Short Story

空夜に温もりを

 黒く艶やかな髪がサラサラと流れ落ちる。それをすくい耳にかける。その仕草がたまらなく好きだ。
 香月(かげつ)は、美しい美貌を持つ男だ。彼は零の大学時代の友人であり、近くの病院で医師をしている。
 バーの雇われマスターをしており、利用できるのは零と有働、そして許可を得た構成員だけだ。
 ふと、有働の視線に気が付き香月が微笑む。
 二人はまるで熟練夫婦のように自然と傍にいる。羨ましそうに瀬尾が見つめているのに気が付き笑みを浮かべた。
 瀬尾は零に恋心を抱いている。奴の性格上、自分ごときが恐れ多いと認めはしないだろう。
 だが、真っすぐな想いは零に対していい影響を与えている。
 少し扱いが乱暴すぎるところはあるが、あれは独占欲が強すぎるがための行為だった。
 零が幼いころから傍にいる有働は、その変化を見るたびに嬉しいわけだ。
 それゆえに瀬尾のことを応援しているし、弟分として可愛がっている。
「瀬尾君、おかわりは?」
 そろそろ瀬尾のグラスが空になる。二人の間に割り込むように腰を下ろした香月がグラスに手を伸ばした。
「今日はやめておきます」
 瀬尾は酒に強い男だ。いくら飲んでも酔うことはないのだが、零に呼び出されてもいいようにとセーブしているのだろう。
「忠犬め」
 頭を乱暴にかき混ぜると、その様子を香月は楽しそうに眺めている。
「香月、コイツには水を。俺は、そうだな……、マッカランがいい」
「マッカランか。思い出のお酒だね。俺も飲んでいい?」
「あぁ」
 グラスと酒をとりに香月がカウンターへと向かう為に席を立つ。
 残りの酒を流し込みグラスをテーブルに置いた後、
「思い出のお酒、なんですか?」
 瀬尾が先ほどの香月の言葉を口にする。
 有働はその質問に口角をあげて目元を緩ませた。
「そうなんだよ。俺と香月のちょっとした思い出の酒なんだ」
 そう、それは二人が恋人同士になった切っ掛けでもあった。

※※※

 出会ったのは一年前。とある企業が開いたパーティの、その会場となったホテルでだ。
 華やかな衣装を身に纏った者達の中に一人。誰よりも輝きを放つ美しい男がおり、有働の視線がそこで止まった。
「あれは、香月」
 同じ大学に通っていたそうで、なぜ、彼を知っていたかといえば、昔から綺麗な男だったそうだ。
 確かにあれだけ綺麗だと周りが放ってはおかないだろう。零とて惹かれていたのではないだろうか。
「手を出されなかったのですね」
「あぁ。すぐに余裕がなくなったからな」
 父親が病気になり、跡目争いで大学をやめることとなったからだ。
 向こうもこちらに気が付いたか、アッというような表情を浮かべて近づいてきた。
「君、烏丸君だよね」
「俺を知っていたか」
 意外だなというような表情を浮かべる零に、
「綺麗でかっこいい人がいるって女の子たちが騒いでいたからね」
 俺も初めて見たときにそう思ったよと言って微笑んだ。
 その時にサラサラと綺麗な髪が揺れ、それを細く長い指で耳へとかける。
 男でも思わず生唾を飲み込んでしまいそうな色気だ。
「大学を辞めたって聞いていたけれど」
「父が死に、稼業を継ぐことになってな」
 零は自分の持つ魅力をわかっている。彼にとっては性別など関係ない。欲しいと思ったら必ず手に入れるだろう。
 悪い病気がはじまったとため息をつくと、零がこちらをみて口角を上げた。

 香月は酒が好きだそうで、はじめのころはバーへ飲みに行っていたのだが、人目も気にせず触れ合いたいがために零はバーを一軒手に入れた。
 そこを香月に任せ、時間があると飲みに行くようになった。
 香月が集めた酒は美味いものが多い。それを楽しみに店へと行く。
 だが零の目的は香月だ。有働の目の前で互いの身体に触れ合うようになった。
 綺麗な白い肌をしている。
 胸の綺麗な粒を弄る指。頬が高揚してほんのりと赤みがさす。
 それを眺めながら酒を飲む有働に、時折、熱のこもった色っぽい視線を向けてくる。
 無意識なのか、それとも本気なのか。相手が有働でなければ勘違いしてしまうだろう。
 だが、顔色一つ変えることなく酒を楽しむ男に、
「つまらん男だな」
 と零に言われてしまう。
「混ざった方が良いですか?」
 それを望んでいるのかと思いきや、零は真剣な顔で考え始める。
「いやいやいや、零様、本気に取らないでくださいよ」
「そうか」
 残念だと言われ、ありなのかとさすがに動揺した。
「お前でも動揺するんだな」
 と楽しそうな顔をする零に、有働は勘弁してくださいよと肩を落とした。

