甘える君は可愛い

年下ワンコとご主人様

 喫茶店から戻り、時間まで喫煙席で煙草を吸う。
 当たり前のようについてくる久世に、ハウスと言い席に戻らせる。煙草を吸わないのに喫煙室まで着いてこなくていい。
「ワンコちゃん、可哀そうじゃない」
 後から八潮が喫煙室に入ってきて、ポケットからシガレットケースを取り出した。
 実はそれは去年、三木本と波多がジッポとセットで贈った品だ。
「だって、煙草を吸わないのにここに居ても煙草臭いだけでしょう?」
「まぁ、そうだね。あ、そうそう、定時で上がれそうだから課の皆で飲みに行かない?」
「良いですね」
 明日は休みなので気にすることなく飲める。
「他の子達にも声掛けしておいて」
「わかりました」
 一足先に喫煙室から出ると、すぐに久世が傍へ寄ってくる。
「久世、今日、飲みに行くぞ!」
「はい、喜んで」
 波多に誘われたことを素直に喜び、どの店に行くのかを聞いてくる。
 もしかしたら二人きりだと思っているのだろうか。
 なので、何処の店に行くかは言わずに他の同僚にも声掛けをする。
「皆と、なんですね」
 と、残念そうに呟いた。

 久世は酒に弱い。飲み会ではいつもセーブしている癖に今日に限って遠慮しない。
「おい、あんまりそいつに飲ませるなよ」
 一緒に飲みに来ていた後輩に釘をさすが、当の本人がやめるきがないようで。酔ってぐでんぐでんになってしまった久世を送り届けるのは飼い主の仕事とばかりに八潮に言われてタクシーへと乗り込む。
 こうなるのが嫌だったから釘をさしたのに。
 住所を告げろと言っても波多の家に行くと聞かない。タクシーの運転手からは行先を催促されて仕方がないので自分のマンションの場所を告げる。
 酔っ払いは適当に床の上にでも転がしておけばいいだろう。
「はたさんのおうち」
 酔ってご機嫌なのと、念願の場所へ来れたことが余程に嬉しいのだろう。
 前から何度も家に行きたいと言われていたのだがその度に嫌だと断っていたから。
 それがこんなカタチで家へと連れて行くことになろうとは。
「久世、お前はこの部屋で寝ろ」
「はーい」
 手を上げながら返事を返し、ソファーに横になってねてしまう。
 スーツがしわになろうが知った事じゃない。波多は久世を無視して寝室へと向かった。

 ふっと意識が浮上し瞼を開く。
 喉が渇いたなと、水を飲みに行くためにライトをつけ、起きあがろうとしたがなぜか体が動かない。
「え?」
 自分を抱きしめる腕。その隣には何故かパンツ一枚の久世が気持ちよさそうに寝ている。
「な、なっ!?」
 大きな声を出しそうになり、あわてて口を塞ぐ。
 どうにか気持ちを落ち着かせ、まじまじと久世を眺める。
 意外と筋肉質な体で、腹筋も程よく割れている。
 そう思えば、時間があるときはジムに行くと、以前言っていたことを思いだす。
「たく、のんきに寝てやがって」
 と、ぼやきつつ。そっと手で割れ目を撫でる。
 引き締まった身体はかなり好みだった。割れ目を撫でているうちに、もぞっと久世が身動きをする。
 しまったと思った時にはもう遅かった。
「波多さん、くすぐったい、です」
 と、ふにゃりと顔をゆるませ、撫でる手を掴まれてしまう。
「は、腹、割れてんなって思って……」
 羨ましいなと、苦しまみれの言い訳を口にする。
「……」
 じっと見つめるだけで何も言わない久世に、
「ていうか、お前、なんでここで寝てんだよ」
 ハウスとリビングの方を指さす。
「あの、波多さんになら、俺、触られたっていいんですよ?」
「は、何を言って」
「寧ろ、どんどん触って欲しいです!」
 甘える様に言われ、ごくとつばを飲み込む。この頃、縁がなくてベッドでこういう雰囲気になるのもご無沙汰だ。
 期待するような顔で見つめられるが、彼女の姿がちらりと脳裏に浮かび、その手は肌を撫でるのではなくベッドから突き落とした。
「のわっ。乱暴だなぁ」
「てめぇなんて触りたくねぇよ。そういう事は彼女に言え!」
 触りそうになった自分に対する怒りが、久世に対しての怒りに変わる。
「俺が、ゲイだから言っているのか!」
 勢いあまって、思わず、言わなくてもいい事を口にしてしまう。
「え、波多さんって、ゲイなんですか?」
 と驚いた顔をする久世に、血の気を失う。
 よりによって何で久世にばらしてしまったのだろうか。
 だが、気持ち悪いと思って離れていくかもしれない。
 そうだ、そう望んでいたじゃないか。
「そうだよ、俺の恋愛対象は男なんだよ!」
 ひらきなおってそう口にすれば、
「そうなんですか」
 久世は特に気にする様子もく、波多をベッドに組み敷いて顔を近づける。
「お前、解っているのか!?」
「はい。波多さんは男の人が好きってだけですよね」
「あぁ。気持ち悪い、だろ?」
「全然。だって、波多さんは波多さんでしょう?」
 何故、そんな事を言うのかという具合に首を傾げて。
「さっきの続きなんですが、触ってくれないのなら、俺が波多さんを舐めて良いですか?」
 と、シャツの中へ顔を突っ込んで肌を舐められる。
「はっ、なにを」
「波多さん、はたさんっ」
 腹を舐めて胸を舐められる。
「ひゃっ、久世、よせ」
「んっ、きもちいい?」
「何が気持ちいい、だよ、ん、やだ」
「乳首、かたくなってきましたね、こりこりしてます」
 刺激するように舌先で舐められて、ぷつっと何かがきれた。
「くぜぇ、いい加減にしろおぉぉっ!!」
 波多の握り拳が振り下ろされて、久世がシャツの中で飛び跳ねる。
「痛あぁぁ」
 涙目を浮かべ、何をするんだというような表情を浮かべる久世に。
「このボケが。盛りやがって」
 と、さらにデコピンをくらわせてやる。
「うっ、なんで、ですか! 俺はただ波多さんの事を舐めたいだけなのに」
 だから、どうしてそうなるのだろう。
「ふざけんな!! 俺は犬用のおやつじゃない。舐めても不味いだけだ」
「ふざけてません。それに波多さんは甘くて良い味しますから!」
 そういうとシャツを捲り、唾液で濡れた乳首へと再び舌を這わそうとする。
「だから、舐めんじゃねぇって」
 頬を両手で挟み込んで、せまる久世を引き離す。
「なら噛んでもイイですか?」
「噛むのもダメ。ていうか帰れ!」
「……先にさわったの、波多さんなのに」
 ボソッとそうつっこまれて、波多は枕を顔面に向けて投げた。
「ぶふっ」
「とにかく、この部屋から出ていけ」
 蹴とばして出て行けと手を払うと、投げた枕を持ってしぶしぶと部屋を出て行った。
「こら、枕は返せって、くそ!!」
 顔が熱い。
 久世に舐められた箇所が疼いてしまう。
「なんなんだよ」
『全然。だって、波多さんは波多さんでしょう?』
 その言葉が耳から離れない。
 そんなふうに言ってくれた事がすごく嬉しい。

