しいと思ってしまった。
「おい、田中?」
 目の前にひらひらと手を振る。それにはっとなり、橋沼さんの方へとゆっくりと見つめる。つい、考え事をして黙り込んでしまっていた。
「え、あぁ、わるい」
「上の空だなぁ。もしかして、五時間目にテストでもあるのか?」
「あ……、テストはあきらめてるから問題ない」
「お前ねぇ、そりゃ問題ありの方だろ」
 話しは学業の方へと向かい、俺が学年で下の方の成績だといい、橋沼さんはと聞き返す。
「言っておくが、俺は毎回トップテンに入るぞ」 
 まじか。橋沼さんも俺と同じかと思ったのに。筋肉みたく頭もがちがち、みたいな?
 ちっと舌打ちをすると頭を乱暴に撫でられた。
 俺の考えていたことはお見通しか。それにしても、良いのはガタイだけでなく頭の方もとか、天は二物を与えず、じゃねぇのかよ。
「どうした」
「いや、俺と違ってデキがいいし、橋沼さんってモテそうだなって」
 橋沼さんって笑うと目元が優しくなるんだよな。女子がみたらキュンとするんじゃね?
「まぁ、否定はしない」
「うわっ、言うんじゃなかった」
 羨ましすぎるだろうが。
 身体を横に向けて弁当を食べ始めると、冗談だからと目の前にから揚げを差し出す。
 それを遠慮なく口にすると、橋沼さんの方へと身体を向けた。
「お肉も頂戴」
 口を開くと、橋沼さんは口元を綻ばせた。
「わかった」
 再び箸が口元に伸びてきて、それを口に入れた。
「うまい……。こってり味の生姜焼き」
「男心をくすぐる弁当だからな」
 と口角をあげる橋沼さん。ばぁちゃんが作った弁当が好きなんだろうな。
「優しいな、ばぁちゃん」
「あぁ。孫ラブだから」
 なんか、心が和むな。
 今までは神野が中心で、当たり障りのない話しかしてこなかった。
 そこにいるだけでいい、俺はあいつ等の仲間なんだって、それが重要だった。
「田中って、チャラそうに見えるけど、笑うと可愛いのな」
「は、何言ってんの」
 見た目のチャラさは自覚してる。だけど可愛いって、目がおかしいんじゃねぇの。
 恥ずかしくて、眉間にしわを寄せて橋沼さんを睨めば、橋沼さんは笑っている。
「てめぇ、オカズ食ってやる」
 照れを隠すように、手を伸ばして肉団子を掴んで食べる。ふわっと柔らかい団子と甘酢タレが絶妙だ。
「あ……、美味い」
「ばぁちゃんに伝えておくよ」
 と嬉しそうに笑う。本当にばぁちゃんが好きなんだな。
 隠さずに、しかも自慢できるってすごいことだ。俺はきっと恥ずかしくて素直になれないから。

 楽しい時間はあっという間に終わってしまう。
 美術室から教室へと戻る時の足取りは重く、このまま屋上でさぼってしまおうかと気持ちが誘惑される。
 だが別れ際に橋沼さんから、勉強頑張れよと言われてしまったので教室へと素直に戻る。
 後ろは背が高い男子が占めているので、窓際にある俺の席へ戻る時は葉月の後ろを通ることになる。
 まだチャイムが鳴っていないので葉月の傍に神野が居て、嫌でも視界に入る。
 つい意識してしまう俺に対し、向こうは気にするそぶりはない。
 清々するだろう? と、そう自分に言い聞かせ、自分の席へと腰を下ろした。