Short Story

夏休みの楽しみ方

 ご機嫌だな、と前岡に言われるまで表情に出ていた事すら気が付かなかった。
 それが恥ずかしく、眉間にしわを寄せる。
「ありゃ、折角、良い感じに和らいていたのになぁ。お前は堅物過ぎなんだ」
「……はぁ」
 真面目そうとはよく言われてきた。
 クラスメイトと話はするが、ふざけ合うような事はしたことがない。
 きっとつまらない奴だと思われているだろう。前岡もそう思ったに違いない。
「橋本は、その表情が頂けないなぁ」
 近寄りがたく見えるんだと、両頬を掴まれて笑顔にされる。
「せんせ……」
「うん、可愛くない笑顔だなぁ」
 とゲラゲラと声を上げて笑う。なんて酷い教師だ。
「結構、イイと思うけど」
 いつの間に来たのか。前岡の背後からその様子を見つめていた。
 高貴は百七十五センチの巧巳や同じ背丈位の前岡より数センチとびぬけている。
 しかも背伸びしているのか、視線は更に上にあり、前岡の肩につかまり頭に顎をのせていた。
「こら、重い」
「えぇ、だってさ、前ちゃんが巧巳とイチャついているから、俺もって」
 苛められているというならわかるが、コレのどこがいちゃついてみえるのか。
 やっと頬から手が離れ、高貴も前岡から離れた。
「巧巳を笑顔にするのは前ちゃんじゃなくて俺の役目でしょっ」
 そんな事を素で言うなんて。
 前岡が口を押えて、惚れちゃいそうなんて言いながら茶化す。
 確かに、自分が女子であったら惚れてしまうかもしれない。男である自分ですら、胸が高鳴ったのだから。
「ていうか、お前等、名前で呼び合っているのな」
「これから一緒に遊ぶわけだし、俺が第一号って訳。徐々にクラスメイトを下の名前で呼ぶ……、ふがっ」
 これ以上、余計な事を言いだす前に高貴の口を手でふさいだ。
「よし、よし。良い感じに友情を育んでいるな」
 その調子だと肩を叩き、今日の補習が始まった。

 高貴の集中力が何度か途切れ、合間に休憩を入れつつもなんとか午前中を乗り切る。
「よっしゃ、終わった」
 チャイムが鳴ると同時に問題集を閉じて鞄の中へと突っ込んだ。
「はやいな」
 あと少しだけ問題を解きたかったが、勝手にこちらの問題集まで閉じられてしまった。
「勉強の時間はおしまい。今日は本屋さんに寄って帰るぞ」
 はやく、と急かされてため息をつく。
 余程、補習から解放されたいようだ。
「わかった」
 机の上の物を鞄にしまって起ちあがる。
「先生、お先に失礼します」
「前ちゃん、バイバイ」
「おう、気を付けて帰れよ、二人とも」
 会釈をする巧巳と手を振る高貴に応えるように前岡が手を上げる。
 教室もだが、廊下も人がいないせいか、少しだけひんやりとしており、靴を履いて外へと出るとムッとした暑さが襲ってくる。
「あちぃ……」
 だらりと歩く高貴に、流石に巧巳も暑さには勝てず、そうなってしまう気持ちがわからなくもない。
「本屋までの我慢だ」
「うーん、じゃぁ、本屋まで引っ張ってよ」
 両腕をこちらに伸ばしてきて、手首を掴めば、すぐに汗ばんできて二人して離れる。
「そうなるよな」
「そうだね」
 触れること自体、熱を感じる。
 慣れていないというのもあるが、高貴は巧巳の中で少し特別な存在であった。
 じっと手を見つめていれば、どうしたのとこちらを窺う視線とぶつかる。
「あ、いや、別に」
「そう。じゃぁ、はやいとこ涼みに行こう」
 と少し前を歩き出す。その後に続き、本屋へと向かった。

