番の蝶と狩る蜘蛛
藤が春画を描くようになったのは、顔見知りの店の主に誘われたのが切っ掛けで、彼の絵は評判が良くしかも衆道ものが人気であった。
いつもはつばめという名の陰間を雇い絵を描いているのだが、それが切っ掛けで売れっ子の陰間となってしまい、なかなか頼めない。
しかも他の陰間には描きたい子がおらず、店の主からは納品を迫られて焦る一方の藤は、自分の恋人である黒田恒宣(くろだつねのり)の兄、芳親に泣きついた。
黒田は武家であり、芳親は当主である。流石に良い返事を直ぐには貰う事は出来なかった。しかも恒宣には怒られ、家を追い出されそうになった。
だが、最後は仕方がないと折れてくれたのだ。
「ありがてぇ。感謝するぜ、芳親さん」
両手を握りしめて、頭を下げる。
「じゃぁ、早速で悪ィんだが、俺んちに」
「待て! 藤春、私も共に行くぞ」
と言いつつ邪魔をするつもりだろう。普段の恒宣は誘っても決して来ることはなかったから。
「駄目だ。アンタには刺激が強すぎら」
「むむっ、馬鹿にして。絶対についていく」
「恒宣、ついてくることは許さない。兄の恥ずかしい姿をお前には見られたくないからな」
「兄上……」
「藤、行くぞ」
「わりぃな、そういうことで」
正直、恒宣は色々な意味で邪魔になる。
それに気が付いた芳親がそう言って彼を止めてくれたのだ。
「芳親さんにはケツを向けて眠れねぇや」
「俺はお前の事をもう一人の弟だと思っている。だから気にするな」
「ありがとうよ。黒田さんトコは皆、あったけぇな」
天涯孤独な藤に対して家族になってくれようとしている。
その優しさに藤は何度も心を癒されて温められている。
家の前に背の高い男が立っており、こちらに気が付いて手を上げる。
「保!」
何故ここにいるのだと芳親が藤を見る。
「実は芳親さんに断られたら大窪先生に助けてもらうことになっててさ」
大窪保(おおくぼたもつ)。蘭方医であり芳親とは恋仲である。
互いの事を想いながら離れ離れに暮らし、十二年の時を経て結ばれた。そんな恋仲の男の頼みを断るわけない。
「芳親さんを描くっていうからさ、良い返事を貰えたようだな」
「あぁ。芳親さんは男前で優しい人だよ」
「なんで保が、それも知っていたのか!」
焦る芳親に、保は微笑んで見せた。
◇…◆…◇
藤の事はもう一人の弟のように思っている。それ故に承諾したというのに、もしもの時の為にと保にまで声をかけていたなんて。
「芳親さんの淫らな姿、楽しみだよ」
「なっ」
「任せといてくれよ。大窪先生の期待に添えるように頑張っからよ」
「保の期待って、どういう事だ。少しだけ肌を見せるだけだよな?」
「そうだけど」
戸惑う芳親に、藤は微笑んで置いてあった縄を手にする。
それを見た瞬間、流石に察した。自分が今から何をされようとしているのかを。
「そんな事をするとは聞いていない!」
「でも、手伝ってくれるんだよな?」
承諾したのは芳親だ。グッと言葉に詰まり、助けを求めるように保の方を見るが裏切られた。
「芳親さんが嫌がる事はしたくないけど……、すまん。俺は見たい」
「なっ」
「そういう訳で、協力してくんな」
その言葉に、正気かと思った。しかも保まで乗り気だ。
もう、こうなれば自棄。
「好きにしろ」
抵抗する気はないと、芳親は力を抜いた。
理非知らず。
着物を乱し真っ赤な縄が手足の自由を奪う。そして真っ直ぐに向けられる視線が身体を火照らせる。
「いいぜ、芳親さん、すごく色っぽい」
筆を夢中で動かす藤。そして、その近くにはもう一人の視線がある。
獲物を狩る肉食動物のようにギラギラとした目。普段は優しい彼の、別の一面を見た。
たまらなく彼が欲しい。
体は正直で、触られてもいないのに下半身のモノは天を向いている。
「芳親さん、辛そうじゃねぇの。一回、抜いとくか?」
と立ちあがろうとする藤に、彼でなく保が良いんだと彼を見る。
「俺がやる」
触るなと、射抜かんばかりに藤を睨む姿に、気持ちが伝わった喜びと、独占欲を感じてゾクゾクと身体が痺れる。
「あぁ、そうだな、それがいい」
ニヤニヤとこちらを見つめる藤。そして、保が傍に来て芳親のモノへと触れた。
「ん、たもつ……」
「ねぇ、芳親さん、藤に見られてこうなったの?」
先っぽを爪でカリッと引っ掻かれ、びくんと身体が跳ねる。
「いっ」
「それとも、俺?」
今度は優しく掌で撫でる。
藤に見られているのに身体がこうなるのは保が触れているからだ。
「たまんねぇな、二人とも」
藤が切なくため息をつき、ペロリと唇を舐める。
「ほら、気持ちよさそうに善がってよ。藤に芳親さんは俺だけのモンだってことを見せつけてやって」
「ん、あぁっ、俺は、お前のもの、だ」
芳親が後ろを繋ぎ合わせてイく瞬間を、保は藤へと見せつけるけた。
惚けた顔でガクガクと震えながら欲をはき出す。
「もう、良いだろう?」
「ありがてぇ。良いのが描けそうだよ。後は好きなだけやってくんな。俺はちょいと外にでてんで」
その言葉に頷いたのは保の方。
