小さな食堂

つないだ手

 利久は大学のサークル仲間と飲み会がある。
 隣にいることに慣れてしまったからか、少し寂しいなと思いつつ店に入る。
 すぐに沖が「いらっしゃいませ」と声をかけるのだが、それよりも早く佐賀野に捕まった。
「待ってたよ、河北ちゃん」
 昨日の話を聞かせろということだろう。
 いつものテーブル席ではなく河北の隣の席。どうやら静かな隣にならずにすみそうだ。
「デート、楽しかった?」
「え、デートって利久君と!?」
 佐賀野以外には話していない。それだけにいつの間にと思ったのだろう。
 ふたりにはお土産を渡すつもりだったので、出かけたことは話すつもりだった。
「楽しかったよ。食べ歩きをしたり、古い街並みを楽しんだりね」
「いいですね」
 出かけたくとも郷田は事件があれば休日返上となるし沖は店がある。ふたりでどこかへというのは難しいだろう。
「あ、河北さん気にしないでくださいね。俺は一太君と一緒にいられるのならどこだっていいんですから」
 顔に出てしまっていたか、沖に気を遣わせてしまった。
「駿ちゃんに楽しんでもらえるようにお話いっぱいするから」
 自分の得意分野だ。沖を楽しませるために得意のおしゃべりをしはじめた。

 デートの話から妻の話へと話題が移り、途中で佐賀野は帰ってしまったが、その後も最後の客となるまで話は続いた。
「河北さん、ありがとうございます。すごく楽しかったです」
「駿ちゃんって聞き上手だから昔話までしちゃった」
 妻の話しから南のこと、そして利久の幼き頃の話もした。
「奥さんとの馴れ初めを聞けて大満足です」
 と手を合わせて笑う。
「お恥ずかしい限りで」
 若かりし頃の話しをするのはこそばゆいものだ。
「奥さんに会ってみたかったです」
「駿ちゃんと仲良しになっていたと思うよ。僕も一緒にこのお店に来たかったなぁ」
 手をつないで店に行き、沖と郷田、そして常連たちと楽しく話をしながら美味しいご飯を食べる。
 そして隣で笑う妻の笑顔に幸せを感じていただろう。
 だけど利久はどうなる? 妻が生きていたなら恋心など抱かなかっただろうか。
「河北さん、利久君が来てますよ」
「え?」
 今日は店に来ないと思っていたのに。
 妻との思い出の中へと浸りつつあった河北に、利久という存在は前よりも大きく育っていて、一瞬で現実に引き戻された。
「少しでいいから会えたらいいなとダメもとで来たんですけど、ラッキーですね俺」
「利久君」
 胸がぎゅっとなって、気が付くと利久の手を掴んでいた。
「河北さん、俺は嬉しいんですが……」
「あはは、なんとなくだよ、なんとなく」
 そう誤魔化して利久から手を離すが、すぐにその手を掴まれてしまう。
「利久君っ」
「河北さん、帰りましょう」
 簡単に振り払えないよにしっかりと結ばれた手。
「駿ちゃん、またね」
「はい。おやすみなさい」
 されるがままの状態で沖に挨拶をして店の外へ。 大きくて暖かな手につながれていると若いころを思い出す。
 何処かふたりで出かけるときはこうやって手をつなぎあった。英知が生まれてからは三人で。そして今は利久とだ。
 何度かふたりを連れて近所の駄菓子屋さんに買い物をしに行ったなと、小さかった手を思い出した。
「昔、利久君と英知の手をつないでお菓子を買いに行ったね」
「はい。今はコンビニになってしまいましたが、俺、河北さんに連れて行ってもらえるのすごく嬉しかったんですよ」
「そうなんだ。あの時は小さかった手もこんなに大きくなって」
「大人ですから」
 と指が絡み、恋人つなぎへとなる。
「暗くて見えないからって」
「こういう時しか出来ませんから」
 嬉しそうな声で言われてしばらくはこのままつないでいることにした。
 家の近く、利久の手が離れて少しだけ名残惜しさを感じた。
「河北さん、また遊びに誘っても?」
「いいよ」
「やった。楽しんでもらえるような場所を考えておきますね」
 嬉しそうに笑う利久が外套の明かりで河北の目にうつる。
 それを見ていたら河北にも伝染したかのように口元が綻んだ。