意中之人

 来てもいいと言われ気持ちが揺らぐ。それはすぐに幸之丞にばれてしまった。
「誰のことを考えているんだい?」
「あん、別に良いだろ誰だって」
「大津さんをこんなに好いている男がここにいるのに、他の者を想うなんて妬いてしまうよ」
 壁際に追い込まれ口づけされそうになり、咄嗟に避けるが顎を掴まれてしまう。
「俺に何かしようっていうのなら用心棒をやめる」
「それは許さない」
「許さない? 冗談じゃない。勝手に出ていくから良い」
「駄目だ」
 と不意打ちを食らった。腹に食い込む痛みに、自分が刀の柄で腹を殴られた。
「うっ!」
 意識が飛んで崩れ落ちる大津の腕を、幸之丞は着流しの帯を外して縛った。
「わ、か……」
 口づけされ身体を犯される。
 胸の突起を摘まんでぐりぐりと動かす。
「かたくなってる。こうされると男でもイイと聞くが、どうだ?」
「はぁっ、そんなこと、知るかっ」
「強がっちゃって。ほら、気持ちいいんだろう?」
 引っ張られて爪で擦られる。
「んぁっ」
 思わずでてしまった声に慌てて手でふさぐが、幸之丞がしたり顔をする。
「そうか。爪で擦られる方が良いようだね。ではこっちはどうかねぇ」
 とたちあがったモノを焦らすように弄られる。
「やめろ」
 じわじわと快感がおそい、その手から逃れようとするが、摘ままれ擦りあげる。
「んぁっ」
「そんなに良いかい?」
 気持ちの良い個所への刺激に身体は抗えず、意識は薄れ快楽に飲み込まれる。
 抵抗するのをやめて力を抜けば、幸之丞がしたり顔をする。
「同心だった頃のアンタを良く見ていたよ。盗人を追う姿は雄雄しくて恰好よかった。そんなアンタが今は私の腕の中で善がってる」
 その通りだ。身体は正直で男に弄られるたびに喜んで蜜をたらしているのだから。
 だが、それを素直に認めることはできない。主導権まで幸之丞には渡すつもりはない。
「ん、それなら……」
 腕に絡みつき、鎖骨に噛みつく。
「くっ」
 痛みにたえる幸之丞に、
「俺の放った欲を飲めたら、後ろでお前の欲を飲み込んでやるよ」
 目を細め、流石にそれはできやしないだろうと馬鹿にするように相手を見れば、ニィと口角を上げる。
「そんなことで良いなら」
 ぺろりと下唇を舐め、大津のたちあがったものを舐めはじめる。
「ふっ」
 根から先まで緩急をつけて弄られ、声がでそうになって口元を手で押さえる。
「いつまで我慢できるかねぇ」
 咥えられ吸い上げられて、たまらず声をあげる。
「ひゃぁ」
 口の中ではじけてしまい、それを幸之丞は飲み込んだ。
「おま、本気で飲みやがったのかよ」
「もちろん。今度は大津さんの番」
「好きに、しやがれ」
 できなければ欲を放っておしまいにできた。
 繋がりあうこともなく、そして二度とまぐあうつもりはなかった。
「大津さん、好いておるよ」
 愛の言葉は大津をイラつかせる。胸がざわついてしかたがないから。
 それに答えること無く幸之丞のモノを中へと受け入れた。

 風が気持ち良い。
 着流しを羽織っただけの姿で庭を眺める大津を、後ろから幸之丞が抱きしめる。
「調子にのるんじゃねぇよ」
 肘で彼を押して離れるように言うと、ため息をついて隣に腰を下ろした。
「俺は青木様の所にはいかねぇよ」
「大津さん、青木様のことが好きなんだろう。良いのかい?」
「なんだ、知っていたんだ」
「あぁ。辛いだろ」
 頬に手が触れて、慰めるように撫でる。
「はっ、別に。俺はあの人を手籠めにしたんだ。そんな奴、好きになるかよ」
「俺も大津さんも馬鹿だよねぇ。むりやり身体を繋げても、心は手に入らないのに」
「それは痛いほど感じてる」
「やっぱり青木様の所に行きなよ。まだ遅くはないよ。後悔しているんだろう? だったらあの人の為にできることをすればいいよ」
 優しい目をする。
 その表情に、何故か大津の胸がきゅっと締め付けられ、なんだこれはと手で押さえる。
「若旦那」
「私も頑張るからさ、大津さんの心を手に入れるために」
 まっすぐと見つめてくる目を見返す。
「もうここには戻らぬぞ」
「良い。私が会いに行くからね」
「はっ、やっぱりアンタは物好きだよ」
 大津の方から口づける。
「来るときは酒を持ってきてくれよ。若旦那が用意してくれる酒だけは気に入ってたんだ」
「酒だけって、そりゃないよ」
 普段は格好つけている幸之丞の情けない表情。こういう顔は嫌いじゃない。
「あの時、アンタに拾って貰えて良かったよ。今までありがとうな」
「大津さん」
 今度は抱きしめられても引き離すことはしなかった。

 結局、青木の屋敷ではなく外山の所に世話になることにした。
 風呂敷一つの荷物。それは幸之丞が持たせてくれた着替えと、父親から貰った捨てられずにいる書物が数冊。
 それを用意してくれた部屋へ置き、外山と共に青木の元へ向かう。
「大津、よく来たな」
「青木様、これからよろしくお願い致します」
 青木のことは主として接することにした。配下だった頃を思いだし丁寧な言葉遣いをする。
 だが、態度を変えた大津に対し、寂しそうな顔をするのは反則だと思う。
「何だか他人行儀で嫌だ。今まで通りにしてくれねば間者にしない」
 なんてことを言い出す。可愛く拗ねることまで覚えるなんて。
 外山へ視線を向ければ、そうしてやってというような様子で頷く。
「はぁ。これからは主として接するつもりだったのになぁ」
 それがけじめだと思っていた。
「お主はそのままで良い。大津、これからよろしく頼むぞ」
 なのに、そうやって自分を受け入れる。
 目頭が熱くなってきて、それを見られたくなくて大津は立ち上がり、
「任せといてくれよ。さてと、早速、うめに饅頭作ってもらおう」
「大津らしいな」
 と青木が笑い、大津は台所へと行くふりをして部屋を出る。
 廊下で立ちどまり、我慢しきれず流れ落ちた涙を拭う。
 自分もまだ涙を流せるんだなと、そのことに驚いた。
 それは二人のお蔭だろう。自分を人らしくかえてくれたのは。
「いや、三人か」
 背中を押してくれた彼の姿を思い浮かべる。
「幸之丞……」
 こんな自分を好きだと言ってくれた。
 彼のを受け入れた箇所が疼き、大津は自分の身を抱きしめた。