獣人、恋慕ノ情ヲ抱ク

やきもち

 そろそろ診療所へと行く時間だ。クローズの看板を出そうと店の外へ出るとニコラの姿がある。
「どうしたの?」
「ライナー先生にエメさんのことを聞きました。しばらくの間、診療所の分のパンを取りに来ますね」
「え、そうなんだ」
 二人がお店になれるまではパンを届けて早く帰ろうと思っていたからそうしてもらえると助かる。
「お仕事があるのにごめんね」
「いいんです。ライナー先生からのお願いですから」
 と笑顔を見せるニコラに、胸がちくりと痛んで、どうしてだろうと首を傾げた。
「エメさん、どうかしましたか」
「うんん。今、用意するからね」
「あ、ライナー先生からもう一つ。お昼を特別に用意しないでいいと言ってました。皆さんと同じパンを食べるそうです」
 お昼に会えないだけでなくお弁当までいらないと言われてショックだった。
 エメの負担を減らそうとしてくれているのはわかるが、どうしてそれをニコラの口から聞くことになるのだろう。
「せめてサラダでも」
 それでも何か一つは持たせたいと準備しようとするが、
「俺のお弁当、いつも多めに作っているのでライナー先生におすそ分けしてもよいでしょうか」
 と意味ありげにエメを見る。
「ニコラさんのお弁当、減っちゃう」
「大丈夫ですよ。ふたりで食べても足らないことはないです」
 ふたりで、その言葉に今まで感じたことのない感情が一気にあふれだす。それは重く不快なものだった。
「そう。それじゃ、そうして」
 どうにかそう口にし診療所へと持っていくパンを用意する。ギーとルネがいるので袋詰めもすぐに終わった。
「沢山あるけど、持っていける?」
「はい。結構、力持ちなんですよ」
 と袋を三つ持ち上げた。
「ライナー先生のことはお任せください。それじゃ」
 そういうと店を出て行った。
「ニコラさんって優しい人ですよね」
「え!?」
 ギーの言葉にエメは目を見開く。彼らにとってはニコラは優しい人にみえるのか。
 エメには意地悪な人の子にしか見えなかったから驚いた。
「ルネもニコラさんのこと、優しい人に見えた?」
「はい」
 エメとふたりは違うニコラを見ている。
 もやもやとする胸に手を当てる。そしてあることに気が付いた。
 嫉妬という二文字。
「そういうことか」
 勝手にニコラに嫉妬していたのだ。
「うわぁ、恥ずかしい」
 両手で顔を覆う。今までもライナーのことで気持ちが揺らいだことはあった。だが相手に対して嫌な感情を持ったことはない。
 というか知らなかったのだ。恋愛という意味で意識し始めたのは最近だから。
「もしかして、エメさん」
「わー、言わないで」
 ふたりにまで言われたら恥ずかしさでしねそうだ。
「エメさん、ライナー先生のこと大好きですものね」
 ルネがそう笑顔で話す。
「あー、かわいいなぁー、エメさん」
 ギーが腰にぎゅっと抱き着いてきて頭をぐりぐりとする。
「僕も」
 ルネが一緒にぐりぐりとし、そんな可愛いふたりを抱きしめた。