 冷房の効いた本屋に入った途端、二人してホッとため息をつく。
「生きた心地がする」
「確かに」
 何処に向かうのかと思えば、度道府県の旅行ガイドブックが置かれた棚だった。
「土日に遊ぶところを決めよう」
 と一冊の本を手渡される。地元が紹介されているガイドブックだ。
 背後に立ち、少し横へとずれた所でピタリとくっついてきて、何事かと高貴を見れば、
「ほら、ページ捲って」
 どうやら一緒に一冊の本をみるようで、驚きつつも友人同士はこういうものなのかと素直に頁をめくる。
「お、美味そう」
 遊びとグルメと書かれた文字と、食べ物の写真。
 丁度、お腹がすく時間帯だ。食べものについ目がいってしまうのは仕方がない事だ。
「ここの喫茶店って夏限定で、ふわふわなかき氷が食べられるんだって。女子に聞いた」
 隣に移動してきたが、その距離感は相変わらず近くて緊張してしまう。
「……そうなのか」
 きっと彼はもてるのだろうなと思う。女子に優しくしている姿を思い浮かべ、なぜか胸がモヤっとしてしまう。
 自分には出来ない事を彼は普通にこなしてしまうだろう、きっとそれを羨ましく思ったのだろう。
「駅とは反対側なんだよな。今度、食いに行こうぜ」
 女子でなくていいのかと口にしそうになりやめた。折角、自分を誘ってくれたのだから素直に返事をしよう。
「あぁ、今度な」
「これも夏の楽しみの一つかな」
 と、話題は次へとうつる。
 頁をめくる度に、小さな頃の思いでからつい最近の事まで、表情をコロコロとかえながら話聞かせてくれる。
 それが楽しくて、クスクスと声をあげて笑っていた。
「えへへ、なんか嬉しい」
「ん?」
 何が嬉しいのだろうかと、小首を傾げれば、
「巧巳が俺の話に笑ってくれて」
 と、指で口角を上げてニッコリと笑う。
「あ……」
 それは自然とでた笑いであり、高貴に気を許しているということだ。
「もっと笑顔、みたいな」
 そう、ふわりと微笑む彼は、天然のタラシではないだろうか。ただ、相手が女子でないのが残念だと思うが。
「そのために、夏休みの楽しみ方を教えてくれるのだろう?」
 わざとぶっきらぼうに言うと本を彼の方へと押し付けた。
「そうなんだけどね。あ、そうだ。プールとか、どう」
 泳げるのかと聞かれ、たまに勉強の息抜きで泳いでいる事を話す。
「へぇ、だからか……。じゃぁ、地元でメジャーなトコだけど、行っちゃう?」
 とスマホを取り出してホームページを開いた。プールへは遊ぶ目的で行った事はなく、そこは名前だけは聞いたことがあるという程度だった。
「ウォータースライダーがあるんだな」
「ここ、去年、リニューアルしたんだよ」
 泳ぐだけならジムのプールで十分。だが、遊びとなるとウォータースライダーや波のプールは興味がそそられる。
「楽しそうだな」
「楽しいよ。あ、そうだ。他の奴等も呼ぼうか?」
 大勢も楽しいぞと言われ、やはり自分だけではつまらないのだろうかと、楽しいという気持ちが一気に落ちていく。
「あ……、嫌だった?」
 顔に出ていたのだろうか。 
 空気が読めない奴と、一度、誰かに言われたことがある。
 それを思い出して顔が強張っていく。
「すまない、あまり大勢で行くのは慣れていないから」
「そっか。俺こそごめん。二人きりなら、良いかな?」
 プールが嫌なんじゃないよね、と、心配そうにこちらを窺っている。
「あぁ、プールは嫌じゃない」
「よかった。じゃぁ、二人で行こう」
 土曜に駅前で待ち合わせをすることになり、楽しみだねと高貴の言葉に頷いた。