カラメル

愛してる

 意識が浮上し、ぼんやりと目を開ける。
 あぁ、昨日は楽しかったなぁ。
 掛布団を両手で抱きかかえ、昨日の事を思いだしていた所でハッとなる。
 ここ、俺が住んでいるアパートではない。身を起こして当たりを見渡す。
 確か、昨日は渡部さんと飲んでいて……。
「うわぁ、俺、海に連れて行ってとか強請っていたよな。しかも、寝落ちとか、最悪」
 寝てしまった自分をここまで連れて来るのは大変だっただろう。
 自分の我儘に付きあわせた挙句に迷惑をかけるなんて、あまりにも情けなくて落ち込む。
 迷惑までかけてしまうなんて、自分があまりに情けなくて肩をがっくりと落とす。
「とにかく謝らないと」
 きっと、面倒な奴だと思われただろう。
 面倒な奴だと思われただろう。これで嫌われなければよいなと思いつつ部屋のドアを開けた。

 制服の上にエプロンをした男子高生が味噌汁の味見をしている所だった。
「うん、今日も上手にできた」
 満足げにうなずいてコンロの火を消し、
「さて、そろそろ穂高先生を起こさないとな」
 と独り言を呟きながら振り返った所で目があった。
「わぁっ! せ、先生」
 何時の間に居たんですかと、相当驚かせてしまったようで胸に手を当てている。
「あ、いや、ごめん」
 いや、俺もそこそこ驚いてますよ。だって、まさか渡部さんのお子さんが、学校でアイドルのような扱いをされている渡部久遠(わたべくおん)だったなんて。
 それも俺が弟のように可愛がっている吾妻勇人(あずまはやと)の想い人である木邑優(きむらすぐる)の友達だ。
「先生の事は父から頼むといわれてます。さ、朝食の用意が出来てますから食べましょう」
 席に座ってくださいと可愛い笑顔を向ける。うん、こりゃ、アイドル扱いをされるのも納得だわ。
「渡部がいつも食事を作っているのか?」
「僕、父と二人暮らしなので、家の事は分担でしています」
「そうだったのか」
 えらいなと感心しながら久遠を見れば、照れ笑いを浮かべながら今準備しますと椅子に座るように言われる。
 俺は遠慮なく朝食をご馳走になる事にした。
 朝から温かいご飯が食べられるなんて幸せだ。いつもは食パンを焼いただけだったり、コンビニのおにぎりだったりする。
「う~ん、美味い」
「よかったです」
 俺の言葉に微笑む久遠。その姿にキュンとしつつ、朝食を平らげた。

 せめて朝食のお礼にと食器を洗うといえば、渡部は客人にさせる訳にはいかないと断ったが、二人でやれば早く済むと言って手伝う。
「先生、ありがとうございます。お蔭で早くおわりました」
 たいして役になっていない俺にお礼を言う。なんていい子なんだろう。
「先生、そろそろ学校に行かないと」
 久遠が時計を指さし、流石に養護教諭である俺が遅刻をするわけにはいかない。
「渡部、色々と迷惑かけたな。朝食も御馳走様でした」
 お先にと手をあげれば、いってらっしゃいと手を振ってくれて、それに応えるようにいってきますと手を振り返した。
 なんか朝から見送りも良いもんだなぁ。俺は気分よく職場である学校を目指した。

◇…◆…◇

 渡部さんへと昨日のお礼とお詫びをするため、昼の休憩になるのをずっとまっていた。
 食事を終え、暫くしてから携帯へと連絡を入れるが、電源が切られているようでつながらない。  
 少しだけ時間を空け、もう一度連絡をするが、やはりつながらない。
 急な用事でもできたのだろうか。
 たまたま電源を切ったままかもしれないのに、妙な不安に駆られて落ち着かない。
 少し落ち着こうと、ポケットから煙草を取り出して火をつけるが、
「恭介サン、保健室は禁煙だろうが」
 と注意されてそちらへと顔を向ければ、金髪頭の目つきの悪い生徒が丸椅子に腰を下ろす。
「おう、勇人」
 勇人はこの高校では有名な生徒で、入学した頃からありもしない悪い噂のせいで不良扱いされているが、彼は見た目が怖いだけで真面目な生徒だ。
 煙草をもみ消して携帯を見る。
「何、連絡待ち?」
「連絡待ちというか、携帯を切っているみたいで相手が捕まらなくてさ」
「なんかやらかしたのか」
「実はさ、俺の友達の上司の人とお知り合いになったんだけど、酔っ払って絡んだ挙句に一晩お世話になっちゃって」
「うわぁ……、やっちゃったな」
 最悪と勇人に言われ、その通りだとため息をつく。
 寒いこの時期に海に行きたいと駄々をこね、本人を目の前に色々しゃべっちゃったしな。
 そんな俺を家にまで泊めてくれたし。
「寒いのに海に行っちゃったし」
「この時期に海って、あ、もしかしたら相手の人、体調が悪くなったんじゃね?」
「あっ」
 だとしたら病院に行っていて携帯の電源を切っている可能性もある。
「ゆ、勇人、どうしよう……」
 そうだとしたら俺のせいだ。
「恭介サン落ち着けって。一先ず、友達に聞いてみたら?」
 同じ会社の人なんでしょうと言われ、そうだったと秀一郎へ電話する。何度目かの呼び出し音で相手が電話へと出た。
『はーい、もしもーし』
「秀一郎、お昼に悪い。渡部さん、居るか?」
『渡部さんは病院だけど……、どうしたの?』
 勇人の言った通りだった。
 間違いなく、風邪を引かせてしまった原因は、渡部さんを海に付きあわせたせいだろう。
 落ち込む気持ちはどうにもすることができずに、そのまま声音となって口から出る。
「……別に」
『恭クン、本当に?』
「あぁ」
『そう? ならばいいけれどさ』
 多分、声音で何かあった事には気が付いている。だが、俺が何も言わない限りは向こうからは聞いてこない。そういう男だ。
『病院、だいぶ混んでいると言っていたから、お昼休み中には戻れないかも。会社に戻ったら恭くんから連絡あった事を伝えておくけど?』
「いや、伝えなくていいよ。今日、帰りに家に行ってみるから」
『そう、解った。それじゃ、またね』
「あぁ。またな」
 通話を終えて、携帯電話を握りしめたまま深いため息をつく。
「どうだった、恭介サン」
「病院に行っているんだって。俺のせいだ」
 酔って馬鹿な事をしてしまった。
「帰りに自宅に行って来るよ。勇人、渡部に家の場所を聞いて欲しいんだけど」
「了解。地図をかいてもらってくる」
「頼む」
 早速とイスから立ち上がり保健室を出ていく。
 俺は、昨日のお詫びとお見舞いとをするために、二度目のお宅訪問をすることに決めた。