Short Story

その先は知りたくないです

 千坂さんの行動がわからない。
 恋愛の経験値があまりになさすぎて、百川には理解できないだけかもしれない。

 昼休み、百川は同期で友達の五十嵐(いがらし)を頼ることにした。社長の息子で、頼りがいのある男だ。
「俺、千坂さんがわからん」
「そうなの? すごく解りやすいと思うけどな」
「どこが」
 全然わからないから悩んでいるのに。
「まぁ、嫌なことをされたら俺に言いな」
 と背中をぽんと叩かれる。
「あぁ、その時は頼む」
「まかせろ。さ、これを食べて元気におなり」
 五十嵐には甥っ子がいて、作ったおやつをお裾分けしてくれる。これがすごく美味いし、元気が出る。
「ありがとう」
 それをもって席に戻ると、
「いいものを持ってるな」
 と千坂が体を寄せてきた。
「五十嵐に貰いました。食べます?」
「くれ」
 一つ取り出して差し出すが、受け取らずに口を開いた。
「え?」
 それは食べさせろということだろうか。
「いやいや、自分で食べてくださいよ」
 というが、その手をつかんで口に運ばれてしまう。
「うん、うまい」
 満足げに笑う千坂はかっこよくて心臓が高鳴った。イケメンの破壊力は半端ない。
 掴まれていた手を引いて離すと、千坂の手が菓子を摘まんだ。
「ちょっと、それは俺のぶ……ぐっ」
 口の中へと突っ込まれて喉を詰まらせた。
 せき込む百川に、缶コーヒーを差し出した。
「はぁ、何するんですか」
「お礼にと思って」
「いらないです。無駄にときめきたくないですから」
 そう、男でもドキドキとしてしまう容姿なのだ。
「ほう、ときめくか」
 にやにやとしながら顔を近づけてきて、むかついて後へと下がる。
「近い。うざい」
「酷いなぁ」
 頭をたれ、百川の方へと視線を向ける。
「元気出たとか、仕事を頑張れるなー、とか思わないわけ?」
「そういう千坂さんはどうなんです」
「俺は頑張れちゃうけど」
 男にすらそういうことを言えるから、男女問わず慕われるのだろう。
「それじゃ、俺の分まで頑張ってくださいね」
 冗談でそう口にしたのに、どうやら本気だったようだ。
 あれから千坂はすごかった。本当に定時で仕事を終えてみせたのだ。
「有言実行ですか」
「そりゃ、ね」
 と機嫌よく俺の頭を撫でる。
「千坂さんの、そういう所が嫌です」
「えぇっ、落ち込むなぁ」
 そういうと頭を撫でていた手が今度は百川の手をつかむと、
「だから慰めて」
 千坂の頭へとのっけた。
「なっ」
 弱ってますアピールなのか、千坂を狙う女子ならきゅんとしていたところだろう。
 いや、百川も少しだけきゅんときてしまった。撫でて欲しいのか、じっとこちらを見上げているのだから。
 だが素直に撫でてやる気はない。それでは思うつぼだ。
「調子に乗るな、ですよ」
 軽くぽんと頭に手をやると、千坂の口元は笑っていた。百川とのやりとりが嬉しいのか。そんな顔を見せるから男同士だというのに可愛いとか思ってしまう。
「それじゃ、部屋で飲もう」
「嫌ですよ。千坂さん酔うし」
 この前のようなことになるのは困る。
「うん、酔うね」
 だが、それを望んでいる、千坂の表情はそう語っていた。

