獣人、恋慕ノ情ヲ抱ク

大好きな獣人

 次の日。午後を少し回ったころに荷物を沢山持ったランベールとゾフィードが屋敷へと到着した。
「ランベール!」
 掃除をしていたのでシャツの腕を捲った恰好だ。汚れているので抱きつくこともできず、尻尾だけを揺らす。
「おや、抱きついてはくれないのかい?」
 寂しそうにランベールがシリルを見る。
「だって、掃除してたから汚いし」
「おやおや、旅から戻ったばかりの私たちのほうが汚れているだろうに」
 それでも迎え入れて抱きついてくれたよねと、ランベールが手を広げた。
「うん。おかえりなさい」
 その腕に飛び込むとランベールが抱きしめてくれる。旅をしてきたというのにランベールからは良いにおいしかしない。
「ただいま。会いたかったよシリル」
「僕も」
 鼻先をこすりあわせようとしたら、ランベールの顔が離れてしまう。
「ランベール様、外ですよ」
 ゾフィードだ。獣人は外だろうが気にしないのだが、彼はシャイなのか時折邪魔をされる。
「ちょっと、久しぶりに会ったのだからいいじゃない」
「ダメです。シリル様、お久しぶりです」
 ランベールに向けていた冷めた目は、シリルの前では優しいものとかわり丁重に頭を下げる。
 ファブリス同様にここでは敬語は禁止と彼にも伝えてあるのだが、ランベールに使うのにシリルに使わないわけにはいかないとそのまま使い続けている。
「いいよ、中でするから」
 いこうとランベールが腰に腕を回す。そのままドローイングルームへと向かった。
 ランベールとこのままくっついていたいが、まだ掃除が終わっていない。
「掃除があと少しで終わるから、少し待っていてはくれないだろうか」
「あぁ。ここでゆっくりとさせてもらうよ」
 行っておいでと言われ、部屋を出ていく。掃除の続きをしようとしたが、ファブリスから着替えるように言われ、二人の事を頼まれる。
「キッチンにお茶とお菓子の用意は出来ている。お湯を沸かしてお茶を入れてあげて欲しい」
「わかった」
 着替えてキッチンへと向かいお茶の用意をする。
 お盆の上のモノを落とさないように慎重に運ぶ。部屋では二人が寛ぎながら話をしている途中だった。
「おや、掃除は終わったのかい?」
「おもてなしを頼まれた。お茶とお菓子をどうぞ」
 カップを置きお茶を入れる。手が震えてしまったが、なんとかこぼさずに入れることができた。
「嬉しいねぇ、シリルにお茶を入れて貰えるなんて」
「美味しいです。シリル様」
 二人に喜んでもらえて嬉しい。
 十分にお茶を楽しんだ後、
「さてと、ファブリスの手伝いをしてきますので、シリル様、ランベール様の相手をお願いします」
 とゾフィードがキッチンルームへと向かった。
 働き者だなと思いながらその背中を見送ると、ランベールがおいでと自分の膝の上を叩く。
「ランベール」
 昔から彼の膝の上が好きだ。近くで顔が見れるから。
「いい子にしていたかい」
 と額に自分の額をくっつける。
「あぁ。いい子で待っていたぞ、ランベール」
 鼻と鼻をこすりつけ合い、唇を軽く重ねて離れる。愛情をたくさん感じることができて幸せな気持ちになり、尻尾がふるふると揺れてしまう。
「ランベール、人の子の友達ができたんだ」
「おや、それは本当かい」
 屋敷に移された時、王である父に王族だということを口にしてはいけないと言われている。
 元より告げるつもりはない。第一、この屋敷の近くに家はなく、近い村へも行くのには半日かかるのだから。
 ファブリスの役に立ちたい、食べ物を集めるくらいならできるだろうと森にやってきたのだが軽率な考えであった。
 シリルは獣人であっても身体は小さくて非力だった。
 しかも森に一度も行ったことがないのに、シャツと半ズボン、そして革靴というスタイルで入ってしまい、木の根っこに足をとられて転んで怪我を負ってしまった。しかもその時に草むらに突っ込んでしまったのだ。
