獣人、恋慕ノ情ヲ抱ク

リュンとパン屋さん

 帰りが遅くなると話していた通りにセドリックの帰りが遅かったり騎士宿舎へ泊ることもある。
 リュンとふたりだけの日はテーブルの上にのる料理は少なく、余計に寂しい気持ちになってしまう。
 それを出さないようにと頑張ってはいるが、お互いに寂しさは隠せないようだ。
 セドリックが忙しくなくなって、いつもの通りに帰ってこれるようになったら、何か驚くようなことをしたらどうだろう。
 目標を作りそれを達成する間、寂しさが和らぐのではないかと思った。
 だが、何をしたら驚くだろう。
「やっぱりリュンが、だよね」
 リュンが何かを一つクリアできたら。きっと喜んでくれる。
「ぼくがなに?」
 スープを飲んでいたスプーンが止まり、ぽたぽたとスープがお皿にたれていく。
「リュン、先にごっくんしちゃって」
「うん」
 少なくなった中身を飲みスプーンを置いた。
「そうだ、お買い物」
 まだ一緒に買い物をしたことがない。はじめていく場所は怖がるからともう少し慣れてきてからと思っていた。
 最終目的は一人でお買い物だ。
「おかいもの?」
「そう。まだドニのお店にしか行ったことがないよね。だからもう少し行けるところを増やそうか。たとえば、このパンが売っているお店とか」
 ベリーとクリームのパン、チョコレートクリームのパン、リュンが好みそうなパンを売っているお店をドニに聞き、預けている間に買いに行ってきた。
 ほかにもリュンが喜びそうなパンがあったので、いつか一緒に買いに行きたいと思っていた。
「パンやさんいきたい」
「そう。それじゃお昼用に買いに行こう」
「うん!」
 お気に入りのウサギとおそろいの服を着せて手をつないで家をでた。