◇…◆…◇

 波多の枕に顔を埋めれば、彼の匂いがして落ち着く。
「波多さん、ゲイだったんだな……」
 別にゲイだからといって関係なかった。それよりか寧ろ、良かったと思う。
「男の人がすきなら、俺の事、もっと可愛がってくれるかな」
 もっと波多の事を舐めたいし、自分にも触ってほしい。
「今度は別の場所も舐めて良いかな」
 彼の雄からでる蜜はどんな味がするのだろう。
 もっと舐めたい、もっと欲しい。
「波多さん」
 波多を思うと胸がきゅっとしめつけられる。

 結局、うつぶせのまま寝てしまい、朝、後頭部を叩かれて目が覚める。
「久世、飯。席はリビング側の方な」
 山盛りの白米に焼き魚、そしてお味噌汁。
 自分の方にはさらに卵焼きとほうれんそうの胡麻和えもついていた。
「わぁ、おいしそう」
 テーブルの上の食事の匂いをかぎつつ、早く食べたいなと波多をじっと見れば。
「て、お前、服くらい着ろよな!」
 パンツ一枚でキッチンへ来てしまった事を怒られる。
「あ、すぐに着てきます」
 綺麗に折りたたまれたズボンとシャツ。上着はハンガーに吊るしてあった。
「波多さん、ありがとうございます」
「脱ぎ散らかすとか、ふざけんなよ。俺はお前のオカンじゃねぇんだから」
 シャツとズボンを身に着け、言われた方の席へと座る。
 朝食はパンを焼いて食べるくらいなので、旅館の朝食で出てくるようなメニューに感動する。
「わざわざ作ってくれたんですか?」
「は? お前の為になんてつくらねぇよ」
 とは言いつつも、頬が微かに赤く染まっているのは気のせいだろうか。

 折角の休みだというのに波多はつれない。
 もう少し一緒にいたかったのに、朝食を終えるとすぐに「帰れ」と言われ家を追い出されそうになる。
 それでも帰りたくないと駄々をこね、なんとか昼近くまで一緒にいたが、上着やら鞄やらと一緒に外へと放り出されてしまった。
 暫くは玄関のドアに張り付いて、中の波多へと声を掛け続ければ、
「うるさい。近所迷惑」
 とドアが開き、そしてタクシーを呼んだと外を指さす。
「波多さぁん」
「ほら、早く外に行けよ」
 甘えても中には入れて貰えず、背中を押されてドアが閉まる。
 悲しすぎる。
 久世は肩を落としてとぼとぼと外へ向かって歩き出した。