つながる想い
これから教室でも遠慮はしない。
神野はその言葉の通り、朝の挨拶から始まり、休憩時間には俺の机まで来て一方的に話をしていく。
クラスメイトがそれを見て驚き、田中と女子のグループは俺が気に入らないようでこちらを見ては睨みつけてくる。また絡まれたら非常に面倒くさい。
神野から逃げたいと思うのに、せっかく作ってきた弁当を無駄にはしたくない。で、結局、一緒に食事を摂ることになってしまうのだ。
この前からやたらに距離が近くなった気がする。互いの手が触れ合うくらいの距離にある。
「近ぇよ」
と肩を押すが、すぐに身体を余計に寄せてくる。
「神野っ」
本気で怒った声をだせば、
「葉月が暖かくて、調子に乗った。ごめん」
寂しそうな顔をされて、いささか気が咎める。
「くそ、お前が寄りかかるのは禁止な」
少しだけ事情を知ってしまったから突放せなくなった。頭を乱暴にかき、俺の方から神野に寄りかかった。
「俺は駄目なのに葉月は良いんだ」
俺だって、家族以外の温もりは久しぶりなんだよ。怒ったのも照れからだ。
嬉しそうに微笑む神野に、
「煩い」
とそのまま弁当を食べる。
「うん、今日も美味しい」
「当たり前だ」
この頃は弁当の代りに飲み物をくれる。お茶といちごミルク。時折、それがデザートの時もあり、それがまた俺の好みだったりするものだからムカつく。
今日も一方的に神野が話す形で、俺はそれを聞きながら弁当を食べる。
それを聞きながら食べるのは苦ではない。意外と神野の話は面白い。
たまに笑ってしまい、その度に神野が嬉しそうに俺を見るのだが、何だか落ち着かなくて困る。
普段は人けのない場所だ。神野がつるんでいる奴等も此処には来ない。だが、今日は違った。
やたらと顔の整った男が近寄ってきて、俺は慌てて神野から離れた。
「わー、美味そう」
笑顔を向けられ、俺は躊躇う。
今までこんな笑顔を向けてきたのは神野くらいで、大抵の奴は怖がって近寄ってこないからだ。
「おう、慧」
神野の知り合いか?
慧(けい)と呼ばれた男をまじまじと見れば、何処かで見た事があるような気がした。
「俺にも頂戴」
俺が誰なのかと気にすることなく話しかけてくる。なんてマイペースな奴なんだろう。
「誰だよ、コイツ」
「同じクラスの御坂慧(みさかけい)だよ」
と神野が紹介すると、御坂が何故か悲しそうな表情を浮かべた。
「酷いなぁ、葉月。一年の時も同じクラスだったのに」
だからか。何となく見たことがある気がしたのは。
「慧、この頃はモデルの仕事が忙しくて、あまり学校にこないものな」
「そうなんだ」
そういう訳じゃない。覚えても仕方がないと諦めていたから。こんな華のある男すら頭の片隅にしかなかった訳だ。
「ま、いいや。おかず貰い」
と、ぼんやりと御坂を見ていたら、長い指が俺のおかずをさらっていく。
「あぁっ!」
「美味い。もう一個」
更におかずをとられて、これ以上はと弁当を隠した。
「ふざけんな。お前も神野と同類か」
俺の事を怖がらないのも、図々しい所も、イケメンな所もそっくりだ。
「えぇ、俺は聖人みたいに腹黒じゃ……」
「慧」
「えー、もう少し食べたい」
じっとこちらを見つめられ、これ以上はあげないと頭を振るう。
「駄目だって言ってるだろ」
「わかったよ。じゃぁ、また今度頂戴ね」
と肩を叩かれて出入り口へと向かっていく。
「流石、お前の友達だよ」
「いや、珍しいよ。アイツが食べるのって」
「え?」
「信じている物しか口に入れない。あぁ、そうか。俺が同じものを食べていたからかな」
それ以上は何も言わず、弁当を食べては美味そうな表情を浮かべていた。
俺も深く知りたいとも思わない。それから話題はたわいのないものへとうつっていった。
帰りに委員長の尾沢(おざわ)に話しかけられた。
同じクラスになって、はじめから俺に話しかけてきたのは尾沢だけだったので名前も憶えていた。
「今日、昼に御坂がお弁当のおかずを食べたそうだね」
「あぁ」
「そこに聖人もいたんだって?」
尾沢が神野を名前の方で呼ぶような仲だとは知らなかった。教室で話している姿は見たことがあるが、つるんでいるようには見えなかったからだ。