 パン屋の中へと入る前。リュンを抱き上げてガラス越しに中を覗き込む。
「どう、いっぱいおいしそうなのあるでしょう?」
「うん。あのパン、きのうたべたの」
「そう。あ、お店の人が手振ってるよ」
 ルルス系の獣人で、真っ黒な毛をもつ。大柄だが愛想があり人懐っこかった。
 はじめて会ったのに好感度が持てたこと、彼の持つ雰囲気が柔らかかったこともあり連れてきたのだがどうだろう。
 リュンの様子をみれば、怖がることなく手を振っていた。
 よかったと胸をなでおろして店の中へと入りリュンを床の上へと下した。すると、男のほうへと駆け寄っていく。
「エメ」
「リュン!」
 足にしがみつリュンをエメと呼ばれた男が抱き上げる。
「え、知り合いなの?」
「このパン屋の近くに診療所があるでしょう? そこにパンを届けているんですよ」
 そこは獣人と人の子の医師がいる診療所だ。風邪をひいたときにお世話になったことがある。
「そうだったんだね」
「はじめはすごく警戒されちゃいましたけどね」
 リュンが食べているパンを焼いているのがエメだと知ると少しずつ距離が近くなり今では触れても大丈夫になった。
「そっか」
 知り合いではあったが一気に二か所も行ける場所が増えた。それは喜ばしい。
「店長、そろそろパンが焼きあがります…………、あ、接客中でしたか失礼しました」
 奥から出てきた男と目が合う。ひょろりと背の高い男だ。
「あぁ、彼はバードと言ってね、北の小さな村からお兄さんと一緒に出てきたって。あ、俺はパンを見てくるからバード、接客よろしくね」
 リュンを下ろしてエメは奥へ。かわりに残されたバードは落ち着かない様子で目を合わせようとしない。
「えっと、僕が人の子だから、かな?」
 この街の人は人の子を見慣れているので特に驚かれたりはしなかったが、よその街から来た獣人の中にはバードのような反応をする獣人がいる。
「え、あ、はい。まだ慣れなくて」
 すみませんと頭を下げ、背中をまるめたままカウンターへと向かった。
 落ち込ませてしまっただろうか。本当になんとも思っていないので気にしないでほしいのだが、足にしがみついているリュンが気になる。
 怖いのだろう、耳と尻尾がたれさがっていた。
「リュン、パンを選ぼうか」
 怖くないよと頭を撫でてそのまま肩に手を置いた。
 こわばっていた体も力みがとれて、甘くておいしそうなにおいにゆるりと尻尾が揺れた。
「ブレーズ、これつやつや」
「チョコレートだよ。食べてみる?」
「うん。あと、これ」
「それじゃ、これをトレイの上にのせてください」
 大切そうにパンをつかんでトレイに乗せる。そして満面なき笑顔を向けた。
「よくできました。それじゃレジに持って行ってお会計をするよ」
 バードのところへ行くと気が付き、リュンがブレーズの後ろへと隠れる。
 その時、タイミングよく奥からエメが出てきた。
「バード、パンの袋詰め、お願い」
「あ、はい」
 こちらに向けて頭を下げ、奥へと引っ込んでいく。すると後ろからリュンが出てきてエメのところへ向かった。
「いつもはあんなに緊張した顔をしてないんだけどなぁ。ブレーズがきれいだからかな」
 そうニカっと笑う。サービストークだとわかっているので苦笑いで返す。きれいだとかかわいいは自分には縁遠い言葉なのだから。
「バードは子供好きの優しい雄だ。いつもニコニコなんだぞ」
 それだけいうと、ブレーズからトレイを受け取り会計をする。
 リュンが怖いのを知っているからそれ以上は何も言わない。だけどバードのことを知ってほしいということだ。
「うん」
 それはリュンにも伝わっている。
 袋詰めしたパンをブレーズにわたしてリュンの頭をなでる。
「またおいでね」
「うん」
 バイバイと手を振り店の外へと出ると、すぐにドアが開いて、
「あのっ!」
 と声をかけられる。
 振り向くとそこにバードがたっており、リュンがあわててブレーズの後ろに隠れて顔だけを出す。
「あの、これをリュン君に」
 と透明な袋に入れられた丸いパンを差し出した。そこには顔が描かれていてにっこりと笑っている。
「わぁ、かわいい」
 それを受け取ってリュンへと手渡すと、アッという表情を浮かべてパンを掲げた。
「クリームパン!」
 確かにこの店でクリームパンは丸い。だけどベリージャムのパンや豆ジャムも同じ形だ。
「え、そう、なの?」
 人の子よりも嗅覚が優れてはいるがわかるものなのだろうか。不思議に思いながらリュンを見る。
「うん。にっこりはクリームパンなの」
 とリュンが言う。お店に売っているクリームパンは何も書いてないので、もしかすると診療所にいたリュンを元気つけようとにっこり顔を書いていたのかもしれない。
 バードを怖がっていたリュンだったが、パンのおかげで距離が近くなる。それも狙ってエメがバードに持たせたのかもしれない。
「覚えてたんだね。よかった」
「リュン、お礼は?」
「ありがとう」
「うんん。またきてね」
「うん」
 子供が好き、言っていた通りだ。優しい顔でリュンを見るバードの姿にブレーズは好感を持つ。
「ありがとうございます。エメさんにもお伝えください」
「はい。またのご来店をお待ちしております」
 そういうと彼は帰っていった。

 家に帰った後、リュンはクリームパンを大切なものを入れておく箱の中へとしまった。
「リュン、パンは食べないとだめだよ」
「でも、にっこりのパンとっておきたいの」
「食べ物は難しいなぁ」
 そのままにしておけばカビが生えて食べられなくなる。それはエメとバードに申し訳がない。
「また買いに行こう、ね」
「うん!」
 リュンはパンを箱から出して食べ始める。描かれた絵のようににっこりとした表情を浮かべていた。