好きという気持ち
風呂の準備をするために部屋に向かう。シリルも自室へ入りドニが作ってくれたシャボンと着替えをもって風呂場へと向かった。
「このシャボンはいい匂いがするし泡立ちがよいんだ」
「もしやお友達が作ってくれたのかい?」
オイルの話をした後なのでランベールはそれに気が付いたようだ。
「そうなんだ」
「それじゃ、シリルから先に。私に全部見せてくれるかい?」
「あぁ」
目の前に立ったシリルを上から下までじっくりと見始める。成長した我が子を見るように、その眼は優しい色をしている。
「この頃はシリルの成長をじっくりとみることができなかったからね」
「そうだったな。ファブリスがランベールと一緒に入りたがるからな。好かれているな、叔父上は」
「まぁ、うん、そうだねぇ……」
ごにょごにょと言葉を濁らせるランベールに、シリルは特に気にすることなく、ドニはなんだろうと小首をかしげる。
「さて、シリル、洗ってくれるかな」
「あぁ、まかせておけ」
シャボンを手でこすり、マシュマロのような泡を立てていく。
獣人にとって風呂はコミュニケーションの場である。
互いの背中を流し、鍛え上げた肉身体を褒め合う。そして、湯船につかりながら話をして親睦を深めていく。
それを初めて知ったのは屋敷に移り住んでからだ。残念なことにシリルの肉体はほめるところがないが、ランベールたちは違う。見事な毛並みと鍛えられた美しい身体をしていた
身体を洗いながら新たな傷はないかを確認していく。
騎士だった頃にも傷はあったが、旅に出るようになってからは余計に気になるようになった。
「ここ、傷がある」
「あぁ、これはどうしても欲しい宝があってね。爪先がかすっただけだよ」
そうランベールはいうが、そこそこ深い傷だ。
「ランベール、危険なことはしないでくれ」
冒険家なのだから宝を手に入れたいのはしかたがない。だが、怪我をしていたことを後から知るのは胸が痛んで嫌だ。
ぎゅっとランベールの傷のある場所へ腕を絡ませて顔をくっつける。身体が震え、尻尾と耳が垂れ下がる。
「そうだね。もう若くもないのだし。これからは危険な場所にはいかないよ」
大きな手が優しく背中をなでる。
「約束してくれ」
「するよ、シリル」
そっと顔を上げるとランベールの顔が近い。
「らんべーる」
目元があつくなり涙が零れ落ちる。
もしもランベールの身に何かがおきたらシリルはどうにかなってしまうだろう。
「泣かせるつもりはなかったのにねぇ。ほら、可愛い笑顔を見せて」
涙を親指でぬぐってくれる。
「シリル、このままでは私が甥っ子に怒られてしまうよ」
自分自身を抱きしめて震える仕草をするランベールに、シリルはクスッと笑うと、
「あぁ、よかった。笑ってくれたね。うん、かわいい」
ふわりと笑顔を浮かべて、それを見た瞬間、胸の鼓動が激しく飛び上がった。
優しく細められた目は色っぽくて綺麗だ。こんな素敵な雄が自分を甘やかしてくれるのだ。幸せで、胸がいっぱいになる。
今まで何度かランベールに対して感じたことだ。彼の行動一つで簡単にかわってしまう。
「ランベール」
「ふふ、甘えられるのは嬉しいが早く身体を拭いて服をきなさい。湯冷めをしてしまうよ」
「そうだな。ランベールも湯冷めをしてしまうな」
柔らかなタオルで身体を拭き、服を身に着ける。
風呂から上がったらドニの作ってくれたオイルを塗るのだが、ランベールが塗ってくれた。
「いいにおいがするね」
鼻を近づけて首のあたりの匂いを嗅ぐ。
「ランベールも塗ろうか」
「これはシリルのために作ってくれたものだろう? だから君が使いなさい」
それが彼に対してのお礼にもなるんだよと言われ、シリルは瓶を大切そうに胸にだいた。
きっとファブリスに何か言われるだろう。そう思っていたのに触れられることもなかった。
「もうすぐ食事ができるから」
「そうか。オイルを置いてくる」
呼びに来るまで部屋で目を冷やそうと思ったのだが、すぐにドアをノックされる。
「なんだ、もうできたのか」
「いや。話がある」
「入れ」
ドアが開きファブリスが中へ入ってくる。
「話とは?」
「風呂から上がった後、目が赤かったから」
こちらをみて何も言わなかったのでバレなかったと思っていたが、そうではなかったようだ。
「目に水が入って、なんていっても信じないよな」
「あぁ。違うんだろう?」
ドアを開き部屋の中へと招く。
「なぁ、ファブリスは好きな人に対して胸が苦しくて泣きたくなるような経験はあるか?」
「あるさ」
ふ、と、口元に笑みを浮かべ胸に手を当てる。
「シリル、好きの違いがわかるか?」
「違いとはなんだ」
「その好きな人に対してシリルはどう思っているんだ。恋愛対象としてか、友達や家族としてか」
ランベールは幼き頃から傍にいてくれた。まるで父親のように。
哀情を注がれるたびに嬉しくて、本当の家族だったらいいのにと何度も思った。
だが、年月がたつにつれ、一緒にいるのが幸せという気持ちと共にもやもやとした感情が生まれた。
ランベールは大人で、自分とは二十も年が離れている。いつか綺麗な雌と婚姻をするのだろう。
もしもファブリスやゾフィードが婚姻をしたのなら、心からおめでとうと言えるのに、ランベールに対しては考えるだけでも胸が痛くなる。
「そうか、僕はランベールのことを恋愛対象として好きなんだな」
だからあの時、切なくて涙がこぼれ落ちたのだろう。
「そうか」
ファブリスが肩を抱く。彼にもたれるように頭を傾けると、なでてくれた。
「ファブリス、話を聞いてくれてありがとう。僕はいい友達を持ったよ」
「そういってくれて嬉しいぞ、シリル」
ファブリスはまるで先生のように色々と教えてくれる。
「さて、そろそろ準備も終わるからダイニングルームへ」
「わかった」
ファブリスが部屋を出て一人になるとベッドに横になり天井を見つめる。
ランベールに対する気持ちに気が付いたら、より、彼のことを考えてしまう。
きっと恋人としては見てもらえない。だが、ランベールは事情を知っているゆえにシリルに甘い。
成人の儀を迎えるまでは恋人も作らずにいてくれるだろう。せめてそれまでの間、ランベールを独占したい。
「それくらいは許してく欲しい」
後は思い出と共にこの屋敷で一生を終えよう。