寂しがりやの君

つながる想い

 神野に逢いたくないから学校に行かない、という訳にはいかない。
 時間ぎりぎりに教室へと入ると神野と視線が合ったが、それを無視して机に顔を伏せる。
 視線を感じたが、俺は顔をあげようとはせず、すぐに担当の先生が来て授業が始まった。
 昼になるとすぐに神野が俺の席へと向かってくるが弁当を手にし教室を出る。
 屋上へ行くわけにいかないので人目のつかない別の場所で食べる事にした。
 久しぶりに静かな昼食。
 何かが足りなく感じ、左側の腕を見る。
 少し触れ合った位で嬉しそうにする神野。そうだ、アイツになんとなくでキスをされたんだ。
「くそっ」
 弁当の味がしない。こんな事、はじめてだ。
「こんなところで食べているの?」
 声を掛けてきたのは御坂だ。
「お前こそ、なんで?」
「うーん、教室に行くと女の子がうるさいから。一人になりたいなって時にここに来る」
 前にモデルをしていると神野が言っていたっけ。背は俺と同じくらいだから180センチはあると思う。
 たれ目な甘いマスクをしており、そこは正反対だ。ただ見ているだけで、御坂なら女子の目をハートにかえるだろうが、俺は怯えさせるだけだ。
「そうか」
 御坂が隣に腰をおろし、すっと手が伸びて里いもを煮た物を摘まんだ。
「あっ」
「おいしい」
 やたらとキラキラした笑顔で言われて、俺は怒るのをやめて食べかけの弁当を御坂に押し付けた。
「お前は自分が信じられるモノしか食わねぇんだろ?」
「聞いたんだ」
「あぁ」
「小さな頃、誕生日の日に無理心中を計った母親に殺されかけてね。食べた量が少しだったから一命は取り留めたんだけど、両親は死んじゃってね。モノを食べるのが怖くなっちゃってさ」
 親に殺されそうになったなんて、想像がつかなくて何と言っていいのか解らずに口を結ぶ。
「やだなぁ、そんな顔しないで。一時期はトラウマで拒食症になっちゃったんだけど、彰正(あきまさ)の家の人がさ、暖かく迎え入れてくれね、なんとか食べられるようになったんだ」
 彰正とは尾沢の事だと後で付け加える。
「そうか。じゃぁ、なんで俺の作ったモンは食えたんだ?」
 俺と御坂はただ同じクラスというだけの関係だ。そんなトラウマがあるというのに何故、俺の作った物を食べたのだろうか。
 そのこたえは「神野が気を許していたから」からだった。
「どういうことだ。アイツは誰にでもそうだろう」
 あいつは誰とでも仲良くできる男だ。俺とだってコミュニケーション能力が高いから話せるだけだろう。
 だが、御坂は違うと首を振るう。
「神野の家の事は聞いた?」
「あぁ」
「周りにいるクラスメイトとは上辺だけの付き合いで、聖人は信じた者しか自分のテリトリーに入れない。だから俺も君を信じられるなって」
「いや、でも……」
 神野と御坂は深く互いを信頼し合っている。別にそれは俺には関係ない事だからどうでもいい。
 だからといって俺まで信用しようとしないでほしい。
「困る? でも、君はお弁当を作ってあげていたんだよね」
「アイツが勝手に食うから」
「本気で拒めばいいだけだよ。そうしたら近寄らない」
 その通りだ。関わりあいたくないと思いながらも、美味しいと言って食べてくれるのが嬉しいから、本気で拒まないんだ。
「駄目だよ、そんな顔をされたら僕だってつけあがっちゃうかも」
 そっと顎を掴まれると顔を上向きにされ、御坂の顔が近づいてくる。
 キスをされるとそう思い、俺はガードをするように腕をクロスにし隠した。
「ほら、ちゃんと拒めるじゃない」
「え?」
「聖人にされたんでしょう?」
 何故知っているんだと御坂を見れば、電話があったのだと教えてくれた。
 まさか相談していたなんて、恥ずかしくて頬が熱くなった。
「信じられねぇ! 言っておくけど無理やりだからな」
「そうなんだ。すごく落ち込んでいたみたいだけど、無理やりキスしたんじゃ、聖人が悪い」
 俺は葉月の味方だよと頭を撫でられて、その手を振り払おうとしたけれどやめた。慰めるように優しく撫でてくれたからだ。
「御坂、ありがとう」
「うんん。ねぇ、お弁当、食べないの?」
 今日は母親のリクエストで炊き込みご飯にしたのだが、それを少し食べただけで箸が止まっていた。
「あぁ。おかず、食うか」
「ありがとう。ごはんも食べて良い?」
「食べかけだぞ。それでも良いなら」
 葉月の残りだから大丈夫と笑い、お弁当の中身を全て平らげ、
「御馳走様」
 と手を合わせて弁当のふたを閉じた。
「また食べたいな」
「学校に来れる時、連絡をくれれば作ってやるよ」
 御坂は透のように、つい甘やかしたくなるタイプだな。
「本当?」
 と小首を傾げる姿は、女子が見たら可愛いとキャーキャー言いそうだ。
「あぁ。その時は尾沢も誘え」
「うん」
 その嬉しそうな表情に、こっちまで和みそうになった所に、
「俺は、駄目かな」
 と、目の前に神野の姿がある。必死になって俺を探していたのだろうか、息を切らしていた。
「探したよ、葉月」
 俺へ触れようと手を伸ばす。
 それに気がつき立ちあがると、神野から顔を反らし、
「……御坂、弁当箱」
 御坂に弁当箱を渡す様にと手を差し出す。
「あ、うん、わかった」
 空の弁当を受け取るとそれを包んで、教室の方へと歩き出した。
「葉月」
 俺を引きとめようと神野が声を掛ける。
 だが、振り返らず、
「飯、少ししか食ってねぇンだよ」
 とだけ言う。
「あ、売店……」
 まさかそんな所に行くわけがない。俺が行ったらちょっとした騒ぎになる。
 俺は大袈裟にため息をついた後、御坂の方へと振り向き、
「御坂、俺とコイツ、早退すっからさ、上手く先生に誤魔化しといて」
「あ、うん。そういう事なら任せておいて」
 頑張ってねと、その言葉は俺だけではなく神野に対しても言っているのだろう。手を振りながら送り出してくれた。

