Short Story

夏休みの楽しみ方

 やっと夏休みに入ったというのに、暑い中、補習の為に学校に来るはめになろうとは。
 遊ぶ計画を立てていたのだが、どうやら夏休みの前半は自分だけ参加できそうにない。
 追試まで不合格を言い渡され、クラスで唯一の補習対象者となってしまったのだ。
「前ちゃんだって、俺だけの為に補習するのは嫌だよね?」
 どうにか免除にしてもらおうと、担任を丸め込もうと思ったのだが、
「そう言うならさ、追試頑張ってくれたら良かったのにさ」
 と恨めしく言われてしまう。
 確かにその通りだ。ごめんと落ち込む高貴に、前岡は明るく笑って背中を叩く。
「良いよ、良いよ。今回だけは許す」
 何故、今回だけなのかはわからないが、やたらとご機嫌に見えるのは日頃の鬱憤を高貴で晴らそうという算段なのか。
「うへ、なんか怖ぇ」
「ま、補習、楽しみにしてな」
 と、それから数日後、夏休みに入り、補習第一日目が始まる。
 そこに居たのはクラス委員長で、どうしているのかと疑問に思う。
 その理由はすぐに解ることになるのだが、まさか、一緒に遊ぶことになるとは思わなかった。
 嬉しい。その時ばかりは補習で良かったと思ったくらいだ。
 同じクラスになってからずっと気になっていた。
 彼は真面目であまり表情を変えない。いつも本を読んだり予習をしたり、時折クラスメイトの勉強を見てあげている。
 きっと高貴のようなタイプは苦手だろうなと、いつも目で追うだけで、なかなか話しかける事が出来ずにいた。
 だが、実際はそうでもなかった。
 話しかければ話返してくれる。名前で呼び合う事を提案したときも、嫌だと言われなかった。
 本屋に行った時、仲の良い友達にするような事をしてみたが、それも平気だった。
 友達にしても何も思わない事も、巧巳にすると妙にドキドキとしてしまう。
 時折匂う、清潔感漂う香りが胸を熱くさせる。
 しかも初めて笑顔を見た時には、心臓が飛び出るのでないかと思うくらいに弾んだ。
「もっと笑顔、みたいな」
 その言葉は素直な気持ちであった。もっと色々な表情を見てみたい。
「そのために、夏休みの楽しみ方を教えてくれるのだろう?」
 と、言われて、全力で頑張ろうと心の中で誓った。
 プールへと誘ったのは、下心もあった。
 水泳をやっていたとの言葉に納得したのは、実は衣替えの日に巧巳がちょっとした注目の的となったからだ。
 冬服を着ている時は全く気が付かなかったが、シャツ越しに良い体つきだと見て取れる。
「やべぇ、委員長」
 友人の一人が呟き、周りの視線が一斉に巧巳に向けられる。
 それに何故か目が離せなくなり、それに気が付いた一人が、
「高貴、いくらお前の筋肉がないからって、羨ましがり過ぎだろ」
 と腹を撫でながら細すぎと言われる。
 身長は恵まれたと思う。だが、筋肉がつきにくい体質で、男としてはもう少し筋肉が欲しい所だ。
「水泳の授業があったら、モテそう」
 とゲラゲラと笑う友人たち。確かに脱いだところも見てみたい。だが、きっと、違う意味で彼を目で追ってしまいそうだ。
 そんな事もあり、気になる存在となっていた訳だが、遊ぶために行くプールの方には興味をもってくれたようで、約束の日が楽しみだ。

