獣人、恋慕ノ情ヲ抱ク

街へいく

 ドニとセドリックを乗せた馬車は街のある店の前で止まる。ガラス張りになっていて中が見える。
 小さな、それも何もない村で暮らしていたのでドニにとって街はきらびやかな所だ。
 中には洋服が何着が飾られていて、ドニは目を輝かせながらそれを眺めた。
「いらっしゃいませ」
 二人に気が付いて声をかけてきたのは人の子だった。赤毛で長身の男が奥から出てくる。その店主はドニたちと同じ人の子で、年は少し上くらいだろう、たれ目で甘い顔をしている。
「こんにちは」
「こんにちは。セドが話していたお友達だね。僕はブレーズ」
「俺はドニ。獣人の国でお店を出しているってすごい羨ましい」
 どこを見ても獣人がいる。しかも獣人の服を作れるのだから。
「ずっと獣人の国で仕事をするのが夢だったからね」
 ドニと同じように獣人が好き、彼の表情がそう語っていた。
「でも、店を開きたくとも何か許可とかいるんじゃ……?」
「うん、必要だよ。獣人商売組合というものがあって、どんなものを売るのか実際に商品を見てもらい、それでOKを貰うと今度は国の面接があるんだ。それに合格をして初めて店が持てるんだよ」
「大変そう」
 ふぅ、とドニが息を吐く。
「なんだ、ドニも店を出したいのか?」
「うんん」
 心が揺らいだ。もしも自分に何かあるのならこの国で暮らせるのではないかと。
 だが、薬師はこの国でもいるだろうから要らないだろう。そうしたら、自分には何もない。
「そうか。ブレーズ、ドニに服を見立ててくれ」
「じゃぁ、ドニ立っていてね」
 と全身鏡の前に連れていかれて洋服をあてていく。
「可愛いじゃないか、半ズボン」
「じゃぁ、上は白のフリルブラウスとジャボタイ、猫の形をした金の留め具、黒の半ズボンね」
 机の上にそれを合わせていき、セドリックが覗き込む。
「うん、いいんじゃないか」
「後は上着はこれね」
 ベストとジャケットが一緒になっている。
「なんかすごいね」
 着れればそれでいいという生活をしてきたから、華やかな衣装に目がちかちかとしてしまう。
「俺にはもったいないよ」
「何を言っている。ドニは可愛いんだから自信を持て」
 可愛いとまた言われた。セドリックは優しいからドニの気分が上がることを言ってくれているだけだろうが、やはりその言葉すら自分にはもったいない。
「セドリック、ありがとう。でも」
「セドの言う通りだよ。僕の選んだ服を着たドニ君がみたい」
 服をもち、奥の部屋へと向かう。そこにも鏡があり、ブレーズが着替えを手伝ってくれる。
「ドニは体の線が細いから丈は良くても幅が大きいね。だけどフリルがあるから誤魔化せるか。ズボンはウェストを詰めれば大丈夫そう」
 ピンでとめながら合わせていき、鏡にうつるドニを見る。
「うん、よく似合ってる」
「本当に?」
「うん。髪形をこんな風にすれば、どうかな」
 片方の髪を撫でつける。それだけで少しだけ大人っぽく見える気がする。
「わぁ、なんか別人になった気分」
「セドに見せに行こうね」
 と肩に腕を回して部屋を出る。
「どうかな?」
 セドリックはドニを見て何度もうなずいた。
「うん、うん、いいじゃないか」
 よく似合うと言ってもらえて、嬉しかったので素直にありがとうとお礼を言う。
「一から作るには時間がたりないから、これを成人の儀に間に合うようにサイズを直すね。後はドニ君のサイズを測らせ欲しい。ゾフィードから服を預かってるから」
「ゾフィードから?」
 着る服がないからという理由だろう。特に深い意味などないはずだろうに、
「随分とたくさんあったから、ドニに長く滞在してほしいと思っているのかもね」
 そんなことをブレーズがいうものだから、思わず期待しそうになる。
「そうだと、いいな」
 そう返し、サイズを計るために再び奥の部屋へと向かった。