 口を開かずに黙って歩く。
 後を歩く神野はどんな顔をしていかなんてわからないが、酷く落ち込んでそうな気がする。
 玄関のドアを開けても、その前で黙ったまま立っているので、
「おい、突っ立てねぇで、さっさと中へ入れよ」
 と怒鳴りつける。
「おじゃまします」
 遠慮がちに中へと入る神野に、座っていろとキッチンの椅子を指す。
 冷蔵庫から材料を取り出して焼き飯と中華スープを作る。
 具材は角煮の残りとねぎとレタスと卵。ごま油で香りづけをし、しょうゆを少々。
 香ばしい匂いが食欲をそそる。
「良い匂いだね」
 いつのまにか傍に神野がたっていて、
「お前、邪魔」
 わざと冷たくあしらう。
「葉月、まだ怒ってる、よね?」
 その言葉を無視し、チャーハンを皿に盛り、スープをカップにそそいだ。
「食え」
 向い合せに自分の分を置いて椅子に座って「頂きます」と手を合わせて食べ始めた。
「……頂きます」
 神野も同じように手を合わせてチャーハンを一口。沈んでいた表情が笑みにかわる。
 それから暫く黙って食事をしていたが、スプーンを置いて、
「許して欲しい」
 と頭を下げた。
 そう簡単に許されると思ったら大間違いだ。
「後で洗い物な。買い物も付き合えよ。重たいもん買うから」
「うん」
「後、なんとなくでああいう事をするな」
「本気でしたいと思ったら、していいの?」
 まさかそう返ってくるのか。
「何を言って」
「拒まれてからずっと葉月の事を考えていた。で、答えに辿りついた」
 嫌な予感しかしない。
「お前がす……、むぐ」
 言わせまいと口を手でふさいでとめれば、ジト目を向けつつ手を引きはがされた。
「酷い、俺の告白を」
「からかうのもいい加減にしろよ」
 女子にモテるくせに、よりによって俺なんかに惚れるなんてありえない。
「からかってなんてないよ。見た目の中身のギャップがさたまらないっていうか」
「お前のなんて、これっぽっちも思ってねぇから」
 指でサイズを示してみせれば、
「それくらいしか思われていなくても君は優しいよね」
 眩しすぎる笑顔で返される。直視できなくて顔を背けようとすれば、神野の手が頬を包むように触れる。
「葉月の傍にいると心が満たされるよ」
 額がくっつきあって、あまりの顔の近さに鼓動が跳ね上がる。
「お、俺は、好きじゃねぇ」
 近けぇよと神野の胸を押して逃れると今度こそ顔を背けた。
「今はそれでも良い。俺が頑張ればいいだけの事だから」
 惚れさせるから、と、耳元で囁かれて。ぶわっと熱がこみ上げた。
「ふぁっ」
 俺は目を見開きながら囁かれた方の耳を手で覆う。
 その反応に楽しそうに笑い、
「さ、買い物に行こうか」
 とエコバッグと財布を手にする。
「え、あ」
 我に返り神野を見れば、いつもよりキラキラとしていて、目の錯覚と擦る。
 うん、いつもの憎たらしい神野だ。
「葉月」
 立ったまま神野を見ている俺に痺れを切らしたか、再度呼ばれて「今行くよ」と靴を履いた。