真実
リュンがピンと耳を立てて椅子から降りるとドアを開いた。
「おかえりなさい」
「おー、出迎えしてくれたのか。ありがとう」
とリュンの体を抱き上げた。
「セド、おかえり。今日は早いね」
「あぁ。獣人商売組合から連絡があってな」
ただごとではないとセドリックに連絡をいれてくれたのだろう。本当に組合の獣人には感謝しかない。
「ピトルさん、ふたりと一緒にいてくれてありがとうございました」
「いいえ。楽しい時間を過ごさせていただきました。それでは私はお暇を」
「送ります」
「いいえ。ふたりのそばにいてあげてください」
そう断り、それではとピトルは家を出て行った。それを見送った後、
「気ぃ使わせたな」
「そうだね。今度、お礼をしないとね」
そう話して部屋へと戻る。
リュンはお菓子をたくさん食べておなかがいっぱいになったようで椅子に座りながら寝ていた
「寝ちゃったな」
「うん。寝かせてくるね」
抱き上げてベッドに寝かせ、セドリックのもふもふにめがけて抱き着いた。
「どうした」
「ごめん、もふもふしたくなっちゃって」
リュンのことが気になってセドリックに話をしたかった。
「ごめんな。一人で辛かったよな」
髪に鼻先が触れ、顔を上げるとぺろりと舌が唇を舐める。
「記憶を失い前に何かあったのかって。それに倒れる前につぶやいたんだ。ミヒルって」
「そうか。ブレーズに話していなかったが、リュンは売買目的で買われた可能性があるんだ」
「そんなっ」
獣人の子供を人の子へ売る商売がある。人の子の国では獣人をペットのように飼う者がおり高値で売買される。
それは二国の中でも問題になっていた。
セドリック達が北へと向かったのは罪人たちのアジトを見つけたという知らせを受けて犯人を捕まえるためだった。
踏み込んだ時はアジトはすでにもの家の殻であったが、唯一、そこに子供の姿を見つけた。
服と体は汚れており、服には血痕があったが怪我をした様子はなかった。ただ、熱が高く病気による吐血かもしれないと急いで診療所へ連れていくことになった。
それから一週間。子供は目を覚ました。とくに悪い病気というわけではなく高熱と栄養失調により倒れていて、しかも目を覚ました時に何が起きたか、そして自分のことすら覚えていなかった。
しかもブレーズとはじめて会った時のように怖がり、今のようになるのにも数日かかったそうだ。
「そんな、どうしてそんな酷いことを」
人の子にとっては可愛くても毛並みが悪い子だときらう獣人はいる。
もし、親が邪魔な子供をどこかへやるために、人の子はペットして飼うために双方の意見があえばそれほど良いものはない。
「今、獣人の国では毛並みのことで差別すると罰するという法律を作ろうとしている。だが、古い考えを持つものがそれを阻んでいる。毛並みが悪いからと家族なのに嫌う親もいるんだ。くだらない」
重く息を吐く。セドリックの表情は曇っていた。
毛並みのことは獣人の国では大きな問題となっている。第三王子であったシリルもそのせいで親元から離れ生活をしていた。しかも成人の儀で王都へ戻った時を狙い危害を加えた者もいる。
「セド」
「子供を売ることは罪に問われる。ゆえにバレぬようにと隠ぺいをする者もいる」
「そんなっ」
ブレーズはショックすぎて黙り込んでしまう。
「すまない、辛い気持ちにさせてしまったな」
「うんん。話を聞けて良かった。リュンのこともだけど、そういうことがあるなんて知らなかったから……、セド?」
セドリックが抱きしめる。その温かさに目じりがじわりと熱くなった。
「俺では全員を幸せにすることは無理だ。だからせめてリュンは幸せにしたい」
「うん」
ぺろりと目元を舐められ、我慢できずに涙があふれていた。
「やはり泣かせてしまったな」
「もしかして、僕がそうなると思って話さなかったの?」
「そうだ」
こんな思いはさせたくなかったと、後頭部に手をやりだきよせた。
ドニが作ったセドリックのためのオイルの香り。今はそれも彼の一部であり大好きなにおいでもある。
「ふ、いいにおい」
鼻を動かしにおいを吸い込むと、ブレーズの手が頭から首をたどり背中をなでていく。
「あ、セド」
愛しい雄の手はブレーズの欲を煽る。
「ブレーズ、俺の印は残っているか?」
それは数日前にセドリックがブレーズの肩に残した痕だ。
噛まれたばかりのころはくっきりとしていたが、もう跡形もなく寂しく思っていた。
「確認してみる?」
ボタンをはずしてシャツを脱ぐ。セドリックのつけた痕があった場所をなでると、その手をつかまれる。
「すっかり消えてしまったな」
そして。再びあの痛みが肩へと走る。
「いぁ」
じんじんとした痛みとともに高揚感がある。またマーキングをしてもらえたことでセドリックのものなんだと思えたからだ。
「ブレーズ」
噛んだまわりを指が撫でた。
「すまんな、色々とあったのに、明日から帰りが遅くなるかもしれない」
「そう、なんだ」
だからセドリックの印を残したのだろうか。俺はここにいる、そういっているかのように。
その個所に触れ、目を閉じる。これがあればブレーズは頑張れる。愛しい雄が自分に与えてくれたものなのだから。
「セド、僕は大丈夫だよ。リュンは守るからね」
「ありがとう、ブレーズ」
鼻先が触れ合う。獣人にとって鼻先が触れ合うのには意味がある。キスは恋愛だが、触れ合うのは家族など親しい相手にたいしてする行為だ。
自分に対するそれは友として。そうだとわかっていても嬉しくて胸が弾む。
「あぁ、そうだった。人の子はこちらよりもこっちか」
と唇を舐めてキスをする。
「ふぅ、ん」
濃厚、かつ、とろけるようなキスに腰から崩れ落ちそうになり、セドリックが腕を回して支えた。
どうしてキスをしたかなんてわからない。セドリックの心をブレーズはよめないのだから。
だが、理由がどうあれ、頭がほわんとしてしまうくらい、愛しい雄からのキスは気持ちいい。
「セドぉ」
「ん、とろけた顔をして。かわいい反応」
唾液で濡れた唇を舐め、ブレーズの顔を自分のもふもふへとあてた。
胸がうるさいほど騒いでいるし、力が入らない。だらりと身を預けると、ふいに体が宙に浮く。
「え、セド!?」
「ベッドまでお運びいたします。お姫様」
お姫様とはなんだ。
「なにがって、ちょっと」
返事をする前にセドリックは寝室までの距離を歩いていく。
恥ずかしい。だけどセドリックのにおいとぬくもりに包まれて運ばれている間はとても幸せだった。
「つきましたよ、お姫様」
ベッドの上にそっと降ろされる。
「ありがとう。ところでお姫様って」
「絵本の中で王子様に抱っこされるのはお姫様だろう?」
そういうとセドリックは自分とブレーズを指さした。
最高にかっこいい雄だ。彼が王子なのには納得だが、
「セド、僕は男だからね」
物語の中のお姫様はきれいな女性で、自分はその中に登場するような人物とはかけ離れている。
「あぁ。ブレーズを雌のように見ているわけじゃない。雄として頼りにしている」
そういうと頭をなでてリュンを挟んで反対側のスペースに寝転んだ。
頼りにされている。キスされた時とは違う胸の高鳴りを感じた。
「うん、頑張るから」
「おう」
セドリックのため、そしてリュンを守るために弱気になるのは今日限りだ。
そう心に誓いブレーズは目を閉じた。