 水泳をしている人の特徴的な逆三角形。
「前から良い体つきだとは思っていたけど、腹筋、割れているね」
 触っても平気かなと躊躇いつつ、そっと腹筋へと手を伸ばすが、
「高貴は筋肉ないのな」
 逆に向こうからぺたぺたと触れられて、くすぐったいのと恥ずかしさから身をよじって手から逃げた。
「眼鏡を外すと、印象が柔らかくなるね」
 いつも前髪を上げているのだが、今日はプールなのでそのままにしている。それも相成って、いつもと印象が違ってみるのだろう。
「裸眼だよね?」
「あぁ」
「ちゃんと歩ける?」
「大丈夫だ」
「なんだ。見えないなら手を繋いでいこうかっていうつもりだったのに」
 残念と手をわきつかせれば、目を細めて、
「必要ない。ほら、行くぞ」
 と背中をおもいきり叩かれた。
「いてっ」
 酷いと文句を言えば、後を振り向き口角を上げる。
 良い表情。
 自分だけがそんな巧巳の姿を知っているという事に何故か優越感に浸り、先を歩く彼に着いていく。
 必要ないと言っていただけあり、ぼんやりとは見えているようで目的の場所まで難なくたどり着いた。
 滑る順番は巧巳が先で高貴が後だ。
「おおっ、おおお……っ!」
 思わず声が出た、という感じ。楽しそうに声を上げる巧巳に、つい後ろで滑りながら笑ってしまった。
 沈着冷静なのかと思っていたのに、意外と色々な表情を見せてくれる。
 先にプールに滑り落ちた巧巳が両腕で自分を抱きしめながら高貴を待っていた。
「ぶはっ、余程面白かったようだね」
「むっ、別に」
 ちょっと拗ねた顔を見せる彼に、胸の奥がずくっと疼く。
「え、あ、俺? あんなの平気だよ」
 何だろうと胸に手を押さえて巧巳を見るが、特になにも反応はなく、気のせいだったかと、彼の手を掴んでもう一度行こうと誘う。
「良いぞ。高貴がどうしてもというのなら……」
 ウォータースライダーを見上げる巧巳は、浮かれそうになるのを必死に抑えているという感じで、それに笑いそうになるのを手で口元を押さえて必死にたえる。
「そうだね、もう一回滑りたいから付き合ってよ」
 と手を掴めば、仕方ないなといいながらその手を握り返してくれた。

 楽しそうな姿を見て良かったと思う。
「少し休憩しよう」
 あれから波のたつプールへ向かい、二人で波に逆らうように泳いだ。
 流石に水泳をしていた巧巳には敵わず、かき氷を奢ることになった。
「ふわふわのかき氷じゃなくて普通のかき氷になっちまったな」
 一緒に行こうと約束していた場所へはまだいっていない。
「また今度で良いだろう?」
 またと言われて、気嬉しくなる。
「そうだな。それにしても、今日は楽しそうな巧巳の顔を沢山見られたよ」
「顔に出ていたか?」
 ぺたぺたと自分の頬を触る巧巳に頷いて、こんなだったよと笑顔を向ける。
「いつもそうしていればいいのに。それでなくとも『委員長って何があっても表情が変わらなさそう』とか言われているんだからさ」
「まぁ、そうだろうな。別にそれで構わない」
 眉を顰めて俯く。
「えぇ、勿体ないよ。こんなに良い顔できるのに」
 額のしわを指で押し、
「せめて俺と入る時は素直に表情を見せる事っ」
 と、指を離した。
「努力はしてみよう」
「よし。かき氷を食べたら、後、もう一回だけ、滑ろうか」
 その瞬間、そわそわとし始める巧巳にが、小さな子供みたいで可愛い。
 かき氷の冷たさが、熱い体に染み渡る。
 自分の頬にそれを押し当てれば、口角を上げた巧巳がもう片方にそれを押し付けてくる。
「ひゃぁっ」
 流石に冷たくて、声が出てしまう。
「ふっ、くくく」
 してやったりという顔をする巧巳に、ベーっと舌を出せば、
「真っ青」
 と、自分はメロン色をした舌を出して見せた。

 ベッドに横になり、一緒に撮った写真を見つめる。
 日焼けする前に一枚、日焼けした後に、ボディビルダーがとるようなポーズで数枚。
 こんがりと焼けた肌はより男らしく、スマホの画面を撫でながら体がやけに熱くなってくる。
「やばい……」
 男として憧れる体つきだからか、それとも色々な彼の表情を見たせいなのか、たまる熱は抑えがきかなくなり、スマホの画面を見つめたまま下半身へと手を伸ばす。
「んっ」
 濡れた身体が、自分と身体を重ね合い流れた汗に見えてくる。
「は、あっ」
 メロン色をした舌を舐めたら甘そうだ。
「く、んん……」
 手が白濁で濡れ、信じられないとティッシュでそれをふき取った。
「俺、そういう意味で好きなの?」
 力なくベッドに横になる。
 流石に気になる相手だとしても、男に対して抜いたりはしないだろう。
「はぁ、まさか、ねぇ」
 補習が無かったら、ただの気になるクラスメイトというだけで、友達になることもなかった。
 だが、巧巳の事を知ってしまったのだ。これから先、もっと彼を知りたくなるだろう。
 そこに、プラス性欲的なものが含まれる。
 夏休みは一緒に楽しく遊ぶだけでなく、別の楽しみ方を教える事になりかねない。
 そんな事をしたら、折角の関係が崩れてしまうだろう。
 スマホの写真は夏の思い出にとっておき、今は高校生らしく夏休みを楽しもうと頭の中を切り替えた。