甘える君は可愛い

年下ワンコとご主人様

 今日は色々あった。
 自分の行動が波多を泣かせることになり、すごく落ち込んだ。
 このまま許してもらえなかったらどうしようと心配していたが、波多は許してくれた。
 本当、いい先輩だ。
 家に帰り、早速彼女に波多の話をする。
 いつもニコニコとしながら聞いてくれるので、嬉しくなって夢中で話す。
「ふふ、楽しそうでよかった」
 そう彼女は言った後。久世の両手を握りしめ、真っ直ぐと見つめてくる。
 大切な話があるのだろうか。
 初めては告白をしてくれた時。次は一緒に住もうと言った時、今と同じような事をした。
 きっと良い事だろうと彼女が口を開くのを待つ。
 だが彼女が口にしたのは久世にとって悪い報告だった。
「もう私が居なくても大丈夫ね」
 別れましょう、そう言われて。久世は驚いて目を見開く。
「え、何を言っているの……?」
 何を言っているのと縋りつけば、優しく頭を撫でられた。
「だって、大輝は私のに求めているのは恋人ではなくて母親でしょう?」
 そう言われて久世は何も言えなくなる。確かに彼女を母親の様に彼女を見ていた。
「私に対するのは家族や友達に持つ愛情。でも、波多さんに対しては持つ感情は恋よ」
「確かに好きだけど、でも」
「ちゃんと考えなさい、自分の気持ちを。あの人を特別だと思っている筈だわ」
 だからお別れ、と、握っていた手が離れて。
「鍵を返してくれる?」
 そう手を伸ばす彼女の、その掌にカギを落とした。

 最低限必要な荷物だけを持ち歩き出す。
 波多の事は好きだった。
 それは突放されてからもずっとだ。
 なんだかんだと言いながらも波多はとても優しい人だ。
 今はご主人様と犬の様な関係だけれど、それでも良い。傍に居られるのなら。
 特別に思っているから、だから彼が欲しかったんだ。
 彼女に言われなければ気が付かなかった。どれだけ自分は鈍いのだろう。
 波多に会って、この気持ちを打ち明けたい。
 そう思ったら会いたくて電話を入れるが、なかなかでてくれない。それでも何度もしつこくかけていたら、
『うるさい』
 といきなり怒鳴られる。
 電話に出てくれないのは波多の方なのに。
 そう口に出かかってやめる。文句を言ったら即、通話を切られてしまいそうだから。
「波多さん、酷いです」
『要件を言え。じゃないと切る』
 不機嫌そうにそう言われ。ひとまず告白は会って直接伝えたいので、もう一つの要件を口にする。
「あの、家に泊めてくれませんか?」
『はぁ? 嫌に決まってんだろ』
 と断られてしまう。
「お願いします。俺、帰る家がないんです」
 実家に居場所がない事は波多も知っている。なので彼女に振られてしまった事を素直に話す。
 少しの間、沈黙が流れ。
『……そうか。解った。なら駅で待ち合わせをしよう』
 迎えに行くからと、波多の住むマンションの最寄駅を告げる。
「ありがとうございます。では、後程」
 目の前に居ない波多へと頭を下げ、通話を切る。
 急いで駅に向かい電車を待った。

◇…◆…◇

 久世は家族の愛情をあまりしらない。
 いつだったか、彼がそう話してくれた。
 あまりに平然とした顔で言うものだから、波多はその日、久世をいっぱい甘やかしてやった。
「大丈夫ですよ。俺には甘えられる人が傍にいてくれますし」
 そう波多の手をとり、ありがとうございますと頭を下げる。
 その時見せた笑顔を思いだすと切なくなる。彼に必要とされたいと、そう思った時もある。
 実際に必要とされていたのは自分ではなく恋人の女性で、彼の帰る場所でもある。
 それを失ってしまったしまったら、久世はどうなってしまうのだろう?
 そう思ったら泊めて欲しいという彼の言葉を拒否することができなくなった。

 なのに、久世は彼女と別れたというのにいつもと変わらない。
 それどころか波多の家に行くことを楽しみにしているようにも見える。
 泣いているかと、心配した自分がばかみたいだ。

