小さな食堂

デート

 鏡に映る自分を眺めため息をつく。実際に身に着けてみたら服に負けている気がする。
「身だしなみのチェックとか、デートだから?」
「ちょっと。デートじゃないってば」
 洗面台の鏡ごしに河北を見てニヤニヤとする英知の姿がうつる。
「利久、イケメンだし。いつもより気合入れないとな」
「うるさいよ」
 英知にからかわれ河北は外で利久を待つことにした。
 ほどなくしてミニバンが家の前に止まり窓が開く。
「お待たせしました」
「うんん」
 ドアを開いて助手席へと座る。
 利久は今時の若者らしく、しかもお洒落な格好をしていた。
「河北さん、素敵です」
「え、あ、どうも、ね」
 普段の河北を見ている人なら今日の格好は素敵だと思うだろう。
「ところで、今日はどこに行くの?」
「あ、隣の県です。小江戸と呼ばれている場所ですよ」
 約一時間ほど車で走った先にある場所だ。
「いいね。あそこといえばサツマイモだね」
「そうなんですか。食べ歩きしたいです」
「いいね。僕、甘いもの大好きだからいっぱい食べちゃうよ」
「ふふ」
 ぎゅっと拳を握りしめたら利久が笑いだす。いい年をしたおじさんがするポーズではなかった。
「わらわないでよぉ」
「すみません。可愛いなって思って」
「やだっ、キモいだけでしょうが」
 グーパンチを横腹に軽く入れると利久が声を上げて笑う。やはり冗談だった。
「もう」
「俺には可愛いですよ。河北さんの仕草のひとつひとつが」
 そんなことをさらりと言われて照れてしまう。利久は天然のタラシなのではないだろうか。
「ころがすのがうまいなぁ。利久君が駿ちゃんのお店で可愛がられるのわかるなぁ」
「俺は河北さんに可愛がってもらえればそれで十分ですよ」
 更にもう一つ。心にグッとくることをいわれてしまった。
「だめ、これ以上はおじさんの心臓がもたないよ」
 心臓を押さえて倒れこむようなポーズをする。
「河北さんがこれで俺に好意を持ってもらえたら万々歳なんですけどね」
「うっ、それは……ねぇ」
 うまくいっている。すこしだけほだされかけているのだから。

 レトロな街並み。小江戸と呼ばれるのも頷ける。
「こういう雰囲気大好きなんだよね」
「よかったです。そう言ってもらえて」
 河北の好きそうな場所を考えてくれたのだろう。その気持ちが嬉しい。
 ありがとうという気持ちを込めて利久の肩をぽんと叩く。
「ここといえばサツマイモだね」
「知ってましたか」
「うん。昔、家族できたことがあるんだよ」
 まだ英知が小さなころに家族で遊びに来たことがあった。
「懐かしいな」
 とてもかわいらしい妻だった。温かく家族を見守る、そんな人だ。
「英知のお母さんの作るお菓子が美味しくていつも楽しみにしてました」
「僕も楽しみにしてたんだよね。つい食べすぎちゃって……」
 河北の手に利久の手が当たる。
「あ、ごめん」
 利久と遊びに来ているのに、妻との思い出話を聞かせるなんて。
「いいんです。河北さんと奥さんとの思い出の場所でもあるんですよね。もっと聞かせてください」
 利久は優しい。
 思い出話などされても困るだろうに、嫌な顔を一つも見せない。
「うんん。思い出はここにあるからいいや。今は利久君と楽しむことに専念するよ」
「わかりました。それじゃ、食べ歩きしませんか」
「そうしよう」
 アツアツのお饅頭を買い食べながら街並みを楽しむ。手に細長い物が入ったカップを持ったカップルがいて、それがおさつチップだと知り売っているお店まで向かおうとしていた時だ。
「利久君」
 後ろから声を掛けられて利久と共に振り返る。そこに立っていたのは彼と同い年くらいの子だった。
「え、偶然だね」
 会えたことが嬉しいようで傍にくると腕を軽くつかんだ。
「そうだね」
「今日、用事があるからって言ってたから、サークルの皆でデートかなって話してたんだよ」
 と言った後に河北を見てすぐに利久の方へと向きなおす。
 デートの相手が女性ではなくおじさんだということに安堵したのだろう。利久に好意をもっていることを隠そうとしない。
「そうなんだ。それ、ほん……」
 利久が余計なことを言いそうになり、それを邪魔するように言葉を重ねる。
「利久君、こんな可愛いことお友達だなんて。南に教えてやらないとな」
「河北さん!」
「あの、おふたりは」
 おじさんと息子位の歳の子が一緒にいるのが不思議なのだろう。
 尋ねられ、
「利久君と僕の息子が同級生で。友達と小旅行するのにいいところないかなって相談したらここなんてどうですかって。どうせなら下見に連れて行ってよって図々しくたのんじゃった」
 咄嗟にそう嘘をつく。彼女は「そうなんですね」と口にするが、実際のところ、河北の話など興味はないだろう。
「私、地元がここなので詳しいですよ。よかったら案内します」
 今度は河北の腕に触れながら上目遣いをする。
 下心がまるみえで、困ったぞと苦笑いを浮かべた。
「折角だけど。今日はこの人と一緒に回るって決めてるから。それじゃ」
 彼女の手を振り払うように河北の腕をつかんで脇をすり抜けた。
「え、待って、利久君!」
 その言葉を無視しどんどん歩いていく。河北が後ろを振り向くとその場に佇む彼女の姿が目に入った。

