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試験勉強

 吾妻が本棚にいった後、俺も辞書が必要になって本棚へと向かおうと席を立つ。
 二人のどちらかが一緒についてくるのかと思いきや、真一が行って来いと手を払う。どうやら吾妻を警戒するのをやめたようだ。
 それにここには自分たち以外にも生徒が居る。何かをしようなんて事は出来ない。
 辞書の置かれているコーナーで目的の物はすぐに見つかりそれを持って席に戻ろうとしたら本棚を睨みつける吾妻の姿が目に入る。
 一体なにを探しているのだろうと思い俺は吾妻の傍へとそっと近寄った。
「見つからないの?」
 吾妻の背後からそう尋ねれば、
「んぁ?」
 と俺の方へと視線を向けて、あれっといった表情を作る。
「なんだよ、アンタ一人?」
「え、あ……、うん」
「てっきりどちらかがついてくるかと思った」
 と、にぃっと唇をゆがめる。
 いつも通りの怖い顔。でも、このごろはその顔も怖さをあまり感じなくなってきた。
 なれってすごいと自分でも思う。
「実はさ、俺も驚いてる。もしかしたら吾妻が意外だったからかもよ」
「俺が意外だったって、何が?」
「礼儀正しい所」
「なんだよ、それじゃ俺があまりに礼儀知らずっぽいじゃねぇか」
 俺の顔を覗き込むように近づけて見る吾妻の、その鼻をつまんでやった。
「だって俺に対しては礼儀正しくない」
 そういってふにふにと何度か動かせば、ぎゅっと手首を吾妻に掴まれて引き離された。
 思わず無意識に自分の弟にするような事をしてしまい、まずいと吾妻の顔を見れば その頬は赤く染まっており、怒らせてしまったかと思い謝ろうとすれば、
「可愛い事すんじゃねぇよ」
 と唇を尖らせるその姿はどうやら照れているらしく、俺もまるで吾妻のが伝染したかのように真っ赤になる。
 それを誤魔化そうと話題をかえる。
「え、あ、そ、そうだ。 この前はごめんね。噂になっちゃったね」
 そういって自分の頬を指さす。その仕草で頬を張った事を思いだしたか「あぁ、あれね」と自分の頬をなでる。
 キスをされておもわず叩いてしまった吾妻の頬に、くっきりと残る手形のせいでいらぬ噂までたってしまった。
「まぁ、あれは自業自得だから別に良いって」
 噂自体は気にしてねぇよと、俺の頭をくしゃくしゃと撫でる。
 暖かい大きな手。
 どこまでも優しい態度で俺に接してくれる吾妻に、胸がきゅっとなる。
「お、俺、席に戻るね」
 と、辞書を吾妻に見せれば、こくっと頷いて掴んでいた手首を離す。
「優……、今日は怖がらないでくれてありがとう」
 去り際にそんな事を言われ、胸がものすごい勢いで高鳴った。
 優しい話し方で、心底嬉しそうに俺を見つめる吾妻。
「じゃ、じゃぁね」
 言葉を返すことができなかった。
 俺は辞書を手に席へと戻る。真一が何か言いたげだったけれど、それ所じゃない。頭の中は吾妻の声で一杯になっていたから。
 それからの勉強はと言えば、全く身が入らなくて真一に何度もデコピンを食らった。その度に、優しいまなざしを吾妻から感じたけれど、俺は顔を上げられずにうつむいたままだった。