「勝手にいるだけだ」
「お弁当、作ってあげているんだ」
あまりクラスの奴等に知られたくない。それ故に返事がそっけないものになる。
「どうでもいいだろ」
「葉月、事情を知っているんでしょ?」
「あぁ」
「慧の事は聞いた?」
御坂の事もか。しかも抱えている事情も知っているようだし、彼ら三人は何でも話し合える友達なのだろう。
「食うのは珍しいって」
「そうなんだ。俺の家族が作った物しか食べられないと思ってたのに」
何か言いたげな目をしている。だが、これ以上は聞く気はない。俺には関わり合いの無い事だから。
「まて、尾沢。詳しい事情は話さなくていい」
「……そうだな」
聞きたくないという俺の気持ちを感じ取ったようで、それ以上は何も言わない。
そこに、
「何を話しているの」
と神野が話しかけてきた。
「慧の事だ」
そのまま話は御坂の事になりそうな雰囲気だったので、
「俺には関係ねぇよな、それ」
そうキッパリと口にする。これ以上聞いてしまったら、神野の時のようになりかねない。
「葉月」
「俺はお前等の友達じゃねぇ。だからこれ以上の厄介事はごめんだ」
聞きたくないとばかりに鞄を手にし教室を出た。
同情なんかして弁当を作ってやったりしたものだから神野も調子に乗るのだ。
「あれ、今日は神野さん、お休みなの?」
弁当が一つ足りないからだろう。神野の分の弁当を作っていることは透も知っていた。
「良いんだ。ほら、さっさと行けよ」
バスの時間にはまだ余裕があるが、これ以上聞かれるのが嫌で追い出す様に玄関へと向かう。
「うん。行ってきます」
出ていく姿を見てホッとする。
だが直ぐにドアが開き透が顔をのぞかせた。
「なんだ、忘れ物か?」
「うんん。神野さん」
「何っ」
透の後ろからひょっこりと顔を出した。
何故、こいつがここにいるんだ。驚く俺に、爽やかな笑顔を向ける。
「おはよう、葉月。一緒に学校に行こう」
「冗談じゃねぇ」
朝から周りにどんな目で見られる事やら。それを考えただけでウンザリとする。
「今日、俺の分のお弁当、ないんだ」
「大体さ、俺がお前の分まで作ってやる必要なくねぇ? 女子に作ってもらえよ」
好きという気持ちがたくさん詰まっている弁当だ。愛情に飢えている神野には丁度良いだろう。
「俺が欲しいのはあざとい愛情のつまった弁当じゃなくて、食べる人の事を考えて作られた弁当だ」
「は、それなら女に頼んで……」
「あぁ、もうっ、回りくどい言い方はやめる。葉月の作ったお弁当がイイの」
「なっ」
「お前の弁当を食べていると、冷たかったここが暖かくなるんだ」
と神野が自分の胸に手を当てる。
「そんな事を言われても」
困る。
自分の作った物で暖かい気持ちになるなんて、そんな事を言われたのは初めてだ。
「顔、真っ赤」
「うるさい」
「かわいい」
そうはっきりと言われるようになったのは、つい最近の事。誕生日にカップケーキを焼いてやった日からだ。
俺は女じゃねぇし、しかも周りから怖がられている奴に言う台詞じゃない。
「お前の目は腐ってんのかよ」
「ごめん」
ふ、と、唇に柔らかいものがふれた。
俺、アイツとキスしてる?
「んぁっ」
舌が歯列を撫でて舌に絡みつく。それがぞくぞくするくらい気持ち良くて、頭がぼっとしてきた。
「きもちいい?」
「う、ぁ」
「おれも」
ちゅっと音をたて、唇が離れる。
「あぁ、涎」
親指で唇を拭われ、そこで我に返って後ずさる。
「おま、何をっ」
「キス」
「なんで」
「なんとなく」
しれっと言われて、俺の手が神野の頬を殴っていた。
「いたぁっ」
「さっさと学校に行けよっ!」
出て行けと玄関を指さす。
「葉月」
「俺は、なんとなくでキスしねぇ」
馬鹿にされた。アイツにとってなんでもない事なんだ。
「え、あ……」
「出てけよ」
狼狽える神野の肩を押すが立ちつくして動かない。それに痺れを切らし、腕をつかむと乱暴に引っ張りながら玄関へと向かう。
「まって、違う」
「二度と来るな」
言い訳なんて聞きたくない。神野を外へと追い出すと玄関のドアを乱暴に閉じた。