 年相応な女性と並ぶ姿を見て、利久にはこちらのほうが似合いだと思った。
 友達というポジションですら不似合いだと思うのだから恋人など余計に無理だろう。
「利久君、やっぱり僕たちが友達とかおかしいよ」
 彼女と別れ、しばらく歩いた所でそう口にすると、利久に腕をつかまれた。
「どうしてっ」
「どうみても変じゃないの。父親とか親戚のおじさんならわかるけれど」
 そういって笑い利久を見ると傷ついた表情を浮かべていた。
「友達でいることすら、許してはもらえないのですか?」
「あ……」
「本当は友達では満足できません。それでも俺は貴方のそばにいたい」
 腕を引かれ細い路地につれられて唇を奪われた。
「りっ」
 一方的なキス。利久の舌が閉じた唇をこじ開けて中へとはいりこむ。
 無理やり中を乱されて拒もうとするが利久の力は強く離れることができない。
 このままでは流されてしまう。そう頭ではわかっているに芯が甘くしびれ抗えない。
 利久は河北のことをこういう意味で好きなのにそれを否定しようとした。そしてキスをしているのに悲しい思いをさせてしまった。
「んぁ、りく、くん」
 互いの舌が絡み、くちゅくちゅと厭らしく水音をたてる。
 利久の涙が河北の頬を濡らし、泣かないでと彼の頬に触れた。
「好きです、好きなんです貴方が。だから隣にいさせて」
 唇が離れ利久が頬に触れる河北の手を取った。
 利久から伝わる、好きという気持ち。切なく願われ心が震えた。
「ずるいよ、利久君。おじさん、胸が痛んじゃった」
 頭を利久へと預けて利久を見上げる。
「河北さん、無理やりにキスをしてしまってすみません」
 利久の想いは利久のものだ。河北が否定していいものではない。
 結果、利久を傷つけてしまった。
「こういうの久しぶりだから、まだ胸がドキドキしてるよ」
 自分の胸に手を当てて笑う。
「好きです」
 利久の額が河北の額へと合わさり、はぁ、と息が吹きかかる。
 甘い、サツマイモの味。河北の中も同じ味がする。
「こら、利久君、押せばいけると思ってない?」
「はい」
 辛そうな顔ではなく目が優しく笑っているから。
「まったく。利久君って南に似ているよね。ちゃっかりしているところとか」
「それ、父にも言われます」
 くすくすと笑い声をあげ、じっと至近距離で見つめられる。
 アップで見るイケメンの破壊力といったら半端ない。
「だめ。キスは恋人同士になったらね」
 利久の未来を考えるのなら友達にもなるべきではなかった。だが河北の気持ちを変えたのは彼の一途な想いだ。
「それってチャンスありってことですか」
「さぁ、どうだろうねぇ」
 後ろに頭をさげて利久から離れるが、
「俺、河北さんに対しては都合よく解釈することにしているんで」
 腰に腕がまわり、簡単に体を引き寄せられてしまう。
 細くてもしっかり筋肉が付いているし力も強い。ただ細いだけの自分とは大違いだ。
「利久君、これは友達として?」
「はい。友達同士のハグです」
 そのわりには鼻を近づけてスンスンと鳴らしているのは気のせいだろうか。
「利久君、いい加減に離れてよぉ。ご飯ご馳走してあげるから」
 このまま匂いを嗅がれ続けたらやばい気がする。先ほどのキスの熱も冷めきれていないのだから。
「ご飯! 行きましょう」
 体が離れてホッとしたところに、ちゅっと軽めに唇が触れた。
「りっ」
「芋おこわが名物のお店があるんです。そこに行きましょう」
 自然と回された腕に押され細い路地から連れ出されてしまう。
 何も言わせないつもりとは。ずるいなと利久の手の甲をつねった。