 家に着くなり久世の胸倉をつかんで玄関のドアに押し付けた。
「波多さん!?」
「お前、なんなの?」
 イライラする。
 今日の事といい、久世に振り回されている。
「波多さんッ」
「帰る場所がなくなったらお前が……、そう思っていたのに」
 胸倉をつかむ手が離れ落ち、そのまま久世から離れてリビングへと向かう。
「波多さん待って」
 そう後を追い、腕を掴まれた。
「今日は泊めてやるから。もう寝ろ」
「波多さん、俺の事を心配してくれたの?」
「お前の事なんてッ」
 手を離せと振り切ろうとするが、強い力で握りしめられ。
「波多さん、好きです」
 と腕の中へと引き寄せられた。
「やめろっ」
 突放そうとするが、更に力を込めて抱きしめられて身動きが取れない。
「俺は、貴方が居るから寂しくない」
 肩に額を当て、いつもするようにぐりぐりと頭を動かした。
 そう、この行為は波多に対する甘えだった。
「久世」
「彼女に言われたんです。貴方を特別だと思っている筈だと」
 と顔を上げ、今度は額同士をコツンとくっつけて。
 間近に見つめる久世の目に、波多は目を見開いて動けなくなるが、
「俺、諦めませんから。恋も、波多さんの事を舐めるのも!!」
 その言葉に我に返り、
「おま、何を」
「これからは隙あればガンガン攻めますんで」
 好きです、と、そう言うと、ペロリと舌で唇を舐められた。
 ぶわっと熱が一気にかけめぐり、
「こ、このバカ犬がぁ――!!」
 後頭部を叩いて久世を突き飛ばした。
「うわっ、いきなり突き飛ばすのは危ないですって」
 踏ん張って尻もちをつくのを耐えた久世を、さらに玄関の方へと押しやる。
「お前はここで寝ろ、良いな?」
 と玄関を指さす。
「えぇッ! 酷いです、波多さん」
「うるさい」
 すがる久世を蹴とばし、波多は寝室へと向かった。

 寝室のドアの前。
「波多さん、入れてくださいよぉ」
 甘えた声をだす久世を無視する。
 暫くすると静かになり、やっとあきらめたかと、寝ようかと目を閉じたその時。
「波多さん、俺の事が好きな癖に」
 といきなり言われ、波多はベッドから飛び起きてドアを開く。
「お前、何を言って……!」
 するとドアに寄りかかっていたのだろう、久世が背中から倒れるように部屋の中へとなだれ込み、そのまま顔を見上げてにやりと口角を上げる。
「やっぱりそうなんですね。俺、嬉しいです!!」
 顔、真っ赤ですよと、そう言われて、波多は自分の頬をパタパタと手で触る。
 確かに頬は熱いし、胸も高鳴りっぱなしだ。
「波多さん、俺の事を好きって言って?」
 久世が身を起こし、波多を抱きしめようと手を広げた瞬間。
「久世」
 低い声で相手の名を呼び、ハウスと玄関を指差した。
「えぇっ、波多さぁん」
 嫌ですと足元に縋ろうとする久世を蹴とばし、
「さっさといけ、バカ犬が!」
 と部屋の外へと追い出し、久世があわてて中へと戻ろうとする寸前でドアを閉じた。
「波多さん」
 ドアの前で何度も名前を呼ばれ。それが鬱陶しくて枕を手にし、ドアを開いて顔に投げつける。
「ハウス、だ。いう事が聞けないのなら追い出すぞ」
 今度は丸めたブランケットを胸のあたりに押し付けた。
 久世はそれをらを受け取り、しょんぼりとしながら玄関へと向かった。

 自分は甘いと思う。
 久世の為にと朝からおかずを多めに作った。
 それを見た久世が調子づく事も解っていて、だ。
「波多さん、愛してます」
 両手を広げて抱きついてきそうな彼に、
「まだ寝ぼけていやがるのか、この頭は」
 とお玉で頭を叩く。
「うわぁ、お玉は頭を叩くものではありませんよぉ」
「うるさい。ほら、食え」
 少し乱暴に味噌汁を置き、こぼれそうな中身を久世がすする。
「こら、行儀が悪いぞ」
 と、目の前の席に腰を下ろせば、嬉しそうな表情を浮かべた久世が口元を綻ばせる。
 こんな些細な事が嬉しいと、そう言っているようで。照れる顔を見られたくなくて波多は茶碗を手にしご飯をかっ込んだ。