 零と香月が再会をしたあのパーティでは、色々な職種の人がいた。
 その中の一人、ベンチャー企業の社長をしているという男に名刺を渡された。
 だが、その正体は零と同じ、どこぞの組の者だった。
 シマをあらし、香月を手に入れようと企んでいた。
「ほぅ、俺のシマと香月を奪うつもりか」
 手に入れた情報を聞くなり、零の目が冷たく光る。
「ごめん零、俺のせいだ」
 零の手を握りしめて申し訳なさそうに俯く香月に、零はその長くきれいな髪をつかみ口づけをし。
「お前のせいじゃない。気にするな」
 だから守るのは当たり前だとばかりな表情を見せる。
 彼なりの優しさが香月を落ち着かせる。ありがとうという感謝をこめて香月から零へとその唇に軽く口づけた。
「有働、お前が香月の傍につけ」
 命令は絶対。だが、有働にとっては守るべき対象は零であり、はっきりと言えば香月はどうでもいい。
「零様、香月には他の者をつけますので」
「有働」
 零が冷えた目を向ける。はいという返事以外は聞かぬということか。
 それほどまで大切な人なのだろう。それを守れと有働に託すのなら命に従う以外にない。
「わかりました」
 香月のマンションは知られているだろうからと、こちらが用意したマンションで有働と住むことになった。
 共に暮らしてみると香月は実にまめな男だった。料理は美味いし、掃除や洗濯もしてくれる。
 自分のことは自分でと言っておいたのだが、料理も洗濯も二度手間になると押し切られた。
 だが許したのはそれだけだ。
 二人の間には見えない壁が存在し、香月自体それを理解し踏み込んでくることはない。会話らしい会話もないままに日々を過ごしていたが、遠慮のない視線を向けられるようになった。
 その視線は熱く、有働に対して好意を持っていることを隠さない。
 零の情人(イロ)だというのに、有働とどうこうできると思っているのだろうか。
 気がないと香月にわからせるためにつれない態度をとり続けていた。つけいる隙を与えぬようにだ。
 脈がないのだから諦めてくれたらいいのに、香月はなかなか強情だ。
 それから数日後。片が付いたと連絡を受け、ボディガードとのしての役目を終えることになった。
「有働にとって零の傍が帰る場所であるように、今の俺には病院とここが帰る場所なんだ。戻ってこれて嬉しいよ」
 カウンターから更に奥へ向かった香月がウィスキーを手に戻ってくる。
「座って」
 そう言うと香月は有働の隣の椅子に腰をおろしテーブルの上に酒を置く。
「俺に、か?」
「そう。一緒に飲もう」
 マッカランの30年物。世界的に希少なものだ。
「いいものを出してくれるんだな」
「有働はお酒の味が解る人だから、喜んでもらえるんじゃないかって」
「俺は零様ほど酒の味はわからないぞ」
「嘘つき。酒の価値を知っているのに、味がわからないなんて言うなんて。それって、牽制しているつもりなの? 俺に惚れるなよって」
 それには答えずグラスをとり口に運ぶ。
 上等な酒が並ぶこの店は気に入っている。だが自分とどうこうなりたいと香月が思い続けるのであれば、もうここの美味い酒を飲むことができなくなりそうだ。
「はぁ。興味があるのはお酒だけか……」
 有働の肩に寄りかかりマッカランを注ぎそれを口に運ぶ。
 その時香月の目が色っぽく有働を捕らえ一気に飲み干された琥珀色の液体に喉を鳴らす。濡れた唇がうっすらと開き口の端についたモノを舐めとる。
「お前は零様のお気に入りだからな」
 誘っている事には気が付いている。だから先ほどの返事の意味も込めてそう香月に言う。
「有働はどうなの? ねぇ、貴方にとって俺は魅力がないのかな」
 首に腕が回る。息が届くくらいに二人の距離は近い。
「悪いな。俺には零様が全てだ。あの方のモノを俺がどうこうしていい立場じゃないんでね」
 そう言うと有働は香月を引きはがそうと肩を掴むが、相手はなかなか引き下がらない。
「やめておけ。いくらお気に入りだとしても、零様を怒らせるような真似はするなよ」
「それでも俺は引かない。欲しいものを手に入れたいと思う気持ちは零並みだからね」
 それって無敵でしょ? と、まるで悪戯っ子のような顔をしながら言い放つ。
 その言葉に呆気にとられる有働に対し、香月はといえば勝ち誇った顔を見せる。
 強気な視線はとても好ましく、ぞくぞくとする。
 覚悟しておいてねと、香月はそう微笑むと有働の唇にキスをした。
 
