愛してる
俺は渡部さんの家にたどり着いた後の事を考えていた。
既に緊張している。だが、結果がどうあれ、伝えるって決めたんだ。
渡部さんを盗み見れば、いつもの柔らかい笑顔はなく、口を結んだまま真っ直ぐと前を向いている。
運転手にも俺達の緊張が伝わったのか、車内は重苦しい雰囲気がただよっていた。
タクシーを降り、玄関へ向かい開錠してドアを開ける。
「どうぞ」
「お邪魔します」
俺はそう声を掛けて中へと入り、渡部さんが先に部屋へと向かい明かりを灯す。
今日はやたらと冷たく感じる部屋。
いつも笑顔で出迎えてくれる人は、厳しい表情を浮かべたままだ。
こんな表情は知らない。
タクシーの車内でもそうだ。
心が冷えてきて腕を回して自分自身を抱きしめる。
二度とこの関係に戻れなくなるかもしれない。
それがすごく怖い。だが、逃げてはいけないと自分自身に言い聞かせる。
「……話を、聞いて頂けますか?」
「はい」
リビングのソファーに腰を下ろした渡部さんを真っ直ぐと見つめ、俺は意を決して話し始める。
「この前、華矢の所で飲んだ時、二人しか知らない会話をしていて。で、俺の知らない所で会ったんだって、それがなんかひっかかっちゃって、頭の中から離れなくて……」
そういうと、俺は一息入れて再び話し始める。
「貴方をとられてしまったと、そう思ってしまったんです」
俺はシャツの胸元をぎゅっと握りしめる。
「恭介君」
「俺、自分の気持ちに鈍感で、この感情はきっと大切な家族や友人を取られてしまったときの気持ちみたいなものだろうって思っていました。だから本当の気持ちに気が付いた時、どうしたらいいのか解らなくなってしまって。貴方を避けるような真似を……」
あと少しで、渡部さんと俺のこれからが決まる。
そう思うと、心が揺らいでしまいそうになるが、それに負けないように最後の力を振り絞りながら告げた。
「好きです、貴方が」
気持ちを告げ終わり、渡部さんの反応を見れば、目を見開いたままかたまっていた。
当然の反応だろう。まさか友達だと思っていた、しかも男に告白されたのだから。
渡部さんは離婚したとはいえ、妻がいたのだし、その間には子供もいる。
だから、付き合うのなら女性の方が良いに決まっている。
そうだ。はじめから告白した所で結果は決まっていたんだ。
「あ、あの、ごめんなさい。俺、何言っているんだろ」
血の気が引く。
鼓動が激しく波打ち、ここから逃げ出したい思いでいっぱいになる。
「か、帰ります」
立ちあがり、ふらつきながらリビングを出ようとすれば、俺の腕を渡部さんの手が掴んだ。
「待ってください」
「渡部さん、離して」
答えは決まっているのだ。聞きたくないとばかりにイヤイヤをするように首を振る。
「きちんと聞きなさい!」
と肩を掴まれ、渡部さんの方へと向かされる。
ビクッと肩を震わせる俺に、ふっと優しい笑みを浮かべて髪を撫でる。
「好きです。恭介君」
渡部さんの口から出た言葉は、俺が一番聞きたかったものだ。
初めは耳を疑った。辛い言葉を聞きたくないあまりに、俺が勝手に思いこんで幻聴を聞いたのだと。だが、渡部さんにだきしめられ、耳元で「愛しています」囁かれて、これは真実なのだと、張り詰めていたものが解かれて力が抜ける。
「あぁ、恭介君! 大丈夫ですか?」
抱きしめる腕に力をこめて俺をしっかりと支えてくれる。
「気が抜けちゃいました……」
そう照れ笑いを浮かべれば、渡部さんは微笑んで俺の肩へと顔を埋めた。
いつまでもこうしていたい。
そんな思いに駆られつつも俺は渡部さんから身を離すけれど、片方の手はつないだままでいる。
「話があると言われた時、すごく怖かったです」
そう、柔らかく微笑む。大好きな表情の一つ。それが俺のものなんだと思うと、頬が熱くなってくる。
「華矢さんの所での事が原因なんだろうとは思っていました。彼女の事は友達という気持ちの方が強いとおっしゃっていましたが、本当は彼女の事が好きなのではないかと」
と、一呼吸置き、再び話し始める。
「恭介君とは14歳離れてますし、高校生の子供もいます。こんなおじさんにしかも同性に惚れられても困るだろうし、お酒を一緒に飲んでくれるだけで良いって思っていました」
告白をして関係が崩れるのが怖かったんですと、俺の頬へ手が触れる。
「しかし、そうではなく、恭介君が私の事を想っていてくれて、それを伝えてくれてすごく嬉しかった。告白してくれてありがとうございました」
同じだったんだ、渡部さんも。
この関係が壊れる事が怖いって、そこまで俺の事を想っていてくれたんだ。
「わたべさん」
じわっと目尻が熱くなる。
泣きそうな俺の頬を撫で、額同士をそっと合わせる。
「あっ」
「可愛い人ですね」
互いの唇が重なりあって、離れていく。
今、俺達はキスをしたんだ。それがじわじわと俺を熱くさせる。
「今日、泊まっていってください。一緒にいたいんです」
そう、俺に囁きかける渡部さんに、
「俺も一緒にいたいです」
と頬を摺り寄せた。