 その怪我を治療してくれたのが人の子である獣人が異常に好きな薬師のドニとクールな護衛のロシェだ。
 二人と知り合ってからというものここの生活がさらに楽しいものとなった。
 友達の存在はすごい。シリルだけではなくファブリスにまでいい影響を与えてくれたのだから。
「あぁ。ドニという薬師なのだが、獣人が好きすぎて変な奴なのだがとても優しい。僕が毛並みで悩んでいると知ってケア用のオイルを作ってくれたんだ」
 花のにおいがするオイルだ。尻尾を振るとよい香りがしてくる。
「あぁ、だからか。尻尾がつやつやになったと思っていたんだよ」
「え、本当!」
 光沢も美しい毛並みには必要なものだ。今までは毛が自体が縮れていて艶すらなかった。
「それにいいにおいがする」
 耳に鼻先を近づける。それがくすぐったくて耳が動く。
「これを作るのは大変だったろうに。あぁ、手触りが良いね」
 尻尾へと触れて手櫛で梳く。
「ひゃっ」
 ドニにされるときも気持ちがいいが、ランベールにされるとじわっと身体の芯が熱くなる。
「シリル、指通りもよいね」
「ふっ、らんべーるっ」
 気持ちいい。頭の中がとろけてしまいそうだ。
「あぁ、ダメだよ、そんな可愛い顔をみせちゃ。悪い大人に食べられてしまうよ?」
「その通りだな、叔父上」
 暖かな料理を手にファブリスが見下ろしている。
「もう少し二人きりにさせてくれてもいいのではないかね」
 ランベールが頭の上へと手を置く。とろんとしていた気持ちがはっきりとする。
「あ、ファブリス」
 ファブリスに気が付かぬほど意識が飛んでいた。こんなになるのははじめてだ。
 こちらをちらりと見たものの、何か言われることはなく、すぐに視線はランベールへと向けられる。
「叔父上、食事の前に旅の汚れを落としお召替えを」
「わかった。それではシリル、一緒に……」
 そう言いかけたところに、ファブリスがランベールを睨みつける。一人では入れないのかといいたいのだろうか。
「ファブリス、僕も一緒に入りたい。ダメだろうか?」
 ダメだと言われる前にお願いしてみる。すると額に手をやり深くため息をつく。
 もしやシリルがランベールを独占しようとしたのが嫌だったのだろうか。
 ファブリスにとってランベールは雄として憧れだと聞いていた。冒険家になる前は騎士として隊長をしていたこともあり、剣の腕は素晴らしく、甘いマスクと美しい毛並みは貴婦人たちのハートを鷲掴みしている。
「ごめん、ファブリスも一緒に入りたいよな」
「いや、叔父上のことはどうでもいいのだが、シリルが、な」
 自分がなんだというのだろうか。どういう意味だとファブリスを見るが、口元に手を当て、何でもないと答える。
「ファブリス?」
「二人ではいるのは構わないが、長湯はだめだぞ」
 一度、楽しすぎてテンションがあがり、湯あたりをしたことがある。いまだにそれが心配なのだろう。
 過保護だなと思いつつ、わかったと返事をする。
「叔父上も、俺が乱入するような事態はおこさないでくださいよ?」
「信用がないものだね、私は」
 ランベールと一緒だと長湯をしがちなので湯あたりに気をつけろということだろう。
 さすがにそこまで自分は子供ではないつもりなのだが、いつまでたってもファブリスを心配させてしまう。
「大丈夫だ。僕も気を付けるから」
「ダメとはっきり口にするのも大切なことだからな」
 もっと入っていようと言われても、危ないと思ったら湯船から出ることにしよう。
 湯あたりして倒れてしまったら、一緒にいられる時間が減ってもったいない。
「わかった」
「ちょっと、ファブリス、あまり余計なことを言わないでおくれよ。裸同士の付き合いも大切だよ?」
 ランベールは風呂好きゆえにゆっくりとつかっていたいのだろう。だが、食事が冷めないうちにでること、そういわれてしまう。
「わかった。行こうか」
「そうしよう」
 行こうとランベールがシリルの手を取る。それがご婦人方にするような仕草で、惚けてしまうのもわかる気がした。