獣人、恋慕ノ情ヲ抱ク

自分にできること

 時間があるとドニはシリルに会いに、ロシェは剣術を学ぶために獣人の住む屋敷へと向かう。
 憧れていた獣人と出逢えたこと、友達になれたことが嬉しくて時間があると連絡をして遊びに行っていた。
 ドニたちの前では明るい表情を見せるが、ファブリスからは鏡を見てはため息をついていることを聞いていた。
 シリルのために何かできないだろうか。
 そして思いついたのが薬師としての自分ができることだった。
 床に積み上げてある本の中から植物図鑑を取り出してあるページを開き確認する。
「うーん、ロシェ、付き合ってくれるかなぁ」
 そこに書かれている、ある個所を指でなぞる。
 これを見せたら怒られるだろうが、どうしてもドニは手に入れたかった。
 図鑑を抱きかかえ、ロシェのもとへ向かう。
 ロシェはファブリスに剣を教えてもらっていて、腕も上がっている。
「あのさ、お願いがあるんだけど」
「なんだ?」
 剣を振るっていた手を止め、木に掛けてある手拭いで汗をぬぐう。
「あのね、ある木の実が欲しいんだけど、森の奥までお願いできる?」
「構わないが、なんだか言いにくそうだな」
「えへへ」
 植物図鑑をロシェの目の前に開いて見せると、
「な、ドニ、お前っ!」
 思った通りの反応だ。それもそのはず、図鑑にはベアグロウムの好物と書かれているからだ。
「お願いっ。シリルのためにどうしても必要なんだ」
「駄目だ。危険すぎる」
「お願い」
 手を合わせて拝み倒すと、大きくため息をつく。
「危険だと俺が判断したら手に入らなくても逃げること。それを守れるなら」
「うん。ありがとう」
 薬草の見分けは大変だが、木の実なら上から落としてもらえばいい。
 いつもの場所より更に奥。ピリピリといやな緊張感を感じる。
「流石に雰囲気が変わるな」
「うん。ロシェ、口と鼻をこれで覆って。今日は乾燥したのを炊くから」
「あぁ」
 いつもは草を揉むだけなのだが、乾燥をさせて炊くと更に匂いは強烈となり、流石に人でも鼻を刺激されるので覆う布を巻きつけなければいけない。
 小さな網籠に炊いた草を入れて棒の先の輪に引っ掛ける。それをドニが持つ。
「で、目的の物は?」
「あの木の実の種が必要なんだ。背負ってきた籠いっぱいにね」
 手のひら程の大きさの木の実で、殻は硬くそれを割り種と実と分ける。
 実はホクホクとしており、蒸して食べたりお菓子にする。
 種はすりつぶしてオイルをとる。荒れた肌に塗ったり、ヘアケアに使ったりするものだ。
「これの方が上質なオイルがとれるんだ」
「よりによってベアグロウムの好物を……」
 どれだけ危険なことをしようとしているか。ロシェがしつこく口にするのはドニに危険がおよばないようにと思っているからだ。
「さっさと集めて逃げるから、ね?」
「絶対にだぞ」
 ロシェが木に登り実を落としていき、それをドニが拾い、籠の中へと入れていく。
 そうこうしているうちに籠の中がいっぱいになり、木から離れようとした、その時。
 低い唸り声が聞こえ、がザッと草が揺れる。
 白い耳が見える。雄のベアグロウムだろう。
「ゆっくりと後ろに下がれ」
 ロシェがドニを守るように前に立つ。
 ゆっくりと後に下がっていくと、ベアグロウムがその姿を現す。
「グルゥゥ……」
 威嚇しながら身を引くし、いつ襲い掛かろうかと様子を窺っている。
「ロシェ」
「大丈夫だ。お前がくれた匂い袋がある。鼻が敏感な獣には、今日は特に嫌な臭いだろうさ」
「うん」
 怖くて足が竦みそうになるが、ロシェが励ましながら腕を優しく叩いて気持ちを落ち着かせてくれる。正面にベアグロウムを見据えながら後ろへと下がる。
 彼らには背中を見せたら最後、襲ってくださいといっているようなものだから。
「この木の後ろに隠れろ」
 大きな木を指さし様子を窺う。
 ベアグロウムは落ち着かずにウロウロとしていたが、暫くすると警戒するのをやめて木を揺らし木の実を落としはじめた。
「よし、食事をはじめるようだな。今のうちに逃げよう」
「うん」
 森を一気に抜け、安全な場所まで来ると二人は息を吐いて座り込んだ。
「怖かった……」
「あぁ」
 だが、ロシェが落ち着いて対処してくれたおかげで無事戻ってこれた。
「ロシェ、ありがとうね。すごく頼りがいがあった」
「ファブリスが剣以外にも教えてくれたんだ」
 森に薬草を取りに行くことを知っているので危険な獣に遭遇してしまった時の対処法を教えてくれたそうだ。
「それでも、ロシェがいてくれたから目的のモノを手に入れられたんだよ」
「役に立ててよかった」
 と口元に笑みを浮かべる。
 ロシェはドニに優しい。それはどこかファブリスに似ている。二人は従者という関係というよりも兄弟に近い。
 シリルにはドニには言えない何かがあるようだし、気になるけれど話してくれるまで待つつもりだ。
「それじゃ帰ろうか」
「そうだな」
 家に戻り一休みした後、オイルを摂るための準備をはじめることにした。
 殻は木の実割り器でロシェが割る。実と種に分けるのはドニだ。
 すぐにバケツ一杯になり、種は乾燥させるために網の上にのせて天日に干す。乾燥は十日ほどかかる。
 実はそのままでは食べられないので、ふかして食べたり甘く煮て保存しておく。調理をする前に水の中に一時間ほど置いておくとなお良い。
「今日は実を使ってご飯を炊こう」
「そうしよう」
 少し塩分を加えて炊くと美味しく出来上がる。
 それでも沢山あるので実を半分、遊びに行くときにお土産に持っていくことにした。
 ファブリスがこれで美味しいおやつを作ってくれるだろう。
「喜んでくれるかな」
「お前の気持ちは伝わるだろうさ」
 実のことではなく、今からシリルのために作る物に対しての言葉だ。
「うん」
 きっと今までも色々と試しているだろう。それでも、シリルに気持ちと共にプレゼントをしたい。

