甘える君は可愛い

年下ワンコはご主人様が好き

 少しウトウトとしていた所に、「おい」と声を掛けられて頭を軽く叩かれる。
 顔を上げれば波多の姿があり、
「波多さん! 何処へ行っていたんですか」
 いつもの癖で波多の肩に頭をぐりぐりとさせる。
「何処でも良いだろうが。で、三木本から話は聞いたか?」
 鬱陶しいと顔を引き離されてしまったが、寂しかったという気持ちが伝わったか、そのまま頭を撫でてくれた。
「はい。あ、八潮課長も参加することになりましたので」
「そうか!」
 やけに嬉しそうなので、理由を尋ねてみれば、
「この料理教室は三木本の為でもあるからな」
 と言う。友達思いで優しい波多。その気持ちがこちらにまで伝わってきて、久世まで嬉しくなってきて気持ちがおさまらない。
「波多さん、優しいですね。そういう所も大好きです」
 キスがしたい。
 そんな思いで、波多の唇を見つめる。
 波多はそれに気が付いたようで、顔を赤く染めて久世から顔を背けた。
 あぁ、駄目だったかと諦めかけた時。
「……ついて来い」
 と手を握りしめられた。
 向かった先はミーティングルーム。
 部屋に入りドアを閉めた瞬間、久世は波多の唇を奪っていた。
「ん、はたさん、すき」
「んぁっ、んふ、だいき、がっつくな」
 がぶがぶと深く食いつけば、引き離されて調子にのるなと額を弾かれた。
「だって、波多さんが応えてくれたから」
 嬉しくて我慢できなかったと、もう一度、食らいつこうとしたら顔面に手を当てられて止められた。
「だからさっきのキスは受け入れただろう? でも、二度目は駄目だ」
 頬を赤く染め、色気を振りまく、そんな状態で言われても止められるわけがない。
「波多さんが足りません。もっとしたい」
 前髪を摘まみ、軽く唇を押し付ける。
 キス意外にも波多が欲しい。
 そんな欲を含んだ目をして、波多の目を間近で見つめる。
「そんな顔しても今は駄目だ。そうだな……、今晩も俺の事を良い子で待っていられたら一か所だけ舐めさせてやるよ」
 今晩と言われ、期待に胸が高鳴る。
 それは夜のお誘いという事かと喜びかけた久世だが、
「てことで、久世、今日は用事があるから一人で帰れ」
 その後に続く言葉に、目を丸くする。
 昼だけでなく帰りもとは思わなかった。まさか誰かと待ち合わせでもしているのだろうか?
 面倒見が良くて優しい人なのだ。波多の事を狙っている人からの誘いかもしれない。
「もしかして誰かと会う約束でもしているのですか!?」
「そうだ」
「駄目です、波多さん、二人きりなんかで会わないで!!」
 行かせませんからと、波多を強く抱きしめるが、
「うるさい。俺が誰と会おうがかまわないだろう。それよりも、ご褒美はいらないのか?」
「うっ、欲しいですけど、二人きりで会うのは嫌です」
「なんだお前、妬いているのか? 安心しろ、相手の方には恋人がいる」
 そう言われて、安心した久世は波多を抱きしめる手を緩めた。
「一人で帰れるな」
 念を押す様にそう言われて、だけど一人で帰る事には変わらないので複雑な気持ちだ。
「……わかりました」
「よし。遅くなってもちゃんと待っていろよ」
 と、波多の手が優しく頬を撫でてくれる。
「良い子で待ってますから、出来るだけはやく来てほしいです」
 その手に甘える様に摺りよれば、解ったと返事をくれた。

◇…◆…◇

 キッチンを借りる事にしたのは、久世に料理を教えがてら三木本の恋の手伝いができそうだから。
 まだ久世が波多の所に居候をしていた頃、二度目の失恋を味わったと言い、恋人として傍に居られなくても、仕事の面では傍に居てサポートし続けたいという。
 しかも八潮の体調を心配するあまり、料理をしやすいキッチンへとリフォームし、料理を必死で覚えた。
 なのに、まだその腕を振るった事はなく、今回の料理教室は胃袋を掴むチャンスとなるのではと話をすれば、三木本はのってきた。

 波多は用事があり昼は外に出てしまうので、三木本には昼休みに八潮をと久世を誘い、そこで料理教室の事を話すように言い、羨ましそうな素振りをみせたら誘うんだぞと話しておいた。
 そして波多は久しぶりに喫茶店へと来ていた。癒されたいのとお願いがあってだ。
「いらしゃい」
 笑顔の彼に肩の力が抜ける。
 ほっこりとした気持ちになりながらカウンターの席へと座った。
「やっぱりここは落ち着きます」
「そう言っていただけて嬉しいです」
 江藤に珈琲を頼み、作業する姿を眺めていると、暫くしてよい香りと共に目の前に珈琲が置かれる。
「頂きます」
 珈琲を一口飲むと、ホッと落ち着いた気持ちになる。
「そういえば、八潮さんって常連なんだそうですね」
「はい。お知り合いなんですか?」
「同じ課の上司なんですよ」
「そうだったんですね。俺の祖父が店主だったころから通ってくださっているんですよ」
「で、八潮さんに聞いたのですが、江藤さんの手作りのクッキーが美味しかったって。あの、俺に教えて貰えないでしょうか?」
 自分が甘い物が苦手なので菓子を作る事など考えたこともなかった。
 頑張ったらご褒美をあげる。そうすれば上達が早くなるのではと思ったのだ。
 江藤は一瞬、何か考えるようなしぐさを見せ、
「八潮さんに作ってあげるのですか?」
 と尋ねられる。
「いえ。八潮さんではなく、この前、俺と一緒にいた犬みたいな奴、覚えていますか?」
「甘党の方ですよね」
「そうです。アイツ用です」
 料理を教えることになった事と、お菓子は褒美としてあげるつもりだと話せば、成程と江藤が頷く。
「わかりました。俺で良ければお教えしますよ」
「ありがとうございます。早速で申し訳ないのですが、今日って大丈夫でしょうか?」
「はい。俺の方は何時でも大丈夫なので」
「ありがとうございます。では、連絡先を教えて頂いてもよろしいでしょうか?」
「わかりました」
 それから互いの連絡先を交換し、宜しくお願いしますと頭を下げた。
「実はですね、どうしようかって、一瞬迷ったんですよ」
 と、波多が自分とお仲間だという事に気が付き、自分とどうこうなりたいのではないかと思っていたという。
「はい。以前の俺は、そういう下心がありました」
 素直にそう告白し、
「でも、ずっと前に江藤さんには好きな人が居るって気がついちゃって、あきらめました」
 この前見た彼の特徴を言えば、見られていたんですねと、江藤は両手で顔を隠した。
「江藤さんと友達として仲良くできたらいいなって思ってます。だって貴方は俺の癒しですから」
 そういってニッと笑えば、
「そう言って頂けて嬉しいです。俺も波多さんと仲良く出来たら嬉しいです」
 と、江藤はカウンター越しから手を伸ばし、波多の手に触れた。
「じゃぁ、敬語で話すことをやめるところからはじめようか」
「そうだね」
 と互いに顔を見合わせて、一緒に笑いあった。