Short Story

女の香

 裏切り者の足取りを掴むために情報収集をしていた。
 その中の一つ、裏切り者とツレの女がよく行く所があると情報を得て瀬尾はその店へと向かう。
 薄暗い店内は立ち飲みのテーブルと奥に数席あるだけで、怪しい雰囲気を纏っていた。
 酒を飲み煙草を吸いながら裏切り者を待っていた瀬尾のもとに、馴れ馴れしく体に触れ声をかけてくる女が何人かいたが、それらをすべて無視し男が現れるのを待つ。
 結局男は現れる事無く何も収穫のないままに屋敷に戻ることになった。
 館に戻れば、待ったいたとばかりに有働に呼ばれ、零のもとへと連れて行かれる。
 酒とたばこのにおいが服と髪に染みついている姿で零の前に立つのは嫌だが仕方がない。
「報告を」
 そういわれ、裏切り者と女がよく利用する店のことを告げる。
「そうか。有働、数名をその店に張り付かせろ」
「はっ」
 零の指示を受け、有働が一礼して部屋から出ていく。
「それでは俺も」
 報告も済んだので瀬尾も部屋を出ようとしたが、指を二度まげて傍に来いという仕草をする。
 瀬尾は零の傍へと向かうと、一瞬顔をしかめた。酒と煙草の匂いが染みついているので臭かったのだろう。
「零様、匂いを落としてから出直してきます」
 だが、下がれという言葉はなく、立ち上がると胸倉をつかまれてシャワールームに連れて行かれた。
 そして服を着たままバスルームへと突き飛ばされ、冷たい水を浴びさせられる。
「零様」
 スーツと革靴が濡れていく。
 臭いまま零の前へ来てしまったことを後悔する。そう、不愉快な思いをさせてしまったことにだ。
「申し訳ありませんでした」
 あわてて服を脱ごうとするが、零の靴が顎に触れて持ち上げられる。
 目と目が合う。
 瀬尾は驚きに目を見開き、零は射るようにこちらを見ていた。
「誰の匂いだ?」
 顔に水を向け、壁に足をかける。
「……へ」
 思わず出てしまった声に、零はシャワーを床へと落とし瀬尾の首を絞めつける。
「くぁっ」
「誰の匂いだって聞いてんだよ」
 手が離れて咽る瀬尾に、今度は零の顔がすぐ近くにある。
 ぐいっと首を絞めつけるように押され、そう問い詰められる。
 一瞬、なんのことだか分らなかった。
 瀬尾は仕事をしていただけなのだ。だから、なぜそんなことを問われるのか理解できなかったのだ。
「瀬尾」
 強い視線が向けられる。
 相当怒っている。それは理解しているのだが、答えに窮してしまう。
「答えられねぇ様なことをしてきたのか? お前、こっちの方面にうとそうな顔して、やることはやってんだな」
 と、零の手が股間部分に触れる。
 ピリッと快楽が走ると同時に何が言いたいのかを理解した。
「何人か女に馴れ馴れしく触られ、誘われましたがすべて無視しました」
「……誘われたんだ、お前」
 そう、髪をわしづかみされ下を向かされる。
 細められた目は鋭く、心臓を突き刺すような痛みを覚える。
「誘った女共、全員イイ女だったか?」
 息が届くほどに近い距離。
 顔を反らそうにも髪を掴まれていてうまくいかない。
 だが、次の瞬間。
 零の顔でなくシャワールームの壁が痛みと共に顔面を襲う。
「ぐぅっ」
 そのまま顔を押し付けられ、食いちぎりそうな勢いで耳を噛まれた。
 あまりの痛さに声すら出ない。
 じくじくと痛むその箇所に、今度は舌が這い内側を愛撫し始める。
「ん、あぁあぁぁ……」
 痛みと気持ち良さが襲い掛かりたまらず声をあげる。
「言えよ、お前の素直な気持ちを。仕事中でなかったらヤりたかったんだろう!?」
 なぁ、と、ぞくっとするほど冷たい声でそう言われて。壁に数回額を打ち付けられる。
 意識が一瞬、飛びそうになる。だが、なんとか気力で顔を零の方に向け、
「やりたいとかそんなことは、思いません。俺は、零様以外に、興味なんて、ない」
 と、なんとか自分の思いを伝える。
 その瀬尾の言葉に、きつく髪を掴んでいた手が緩み、ほどなくしてするりと力が抜けたように手が離れ。腰のあたりに抱きつくように腕が回る。
「当たり前だ。お前は俺以外に興味を持つなど許さない。二度と女の匂いをつけて俺の前に立つな」
「申し訳ありませんでした」
 腰に回る手の上に手を重ねれば、すぐにその手が離れていく。
 調子づき勝手に触ってしまったことが気に障ったのかと思い、許しを請うために零の正面へと向き直れば、特に怒った様子もなく服を脱いでいる途中の姿が目に入る。
「お前も脱げ。どうせだ、このまま二人でシャワーを浴びるぞ」
 と、シャワーコックをひねり冷水から温水へとかえる。
 ほどなくして暖かいお湯が頭上から流れ、冷えた体を温めていく。
「ほら、早く脱げ。俺が特別に体を洗ってやる」
 と、指が首筋をたどっていく。
 なんとも誘惑的で魅力的。
 その思いに囚われ、ネクタイをほどき床に落とす。
「可愛い奴」
 シャツの襟をつかみ屈ませると、その唇にキスを落とす。
 誘うように舌を絡ませる零に答えるように深く口づける。
「女の匂いが消えたら、触らせてやろう」
「はい」
 うっとりとその表情を見つめ、零に身を任せた。