 それから十日後。天気の良い日が続いたお蔭で乾燥も上手く進み、予定通りに種から油をとる作業をする。
 種を粉砕してから蒸し、圧搾機(あっさくき)で絞り出す。香りつけに花のエキスを混ぜて完成だ。
 出来たオイルを手にシリルの所へと向かう。
「遊びに来たよ」
「よく来た」
 この頃、ドニ達が来るのを楽しみにしてくれているようで、シリルが外まで迎えに来てくれる。
 ドローイングルームへと向かい、隣同士にソファーに腰を下ろした。 「今日はシリルにお土産があるんだ」
 布に包まれたモノをテーブルの上へとのせて開く。
「これは?」
「ケア用のオイル。試してもらいたくて」
 その言葉に、シリルの表情が曇りだす。
「ドニ、折角だが、僕には効果がないから」
 やはり色々なモノを試した後らしく、何も効果があらわれず落ち込んでいるシリルを思うと、もし、上手くいかなかった時は、今まで以上に辛い思いさせることになるだろう。
「そっか」
 もしも上手くいかなかったときのことを考えずに大丈夫だと思い込んでいた自分を馬鹿だと思う。
「ごめんね」
「いや、僕の方こそすまない。ドニが作ってくれたのだろう?」
「うん。俺に出来ることはこれくらいだから」
「ドニは優しいな。その気持ちがとても嬉しい」
 シリルはドニの隣に移動し、その手を握りしめる。
「毛並のことはあきらめている。だが、ドニの気持ちは有りがたく受け取るよ」
 そして手を離すと、オイルの蓋をあけて掌の上へと適量とる。
「シリル」
「ほう、これはとてもいい匂いがするな」
 大きく息を吸い込み、口元を綻ばす。
「花のエキスをオイルに混ぜたんだ」
「そうか」
 そのまま尻尾に撫でつけて手櫛で解す。
 特に変わった様子はなく、だが、尻尾を振る度にそこから甘い香りがする。
「ふふ、これは良い」
 ありがとうと改めて言われ、ドニは首を横に振るう。
「気に入ったよ」
「シリル、ありがとう」
「何故、ドニが礼を言うんだ。まったく、お前はやはり変だ」
 と額を指ではじかれ、目が合うと一緒に笑いあった。