 助けてもらった御礼をしたいという香月を連れて零の元へと行く。
「零、助けてくれてありがとうございました」
「礼にはおよばない」
 助けるのは当然だと香月の髪に触れて口づける。
「零に色々と助けてもらって俺はお礼を返せていないのに、一つお願いがあるんだ」
 と零へと近寄りその耳元に何かを囁いた。
 なんだかすごく嫌な予感がする。
 こちらを見る零の表情が何かを企むような楽しそうなものとなり、
「香月がお前が欲しいからよこせと言っているが」
 口角をあげる零に有働は参ったなと渋い表情へとなる。
 よくよく思い出せば、抜きあう行為はしても深くつながりあう姿は見たことがない。
「零様、ご存じだったのですね」
 香月が誰に想いを寄せているかを。
「それで、お前は香月が欲しいか?」
 一度きりの選択に、いつもの有働なら、即、いらないと答えていただろう。
『それでも俺は引かない』
 その香月の言葉が耳に残り、有働の心をかき乱す。
 零の性格を知っていて、それでも有働を求めるなんて。
 香月の方へ視線を向ければ、静かに成り行きを見守っていた。結果がどうなろうが受け止める覚悟ができているのだろう。随分と男らしい。
「はぁ。とんでもない奴に惚れられちゃいましたかね」
「あれを堅気にしておくのは惜しい」
 そう二人で笑っていると、
「ちょっとっ! で、有働、返事は」
 香月が間に割り込んできた。
「零様、香月を頂戴できますか?」
 と香月の手を握りしめた。
 その言葉に香月が表情を明るくする。それを見て零が口角を上げて、
「互いをどれだけ想っているのか見せてみろ」
 という。その言葉の意味に気づき、苦笑いを浮かべる。
「お好きですね」
 そう口にすれば、隣のドアを開き指をさした。
「場所は提供してやる。必要なものはサイドボードにある。使うといい」
「では遠慮なく使わせていただきます」
 手を引いてキングサイズのベッドへと向かう。
 流石に何をするのかに気が付いた香月が本気かと零と有働を交互に見た。
 本気だと言うことを香月の唇へとキスで伝え、
「俺に散々見せつけてきただろうが。見られることなど恥ずかしくはないよな?」
 だが、香月は勢いよく首を横にふるう。
「あれは、有働の気を引きたくて。零だって俺の気持ちを知っていて乗ってくれたんだ」
 その告白に有働はため息をつく。怒っていると思ったのか、香月が肩を震わせてごめんと小さな声で謝った。
「有働、怒らないでやってくれ。気を引きたいから手伝ってと可愛い顔でお願いされたら手伝いたいと思うだろう?」
 はじめは本気で口説いていた。だが、いつからか友になっていた。香月に対して壁を作っていたからわからなかった。
「怒っていませんよ。まさか零様もグルだったなんて」
「有働、お前は気が付いていないようだが、俺が香月に触れている時、視線を向けていたのは俺だったか?」
 その言葉に目を見開く。
 あの時、どれだけ香月と目が合っていただろう。
「はは、全然気が付きませんでした」
 零の方へ香月を向かせると後ろから抱きしめる。
 服を脱がせて、背中に口づけをおとしながら、乳首を摘まみ捏ねる。
「あぁっ」
 かたく突起し、感じているようで甘い声を漏らす。
「零様に、ここ、可愛がってもらっていたものな」
 あの時は随分と気持ちよさそうな顔をしていたなかるく引っ張ると、身体を反らして指に感じ入っている。
「やぁぁ……」
 下半身のモノが立ち上がり、 服の上から撫でれば、香月の目に涙が浮かんでいた。
「もっと気持ちよくなりたいか?」
 そう耳元で囁くと、小さくうなずいた。
 密着しているのだから有働のモノがどうなっているかは香月も感じているだろう。
 それを押し当てると、香月が色っぽい目をして見上げた。
 ぞくぞくする。
「下を脱げ、香月」
 ズボンを脱ぎ、すべてが晒しだされる。
 零と触りあいをしていたので見慣れているはずなのに、綺麗だなと太ももを撫でた。
「もっと気持ち良くだなんて、有働は随分といやらしいんだな」
 口角を上げる零に、
「違いますよ、零様。香月が俺をいやらしくするんです」
 と尻を撫でれば、腰を浮かせて揺らし始め、それがたまらないのだと後孔へと指を入れる。
「ひゃぁん」
 香月の中は熱く、そして柔らかい。
「零様、香月の中を知っているのですか?」
「いや」
 この美貌といやらしい体をしているのに味を知らないとは。
「アナニーでもしていたのか」
 その言葉に、香月の頬が赤く染まる。
「だって、有働に入れてほしいって思ってたら、前だけじゃ物足りなくなって……」
「あぁ、だから二人きりの時にはおもちゃで遊んでくれとねだったのか」
 そんなことをしていたのは。それも見たかったと思いつつ、すんなりと指を飲み込んでいく理由が、他の男ではなくてよかった。
 ズボンを下ろし、かたくなったものを後ろへと押し当てると、香月が顔をこちらへと向ける。
「有働の……」
 どれだけ嬉しいのか、口を開けて惚けていた。
「香月、顔がだらしない」
「だって、ずっと夢に見ていたから」
 プライドが高そうに見えるのに、有働や零の前では素直な表情を見せる。こういうところが可愛くて、好意を抱かずにはいられないのだろう。
「んふっ」
 指を増やし充分にほぐれた後へと自分のモノを挿入する。
「あ、あぁぁ……」 。
 そのやわらかくて熱い個所を激しく打ち付ければ、身体を善がらせて黒く長い髪を乱しながら香月が有働にしがみ。
 鳴き声を上げながら絶頂を迎え欲を放った。

