後輩の彼
今日は図書室に人もあまりいないし、返却の本もない。
だから先生と相談して俺だけが残って解散という事になったのだが澤木君も残ると言う。
「え、でも……」
ものすごく疲れた顔をしているから帰った方が良いとそう思って出た言葉なのだが、
「俺がいたら嫌ですか?」
と睨まれて、そんな事はないと慌てて否定する。
「疲れていそうだからさ」
つい口に出てしまい、澤木君の目つきがさらに凄みを増す。
「わかりました。では、調べ物を少ししてから帰ります」
顔を背け本棚へと向かう。
あぁ、頑張ろうって思った矢先にまた澤木君を怒らせてしまった。
今、図書室は俺と澤木君と二人きりだ。
本を読んでいた生徒が帰り、先生も職員室へと戻ってしまった。
静まり返る図書室で、俺が読んでいる本の頁を捲る音だけが聞こえる。
本を読み終えて片付けに向かった先に、澤木君が机に伏せる姿が目に入り、やはり疲れていたようで肘をついて眠っていた。
俺はそっと彼に上着を掛け、本を片付けカウンターへと戻る。
それから三十分位たった後。澤木君が俺に上着を返しに来た。
「これ、ありがとうございました」
何か言われるかと思いきや素直にお礼を言われて、思わずぽかんと口を開いたまま澤木君を見つめてしまった。
「なんです?」
「え、いや、なんでもないよ」
余計な事を言って怒られたら嫌なのでそう誤魔化す。だが、澤木君はそうですかと終わりにはしてくれないかった。
「なんでもなく、ないでしょう?」
顔を近づけられて威圧され、思わず後ろへ一歩下がり、
「えっと、あ、澤木君が居眠りしているなんて意外だなって思って」
と素直に言うと、怪訝そうな表情を浮かべる。
「嫌味ですか」
「違うよ。何となくなんだけど、澤木君って他人がいる所で居眠りなんてしないと思ってさ」
他の人に隙をみせるような真似をしなそうだと、これは前々から思っていた事だ。
俺は澤木君の眼中にすら入らぬ存在だから気にせずに眠れたんだろうなとか、そんな事を勝手に思って落ち込みそうになる。
眉間にしわを寄せて黙り込む澤木君に、俺なんかに言われて気分を害したのだと思い、
「ごめんね、変な事を言って」
仕事の続きを再開しようとカウンターへ向かおうとしたが、澤木君に手を掴まれてしまう。
「……なんでアンタなんか」
口調がぶっきらぼうなものとなり、そして強い視線を向けられて俺はビクッと肩を揺らす。
しかも腕をつかむ手に力が入り、ぎりぎりと締め付けられる。
「痛い、やめてっ」
怖いし痛いしで涙がたまる。それを見た澤木君が、目を見開きこちらを見た。
強く握りしめられていた腕の力が抜けてホッとした俺だが、すぐさまその腕を引かれて澤木君の腕の中へと納まる。
「え?」
一体、何がどうしてこうなったのだろう。
「澤木君」
困惑しながら澤木君の腕から逃れようとするけれど動けない。
「ほんの少しだけ優と雰囲気が似てるからだ、この想いは」
更に強く抱きしめられて、苦しくなってきた俺は澤木君の背中を叩く。
「煩い、アンタは黙って抱かれてろ」
何故か逆切れされて、俺はうっかり「ハイ」と返事をかえしてしまった。
力は緩めてくれたのでよかったが、どうして俺を抱きしめているの?
頭の中は疑問符ばかりになってしまって、何時までこうしているのだろうと思っていたら体を引き離されて、不機嫌そうな顔を俺に向けて、ちっと舌打ちをしカウンターへと行ってしまった。
なんなんだよ、それ!
訳も分からず抱きしめられた挙句、不機嫌そうな顔をして舌打ちだなんて、一体、俺が何をしたっていうの?
「ちょっと澤木君っ」
頬を膨らませて仁王たちする俺に、澤木君が見せた反応は……。
「ウソ」
顔を真っ赤にさせた澤木君が俺を見ていたのだ。
「あぁ、もうっ」
顔を伏せて信じられねぇと大声を上げる澤木君。
「え、澤木君、どういう事?」
「こういう事だよ」
両手で頬を包まれ、澤木君の唇が俺の唇に軽く触れてすぐ離れる。
「な、なっ」
口づけされたことに混乱する俺を無視して話を続ける澤木君。
「会う度にビクついてくるし、俺の顔色をうかがうようなことをするし。それがずっと気に食わなかった」
それに自分の好みは仕事の出来る美しい女性だと、俺とはまるで正反対の人なのだと言う。
混乱していた頭の中が、一気に冷静になる。
ひとの唇を奪っておいて随分な言い様に、俺は流石にカチンときた。
「あ、そうですか。じゃぁ、自分の好みの人とお付き合いすれば良いよ」
君の事なんて好きじゃないしと付け加えて言ってやったら、澤木君が怖い顔をして俺を睨む。
「俺の事が嫌いだと? ふざけんなよてめぇ」
と、怖い顔をして俺を睨みつけられた。
澤木君、それはただの脅しデスヨネ……。
それにしても、俺には「嫌う」という選択肢はないのかな?
「凡人の癖して、この俺を惚れさせた責任はしっかりとらせるから」
何気に酷い事を言われた。しかも、惚れさせた責任をとらせるとか、なんなの、それ。
そう心の中でツッコミを入れていた俺の唇を再び奪い、強引に割り込んできた澤木君の舌が、俺の歯列をなぞり舌を絡めとる。
「ん……、ふぁ」
あぁ、これはやばいやつだ。
気持ちの良いその口づけは芯から痺れさせ、思考はトロトロに蕩けだす。
俺は澤木君に応える様に、自分からも舌を絡めはじめた。
「ふっ」
間近で微笑まれて胸が高鳴り、それもプラスで俺の腰が砕けて足に力が入らなくなり澤木君に身を預ける。
ぺろりと俺の唇を舐め、そして口角を上げて、
「次はお前自身を頂くから、覚悟しておけよ」
なんて恐ろしい事を澤木君は俺の耳元で囁いた。