「藤の好意を無には出来ないな。もう少しだけ、このまま続けようか」
中にはいりっぱなしのモノが大きくなった気がする。
「ちょ、何、おっきくして、あっ」
ぎゅっと胸の粒を摘ままれ、再び中を激しく突かれることとなった。
◇…◆…◇
向かった先は黒田家の離れ。自由に使えばいいと当主から許可を得ている。
商売道具を持ち込んで、先ほどの光景を思い出せば、すらすらと筆が走る。
淫らに絡み合う男たち。
その中に一枚、狼が色男のモノを舐める絵がある。
「保さんのギラついた目が獲物を狩る肉食獣みたくてよ」
それを恒宣に手渡せば、頬を真っ赤に染めて突っ返してきた。
「私に見せるな、馬鹿者」
「あぁん? おめぇ、さっきは共に行くとか言ってたじゃねぇか。芳親さんが、善がる姿はこんなもんじゃねぇ。すげぇ色っぽかった」
「……そうか」
急に機嫌を悪くした恒宣に、藤はすぐにピンとくる。
「なんでぇ、ヤキモチかよ」
触れようとすれば手を払われる。
「触るな。私には色気などないからな」
「何言ってんでぃ、アンタだって十分に色っぽいてぇの」
「あっ、藤春、やめよ」
「わりぃ。ちょいと興奮しててさ。抱きてぇんだよ、恒宣の事」
衿を掴み前を広げる。
真っ白な肌にほんのりと染まる赤い粒。
指で円を描くように胸を弄れば、ビクッと震えて身体を反らす。
「すぐに感じちゃうねぇ。厭らしいな」
口に含んで吸い上げれば、ひゃぁ、と声を上げて腕を回してくる。
「藤春が、いっぱい弄るから」
「こんな身体になっちまったって?」
「そうだ。全てお主のせい!」
甘噛みをして、もう片方を摘まんで指の腹で弄る。
「あっ、あぁっ」
「ん……」
ちゅ、と音をたてて吸い上げながら帯を解く。
下穿きを外し露わになった下半身のモノへと触れる。
「可愛いな。こんなになっちゃってさ。あぁ、そうだ」
自分の帯を手にすると恒宣の目を覆う。
「な、何を」
「こうするとさ、いつも以上に感じるんだってさ」
と、恒宣のモノを咥えてもごもごと動かす。
「やだ、藤春、んぁっ」
わざと卑猥な音をたてて吸い上げれば、頬を染めて身体を善がらせる。
「外して」
「駄目。で、どうでぃ、感じるかい」
いつも以上に感じるのかと聞けば、目隠しを外してしまい首にぎゅっとしがみ付いてくる。
「藤春が見えなくて嫌だ」
その言葉は藤春の胸を高鳴らせる。なんて可愛い理由なんだろうか。
「はぁ、煽ってくれるなよ」
「ん?」
身体を離し藤を覗き込む恒宣をそのまま布団へ組み敷く。
「あっ」
「もっと可愛がってやろうと思ったのによ。お前ン中に入りたくてしょうがねぇ」
「よいぞ、こい」
誘うように足を開いて見せ、自分の太ももを細い指が撫でる。
「本当、タチがわりぃぜ」
うしろの孔へと舌をはわせ唾液で塗らすと指を突っ込んだ。
「んっ」
中を解し、柔らかく広がった所へ自分のモノをいれる。
一つになれたことに、腰が自然と揺れて互いに互いを高めていく。
「あぁっ、ふじはるっ」
「くっ、はっ……」
欲を放ち、恒宣を抱きかかえて額に口づける。
「おめぇは休んでな」
というと藤は寝転びながら絵を描きはじめる。
「なんだ、なにか思いついたのか?」
どれどれと、その様子を共に眺める恒宣だが、書き進むにつれ顔が真っ赤に染まり背中を掌で叩かれる。
「お主はっ、この変態!」
「ぬわっ、やめろって」
狼と狐。一人は縛られたまま狼に後ろを犯され、もう一人は目隠しをして狐の尻尾に身体を愛撫をされている。
「どうみてもこちらが私だろう!」
トン、と、目隠しをしている方を指さす恒宣に、藤はニィと口角を上げて、良く分かったなと硯に筆を置く。
「こう、な、筆でアンタの身体を弄っている感じってぇの?」
乾いた筆で恒宣の胸の粒を撫でる。
「ふぁっ、なにを」
目を見開き、思わず声を上げてしまった事に、恒宣は筆を払いのける。
「藤春、いい加減にしないと怒るぞ」
耳を引っ張られ、これ以上なにかしたら本気で怒られそうなのでやめる。
「わかったよ。もうしねぇから、さ。これだけは描かせてくれよ」
お願いしますと掌を合わせれば、
「……まぁ、売らなければ良い」
と渋々ながら頷いてくれた。
「わかった。こいつは大窪先生にお礼で渡しておく」
「何故、保先生に!?」
「あぁん、言ってなかったけか? 手伝ってもらったのよ」
「という事は、兄上の淫らな姿を、保さんも一緒に見ていたということか」
「あぁ。すごかったぜ。俺に見せつけるようによ、こう……」
恒宣の腰を抱き、後ろへ自分のモノをこすり付ける。
「なっ、お主ら」
最低だと頬を張られ、藤から離れ着流しを身に着ける。
「恒宣ぃ」
待ってくれと手を伸ばすが怒った彼はそのまま襖を閉めて行ってしまう。
「やべぇ、結局、怒らせちまった」
と描いた春画を眺めため息をついた。
その後、恒宣は芳親の傍におり、軽蔑するかのように保と藤を眺める。
お怒りは当分の間続き、こればかりはどうにもしてやれないと芳親が苦笑いを浮かべ、保と藤は黒田兄弟のご機嫌取りをすることになるのだった。