 結果、千坂の誘いは断った。だが、一緒に飲んでいる。
 ただし、二人きりではない。社長と会社の同僚も一緒だ。
 その中に五十嵐もいて隣に座っている。時折、千坂さんの視線が痛いけれど、無視してビールを流し込んだ。
「千坂さんがこっち見てるよ」
「あんなに女の子に囲まれているくせに、恨めしそうにこっち見るなってぇの」
 千坂さんの近くに社長と十和田がいて、その周りには女子社員がいる。
 ちなみに俺の近くにいるのは五十嵐と男の先輩ばかりだ。
「おーい、女子たち。ここにも男がいるぞ~」
 同じ部署の先輩が悲しそうな顔をして隣に座る。既に酒が回っているようだ。
「はは、その通りですよね」
「だよなっ」
 肩に腕を回して締め付けられた。酒とたばこ臭くて苦笑いを浮かべていると、
「先輩、ここに入れてくださいよ」
 間に千坂が割り込んできた。
「この、モテ男め」
 先輩の腕が離れて、ターゲットは百川から千坂へと移る。
 ホッと息を吐くと千坂と目が合った。
「あ……」
 女子に囲まれた羨ましい場所から抜けてここにきたのは助け船を出すため。
 お礼を言おうと口を開きかけたが、数人の女子がこちらに移動してきて無理やり割り込んできた。
 座っていた場所を奪われて、五十嵐と俺は目くばせをし場所を移動する。
 向かったのは静かに飲んでいる一ノ瀬と万丈がいる席だ。
 五十嵐と同じ部署で、万丈は人当たりの良い優しい先輩であり、課長の一ノ瀬は無口でいつも仏頂面ゆえに怖がられていた。
「すごいな、あれ」
 早速、万丈が二人に話しかけてきた。
「本当ですよね」
 あっという間に女子に囲まれた千坂を見ながら息を吐く。
「ま、ここでゆっくり飲もうや」
 そういって空のコップにビールをついでくれた。
「ありがとうございます」
 席を離れる時に千坂が見ていた。でもどうでもいい。飲み会にきたのに楽しく飲めないのは嫌だ。
 乾杯と三人でグラスを合わせてビールをあおる。
「はー、うまい」
「お、イケる口か」
「はい」
 ここで楽しく飲もうと思っていたのに、スマートフォンが震えて画面を見てため息をついた。
「……トイレ行ってくるわ」
「わかった」
 席を立ちトイレへと向かうと、すぐにドアが開く音が聞こえて鏡の向こうで千坂が百川を見ていた。
「なんです、このスタンプ」
 眼鏡を掛けた猫が怒っているスタンプだ。千坂の方へと画面を向けると、背後の壁に手をついて立ちはだかる。
「憤怒(ふんぬ)!」
 それはスタンプに書かれている文字だ。
「いや、それじゃなくて」
「だって、万丈さんと楽しそうにしててさ、ムカつくだろうが」
 場所を追い出されたから移動したまでのこと。それに万丈と楽しく飲んで何が悪いというのか。
「ムカつく意味がわかりません」
 しゃがんで腕から逃れると、ドアの方へ向かう。だが、腕をつかまれて引きとめられた。
「このまま抜けよう」
「え?」
 そういうと腕を引っ張られて、
「待ってください」
 そう手を払おうとするが、腕を強くつかまれた。
「千坂さん」
「行くよ」
 離す気はない、そういうことだろう。百川は諦めてため息をつくと力を抜いた。
 皆が飲んでいる座席へと戻ると、
「五十嵐、俺、酔ったから、百川に送ってもらって帰るわ」
 上着と鞄を取ってくれという。
 会社の飲み会で酔うほど飲まないくせに、いつの間にかネクタイを外してボタンを開けて、酔ったふりをしている。
「千坂さん」
 帰ると言った途端に、女の子たちが口を開く。
「私が送っていきます」
「いえ、私が」
 そうなるのは当然だ。女子にとってはチャンスなのだから。
 俺を見る女子たちの目が、遠慮しろといっているかのようだ。
「千坂さん、女子に……」
 そう言いかけた俺に、
「ダメだよ。女の子に迷惑はかけたくない」
 ときらきらとした笑顔を浮かべた。
 これで何人の女の子が騙されただろうか。
「それじゃ、お先に失礼します。みんな、楽しんで帰ってね。いくぞ、百川」
 さりげなく腰に手をそえるとか、あまりにスマートで嫌だ。
「はぁ」
 気のない返事をし、千坂と共に店を後にした。