※※※

 今となっては零に見せながらする行為にも慣れてしまった。それ所か色っぽく誘うような視線を向ける時もある。
 その度に内心、ひやひやとする思いだ。
「それにしても有働が俺のモンになったと思ったらその日のうちに零の前で抱かれるなんてね。さすがの俺もそれは想像してなかったよ」
 と、酒を手に戻ってきた香月が有働の話のしめを括る。
 楽しそうにその様子を眺める零を想像したのか瀬尾が苦笑いを浮かべる。
「なんだか二人に犯されている気分だったよ」
「ま、そんなこともあって俺たちはこうなったわけだ」
 有働に甘える様に首へと腕を絡ませる香月の髪を撫でながら酒を飲む。
「そうだったのですね。あの、有働さんに相談したいことがあります」
 二人を眺めていた瀬尾が背筋を伸ばし、
「俺のことなのですが……」
 話始めようとした、その時。上着のポケットに入れられたスマートフォンからバイブ音が聞こえた。
「失礼します」
 スマートフォンを手にし、有働と香月に断りを入れてから電話に出る。相手は表情を見れば一目瞭然だ。
 二言、三言と交わしたあと、
「はい。わかりました」
 通話を切り、瀬尾がコートを手に立ち上がった。
「戻ります」
「そうか」
 香月が瀬尾を送るために席を立つ。
「まて、瀬尾」
「はい?」
 まだ封が開けられていないマッカランを掴み瀬尾に手渡す。
「持って行け」
「え、でもこれは思い出の品では」
「零様もお好きだからな」
「ありがとうございます。頂きます」
 マッカランを丁重に受け取り店を後にする。
 それを見送った後、香月が有働の腕に腕を絡ませ。
「最後の1本だったんだけどな」
 甘える様に肩へすり寄る。
「そうか。残念だったな」
 その言葉とは裏腹。表情は穏やかで目には暖かさが宿る。
「好きだよ、そういう所も」
 ふふっと笑い有働を見上げる香月の目も優しい色をしており、そのまま覗き込むように顔を近づける。
「ここじゃダメ。部屋でゆっくり、ね」
 唇が触れ合う寸前、香月の手によって唇がふさがれてしまう。
 腕から温もりが離れ香月が外へと出ていく。最後の客は有働と瀬尾だったので今日はもう店を閉めるのだろう。
「香月、手伝う」
 ドアを開け外に出れば香月が「お願い」と微笑んだ。