 屋敷に帰ると、シリルの姿はなく、ランベールとゾフィードがお茶を飲んでいた。
「シリルは?」
「帰ったよ」
 てっきりここに泊まるのだと思っていたのに残念だ。
「そうなんだ」
「王の命令でね、成人の儀が終わるまではしかたがない」
 今まで一緒にいられなかった時間を少しでも取り戻したいそうだ。
 ランベールと番になったら王宮から離れなければならないのだから、時間がいくらあっても足りないだろう。
「さ、座って。お茶を用意させようね」
「私がご用意してきます」
「ゾフィード、うちの使用人の仕事を奪わないでやってよ」
 ベルを鳴らすと使用人が中へ入ってきて、ランベールがお茶を頼む。
 それからすぐにテーブルの上にお茶と菓子が用意される。
「服はいいのがあったかい?」
「はい。サイズが合わないので直さねばならないですが」
「そうだよねぇ、ドニは細すぎるよ」
 たくさんお食べとお菓子を手渡される。真っ赤なジャムがたっぷりのったタルトだ。
「ありがとう」
 ジャムの部分は甘酸っぱく、タルトはサクサクとしている。美味しくて顔が緩む。
「可愛い顔して。そんなに美味いのか」
 セドリックはドニを可愛いといってくれる。そのたびにむずむずとしてしまう。
「おいしいよ」
 一つとってあげれば、手をつかんでそのまま口へと入れた。
「ふぉっ」
「うん、うまい」
「な、団長、何をして」
 ゾフィードが腰を浮かせ、それを見ていたランベールがおやおやと笑う。
「やっぱ、可愛い子に食べさせてもらった方が何倍も美味いだろ?」
 しれっとそんなことを口にするものだから、ドニのほうが照れてしまう。
「団長、ドニを調子つかせると尻尾を舐めたり噛まれるかもしれないぞ」
「やられたのかい?」
 過激だねぇと口元を抑えるランベールに、
「まだやっていないよ」
 と答えると、セドリックが尻尾をつかんでドニを見る。
「セドリック」
 むっとしながら彼をみれば、笑って頭を撫でてゾフィードの方へと顔を向けた。
「ところで、ゾフィードがたくさん服を用意してくれたようで」
 とセドリックがいうと、ゾフィードが苦い顔になる。
「ドニは獣人が好きだから、長く滞在したいと言い出すかと思ってな」
 やはり思った通りだった。わかっていたのに、少しだけ期待をしてしまったことが恥ずかしい。
「やっぱりね」
「それ以外になにがある?」
 そうきっぱりと言われしまい、ずきりと胸に痛みがはしる。
「ないよ」
 だからこんなにも悲しくて辛いのだ。
「ごめん、俺、疲れたから」
 部屋を出て行こうと立ち上がるが、いつの間にか傍にいたセドリックに腕をつかまれる。
「つれねぇ雄だなぁ。ドニ、あんなのはさっさと忘れて俺の番になりなよ」
 と指が鼻先に触れた。
「へ?」
 いきなりのことに驚き、そしてかたまってしまった。
「あぁ、そういうことか。それなら私も賛成だな」
 二人を見上げてにっこりとほほ笑む。
「え、あ、何を言って」
 冗談でしょうと二人を見るが、
「番になるなら素直に気持ちが伝えられる雄のほうがいい。ねぇ、ゾフィード」
 とゾフィードに話を振る。聞きたくない、彼の言葉は。
「こんな変態と番になりたいなんて、変わってますね」
 そう顔をそむけられて、ドニはショックで目をぎゅっと閉じた。
「変態と変わり者かぁ。いいじゃない。ドニ、考えておいて。俺は素直に好きだっていうし、中途半端に優しくしない。あ、あと悪口とみえて独占欲まるだしなことも言わないから」
「あはは、そうだねぇ。セドは昔から面倒見がよくて素直な雄だからね。ドニ、彼は我らと同じく名門貴族だ。優良物件だと思うが、どうだね」
 セドリックはドニに優しくしてくれる。獣人と番になれたら幸せなことだが、ちらりとゾフィードを見ると、その視線に気が付いて顔を背けられた。
 俺は知らない、勝手にしろ。そう言いたいのだろう。
「あの、俺は……」
「すぐに返事を貰おうとは思ってないさ。よく考えてみて」
 といわれ、何も言えずに頷いた。