 シャワールームで零に胸と下半身のモノをしゃぶられて、身体も心も煽られて零のことしか考えられない。ベッドにいくなり飢えた獣のように零の身体を貪り始める。
 零と一夜を共にしたのは怪我を負い、三日間部屋からでるのを禁止された時だ。
 禁止が解けて零の部屋へとすぐに向かったのだが、寝室へと連れていかれて、
「俺を抱け」
 と言われたのだ。
 だが、経験値のない瀬尾には零を喜ばすことなどできなかった。下手糞と痣の残る個所をけられた。
 それからだ。夜伽を見せられるようになったのは。
 零は入れるのも入れられるのも好む男だ。大抵、相手は男女一人ずつで、女の中へ入れ、男に後孔へと挿入させる。
 獅子が乱れる姿はとても色っぽく、そして雄々しさもある。
 相手が自分でないことがつらいのに、零は時折、瀬尾の方へと視線を向けてくるのだ。見ていないと許さないとばかりに。
 そのかいもあってか、無骨な愛撫しかできなかった瀬尾の動きは明らかにあの時とは違っていた。
「瀬尾、上手くなったな」
「零様が……、俺に見せてくださったから」
 ずっと見続けてきたから零がどうしたら喜ぶかを知っている。
 だから今度こそは瀬尾の手で気持ち良くなって欲しかった。
「そうか」
 背中を手がゆるりと撫でる。まるで褒められているかのような気持ちとなった。
「零様」
 その言葉に、目を見開きそれからククっと喉を鳴らして笑い始める。
「俺を喜ばせたいのなら、攻める側もうまくならねばならないな」
「はい、もっと勉強します」
 その言葉に瀬尾は微笑むと零の足の間へと顔を埋める。
 目の前でたちあがるモノを根元まで口に咥えこむと音を立て吸い上げた。
「く、いいぞ瀬尾」
 後頭部に手が触れ、ぐいと押し込まれた。
 零のモノが喉の奥まで突っ込み、そして中へと放った。
「げほっ」
 激しくむせる瀬尾に、そのまま髪を鷲掴み上を向かされる。
 口の端から零の放ったものが垂れ、それを拭うように指が触れた。
「美味かったか? 俺の精液」
「はい。これが零様の味なんですね」
 恍惚とした表情を浮かべる瀬尾に、マゾめと笑う。
「次にするときは中へ入れさせてやろう」
 口づけをし、そして手が離れる。
 零の中へ入る許可が出た。その瞬間、ぶわっと身体中に熱が湧き上がった。
「お前は本当に、素直だな」
 そう口にすると身なりを整えはじめる。
 どこかへ行くのだろうか。ついていこうとするが顔の前に掌を向け、
「お前はいい」
 と言われてしまう。
「わかりました」
 ついていけないことに落ち込んでいると、零がふっと笑う。
「有働と一緒に香月の所で飲んで来い」
 そういうと部屋を出て行った。
 ふとした拍子にみせる、香月や有働にはよく見せるものだ。
 まさか自分にもしてくれるとは思わず、胸の鼓動がうるさいほど騒いでいる。
 落ち着かぬこれは何なのか。飲みに行ったときに有働に相談しようと決め、支度をすますと部屋を後にした。