 パンの売り上げは好調で、いつもよりもはやく完売となった。
「初仕事はどうだった?」
 感想を聞くと、
「疲れました」
「でも楽しかったです」
 と顔を見合わせて笑う。
「慣れるまでは大変だけど頑張ろうね」
「はい」
「頑張ります」
「それじゃ片づけをして、お家に帰ろうね」
 店内の掃除、使ったものを洗い明日に使うもので足りない物があったら補充する。
 三人なのでそれもすぐに終わり、明かりを消して鍵をかける。
「エメさんまた明日もよろしくお願いします」
「おやすみなさい」
 挨拶をして帰ろうとするギーとルネに待ってと引きとめた。
「どうしましたか?」
 尋ねるルネに、
「今日、俺も一緒に保護施設に行くよ。実は、皆のためにパンを取っておいたんだ」
 と隠しておいた袋を見せた。
「わぁ、皆、喜びます」
 喜んでいるのはふたりもだ。可愛いなとほっこりしつつ保護施設へと向かった。
 施設へ行くと子供たちがギーとルネを出迎え、そしてお客様だと喜ぶ。
「元気だね」
「はい。施設長をはじめ大人の方が優しくしてくれるので。安心して暮らせるから自然と笑顔になります」
 大人に苦しめられ辛い思いをした子、親の愛情すらしらずに捨てられた子もいる。
 慈しみ、愛情をいっぱい注いでいるのだろう。
「ようこそ、エメさん」
 穏やかな笑みを浮かべた優しそうな獣人だ。
「施設長でしょうか」
「はい。ギーとルネがお世話になっております」
 どうぞと中へ入るように言われて施設長についていく。
「ふたりはどうでしたか?」
「はい。初めての仕事で緊張をしていましたが、互いにどうしたらうまくやれるかと考えながら仕事をしていました」
「そうでしたか」
 ふたりのことが心配だったのだろう。安心したか小さくうなずいた。
「ギーとルネを俺に預からせてください。二人の住まいなのですが、俺の部屋を使ってもらおうと思います」
「ご協力ありがとうございます。どうぞ、よろしくお願いします」
 大切に育ててくれた保護施設の方々から今度はエメが二人のことを引き継いだ。
 後は退所届に本人がサインをし、これから先は自分たちで歩んでいくことになる。
 エメが部屋から出るとギーとルネ以外に子供たちが待っていた。
「どうしたの?」
「お兄ちゃんたち、ここから出ていくの?」
 と小さな子がエメの足をつかんだ。
 これからギーとルネには施設長から話がされるのだが、今までも出逢いと別れがあっただろう。
 子供たちはわかっている。ギーとルネも気が付いただろう。
「そうだよ。二人は成人の儀を終えて大人の一員になった。だからここを出なければならない」
 ドアが開いており、施設長が子供たちに説明をする。
「ライナー先生」
「今日からギーとルネは自分たちで生活ができるようになるまでエメさんの用意して下さった場所で過ごすことになるんだよ。さぁ、皆、笑って送り出してあげよう」
 本当は寂しいし泣きたい。だけど我慢して健気に笑って見せる。そんな子供たちを見ていたら胸が締め付けられた。
 一人ひとりに声をかけ、ハグをし別れの挨拶を終えると施設長の部屋へと入る。
 書類にサインをし終えたら本当の別れだ。
 ギーは泣くまいと耐えていたが、ルネは我慢できずに涙を流していた。
 施設長はそんなふたりに手を置き、頑張りなさいと声をかけた。
 部屋から出ると子供たちが手を振ってお見送りをしてくれた。それに応じるように手を振り続ける。
 姿が見えなくなり、寂しそうなふたりの肩へと手を置いた。
「いいところだね」
「はい。ライナー先生たちには優しくしてもらいましたし、まわりの子たちはいつも元気で明るい気持ちになれます」
 と笑い、
「エメさん、僕たちは幸せです。パン屋さんで雇ってもらえただけでなく住む場所も用意していただけて」
「自分たちで生活できるように頑張って働きますね」
 これからよろしくお願いしますと頭を下げた。
 健気で頑張り屋なギーとルネが愛おしく、エメは我慢できずに抱きしめた。
「ふたりと出逢えたことに感謝しかないよ」
「僕らだってエメさんと出逢えたことに感謝しています」
「ライナー先生にも」
 そう顔を合わせてからエメを見る。
「ライナー先生も喜ぶよ」
 さあ帰ろうとふたりと手をつないでアパルトメントへ続く道を歩く。
 入口のドアを開き階段を上がっていくとエメの部屋へ向かう。ライナーの部屋より一階下だ。
「どうぞ」
 部屋のドアを開くとおずおずとふたりが中へと入る。
「ここがエメさんのお部屋なんですね」
「可愛いです」
 壁や家具は白で統一されているが小物をカラフルにし、壁に掛けたボードにはライナーとの思い出を貼り付けてある。
「今日からふたりの部屋だから好きに使って」
 エメが持っていくのはふたりが着れそうな服以外全部とボードだけだ。
「ありがとうございます」
「大切につかわせてもらいますね」
 今日は一緒に食事をと、料理を作って食べた。
 色々とあったので疲れただろう。眠そうな二人を見て、エメは自分の荷物をもって部屋を後にした。