◇…◆…◇

 図書室で勉強を終えて教室へと戻り、
「吾妻、お前に惚れてるようだな」
 という真一の言葉に俺はかたまってしまった。
 吾妻から呼び出された時の事も、保健室の事も屋上でのことも話してはいないのに、何故気が付いたんだと真一を見れば、
「吾妻を見てたら気がつくってぇの」
 そう額を突かれる。
「前に呼び出されたのって、もしや告白するため、とか?」
「な、なんで」
「まじかよ」
 だから話したくなかったのかと二人は思ったようで。だが、実際はそれにプラスアルファーがあるから話せなかったのだ。
 二人が話を聞かせろとばかりに俺を見る。それも、今回ばかりは話すしかなさそうな雰囲気だ。
 俺は唾を飲み込み、吾妻にキスをされたことを話す。
「えぇっ」
「なんだと」
 久遠は口元を押さえながら驚き、真一は怖い目をして俺を睨む。
「あの野郎……」
 意外と礼儀正しく、そして真面目に勉強する一面を見て、噂とは違うなと吾妻の事を言っていたのに、このままでは全面撤回だと言いかねない。
「確かに告白してOKも貰わぬうちからキスするのはどうかと思うけど……、真ちゃん、顔怖い」
 ぺたぺたと久遠が真一の頬をさわり落ち着いてと言う。
「落ち着いてなどいられるか! 優に手ぇ出すなんて」
 今にも吾妻の元に行き掴みかかるのではとヒヤヒヤしながら、俺も落ち着いてと真一の肩を掴む。
「あのね、告白された時は噂通りの奴だと思っていたから怖くて逃げた。だけど、噂は唯の噂でしかない。吾妻はいたって普通の男子高生なんだって。キスは、まぁ、ちょっとあれだけど、今は知り合えて良かったって思ってる」
 キスをされると心臓がどきどきして変な気持ちになって困るけれど吾妻の事は嫌いではない。
 向けられる好意も、今はまだこたえられないけれどこんな自分を想ってくれることが嬉しい。
「だから大丈夫だよ」
 そう真一の目を見てはっきりと言えば、ぽんと俺の頭に手をのせて撫でる。
「そうか。ならば、一先ず見守ることにする。だがな、お前を泣かせるような真似をしたらその時は容赦しない」
 どろりとドズ黒い何かを感じて縮みあがりそうになる俺に、巻き添えをくった久遠が怖いと抱きついてきた。
 俺に言わせれば吾妻よりも真一の方が怖いよ。
「う、うん、その時はよろしく頼むよ」
 多分、吾妻は俺を泣かせる事なんてしないだろうから大丈夫だと思うけど、真一の容赦なししな事って、想像するのも恐ろしいんですけど。
「よし」
 そう言うと真一は俺の頭を撫でる。
「ならこれからは吾妻の警戒はやめる。久遠も良いな?」
「うん良いよ」
 と微笑んで。
「吾妻君がすぅちゃんを見る時の目、すごく優しかったから、ね」
 そう俺へ耳打ちする。
「なっ」
 真っ赤になって頬を押さえる俺に、久遠がふふっと笑い離れる。
「さてと。話は済んだから帰って優の家で勉強な」
 テスト対策のプリントを作ったんだと言う真一に、俺と久遠は「えぇっ」と声を上げるが睨まれて黙る。
 拒否権などない二人はゲンナリとしながら帰り支度を始めた。

◇…◆…◇

 真一と久遠との三人での勉強会を終えて、部屋に一人きりになると机の引き出しから一枚の紙を取り出す。
 それはこの前、保健室で貰った吾妻の携帯番号とメールアドレスの書かれているものだ。
 それを眺め携帯を手にする。
 少しだけ話してみたい、そんな気持ちが芽生えて。俺は吾妻の電話番号とメールアドレスを入れた。
 いざ。
 吾妻に電話をするが、通話中のようで通じなかった。
 勇気を出して電話をしただけに、ガッカリ感が半端ない。
 再び電話をする気力は起きず、メールを送ろうと思ったが、今度は書くことが浮かんでこない。
「ダメだ……」
 俺は携帯をベッドに投げ、そのまま寝転がる。
 何かないかなとゴロゴロと転がりながら考える。
「あぁ、そうだ!」
 俺は身体を起こして携帯を手に、メールの文章を打ち始める。
「これでよし」
 ふぅっと息をはきすてて携帯を閉じた。
 メールの文章は、俺の携帯の番号、そして今日は一緒に勉強できて楽しかったということを書いた。
 送信してからすぐに電話が鳴り。ビクッとしながら画面を見れば吾妻の名が表示されており。
 俺は緊張しながらも電話に出る。
「……もしもし」
「優、ケー番ありがとう!!」
 余程嬉しかったのだろうか、吾妻のテンションが高い気がする。
「あ、うん」
 俺はまだ緊張していてそっけない返事をしてしまう。
「俺、すげぇ嬉しい」
 と、電話を通して吾妻の喜びが伝わってきて、俺の胸の鼓動が激しく高鳴り、ヤバいと思った時には、携帯の通話を切ってしまっていた。
「あ……」
 携帯を見つめ、それからため息をつく。
 あんなに喜んでもらえて、素直に嬉しいと思ってしまった。
「吾妻と仲良くなりたい、かも」
 電話を握りしめて吾妻の事を思い浮かべる。
 吾妻とはまずは友達になる事からはじめたい。だって、今はまだ、ただの先輩と後輩という関係でしかないのだから。
 気持ちを素直に伝えよう。俺はそう思いながら吾妻の事を思い浮かべた。