Short Story

連絡先

 豊島成(とよしまなる)はよく利用する喫茶店がある。
 チェーン店のように気楽に入ることができぬ雰囲気はあるが、足を踏み入れてしまえば落ち着いた店内にほっとする。それにマスターの出す珈琲は美味い。
 大学でサークルや友達と楽しく過ごすのも嫌いじゃないが、勉強したり本を読みたくて一人になりたいときにここへきていた。
 近くにファーストフード店や珈琲チェーン店もあるが、どうせなら本を読んだり課題をしながら美味い珈琲を飲むほうがいい。
 待ち合わせをしているので外からでもわかるようにと窓際の席に腰を下ろす。
 スマートフォンをいじりながら相手を待っていると、ドアベルが鳴り友達がきたのかとそちらに視線を向けるが、入ってきたのは背が高く整った顔をした男だ。
「うそ……」
 視線の先に長身の男前がいる。
 その顔は三年という月日がたっても忘れることはなかった。
「真田」

 真田とは高校三年生の時に同じクラスになった。
 彼は背が高くかっこいい。誰にでも隔てなく話をする人だった。
 人と話をするのが苦手で、目立たぬように生きてきた。だからだろう。正反対の真田に憧れたのは。
 だが、気持ち悪いと思われたくなくて、話すのは用事があるときだけだった。
 自分はこのままでいいのだろうか。
 これから先、真田のような人に出会えて、見ているだけでいいと過ごすのか。ダメもとで頑張ってみればいいじゃないかと思うようになった。
 その頃の豊島は太っていて顔はニキビだらけ、性格は暗かった。
 ダイエットをして痩せて、ニキビを直すために肌ケアを頑張った。その成果か、声をかけられるようになったし、自分からも積極的に話しかけられるようになった。
 この姿の時に高校生だったら、真田ともっと仲良くなれたかもしれない。そんなことをたまに思うようになっていた。
 だからこのチャンスを逃したくない。
 横をすれ違う。そのとき、思い切って声をかけた。
「久しぶり。真田真君だよね? このすぐ近くの学園に通っていた」
 心臓がうるさいほど鳴り響く。落ち着けと胸に手を押し当てた。
「えっと、すまん、知り合いだったか?」
 覚えていなくてもしかたがない。それは承知の内。
「やっぱり解らないか。俺、同じクラスだった豊島」
 名前を告げ、どんな反応をみせるかをドキドキしながら待つ。
「とよしま……、もしかして、三年の時に同じクラスだった、豊島か」
 覚えていてくれた。それが嬉しくて唇が緩んでしまい、ばれぬように手でかくした。
「高校の時はこう、ふっくらとしていたよな?」
 と手を動かして形を作る。
「うん。ダイエットしたんだ」
 それで覚えていたのだとしたら昔の自分を少しだけ褒めてやりたい。
「そうか、驚いたなぁ」
 まじまじと見られると恥ずかしい。少し照れつつ笑うと、真田が目をぱちぱちとさせた。
「あ……、ここ座っても?」
「どうぞ。あ、でも待ち合わせをしているからそれまでになるけれど」
「わかった。それまで一緒にいさせてくれ」
 そういうと向かい側の席に腰を下ろす。
 改めて顔を合わせると緊張をする。高校の時もかっこよかったが、大学生になったら大人っぽくなった。きっと大学でもモテるのだろう。
「男に言うのもあれだけどさ、綺麗になった」
 そういって自然に頬へと触れてくる。流石、かっこいいだけあってさまになる。
「規則正しく食事をして、肌ケアにダイエットを頑張っちゃいました」
 そのきっかけである真田が前にいるということが、なんだか照れる。
「もてるんじゃないか。王子様みたいって」
「そんなことないよ。真田君ならわかるけど」
「どうなんだろうな。実はさ、俺の友達がえらくモテるのよ。俺なんてついでってかんじだぞ」
 そんなことはないだろう。こんなにかっこいい人なのだから。
「え、うそ。彼女だっているんでしょ?」
「いないよ。俺、マジでもてないし」
「そうなんだ」
 ホッとした。おもわずそれが顔に出ていたか、
「豊島ぁ、俺が高校の時とは違ってモテない俺に、ざまぁみろとか思ってんじゃないのか?」
 と言われて、あわてて否定する。
「そんなこと、思ってないよっ」
 気を悪くさせたらごめんというと、真田は豊島の頭を乱暴に撫でた。
「わ、真田君」
「あー、触り心地がいいな」
 大きな手でわしわしと頭を撫でられて、いきなりのことに心臓が激しく波打つ。
「やっ」
 ドキドキして落ち着かない。
 真田をみれば、
「豊島よ、それって無自覚か」
 と口元を手で押さえる。
「それって、どういう意味?」
 真田の言いたいことがわからずに首を傾げた。
「いろいろと気をつけなさいよ」
 ぽんと肩に手を置かれる。何か心配されているのだけは伝わった。
「はぁ」
 気のない返事を返すと、ははっと笑い、スマートフォンを取り出した。
「なんか心配だから、連絡先を交換しよう」
「え、俺と?」
 うそみたいだ。まさか真田と連絡先を交換できるなんて。
「ほら、スマホだして」
「うん」
 スマートフォンをとりだし、連絡先を交換する。
 アドレス帳で早速、真田の名前を確認する。
「ふっ」
 思わず喜びがあふれ出てしまった。
 すると、真田がこちらを優しい目で見つめていた。
「連絡するから」
 と席を立つ。
「え、帰るの?」
「あぁ。またな」
 手をあげるとレジへと向かった。
「はぁ、やばいな、真田、かっこいいな」
 その姿をぼんやりと眺めていると、真田が振り返って手を振った。豊島も手を振り返し、ほうっと息をはいた。

 真田と喫茶店で別れたあとすぐに友達が来て、食事をした後に車で送ってもらった。
 スマートフォンでアドレス帳を開く。そこに表示された真田の名前と連絡先を眺めてニヤニヤとしていたら、着信音が鳴り響く。
 画面に表示された名前は、今眺めていた相手で。連絡先を交換しようと言われた時もだが、まさかすぐに連絡をくれるとは思わなかったからだ。
「はい」
 真田と話をしているなんて夢のようだ。
 勇気をだして話しかけてよかった。
 また真田と会うきっかけができたのだから。
『あの喫茶店で待ち合わせな』
「うん。わかった」
 通話を切り、スマートフォンを握りしめる。
「うれしい、また真田に会える」
 高校の時、告白がうまくいって泣いていた女子を見たことがあるが、その気持ちが今はわかる。
 じんと喜びが胸にこみ上げてきて涙が自然と流れ落ちる。
 自分はまだ友達にすらなれていないが、また会えることが奇跡だ。