Short Story

結婚式と思い出(水瀬)

 この日が待ち遠しかった。唯香は幼き頃から仲の良い子だった。
 思春期になると二人の関係をからかわれたこともあったが、それでもお互いにそういう感情は無かった。
 あまりに二人の距離が近すぎて、それ以上の関係にはならなかったわけだ。
「うぇぇん」
 人目を気にせず泣いていると、唯香がハンカチで涙を拭ってくれた。
「ちょっと、輝くん、泣きすぎ」
「だってぇ、嬉しいんだもん」
 唯香はきれいだし、幹は王子様のようだ。昔、一緒に読んだ絵本みたいだと、そんなことを思い出しては泣けてくる。
「輝くん落ち着いて。兄貴っ」
 幹が亮汰を呼ぶ。結婚する二人だけではなく、亮汰にまで迷惑をかけることになった。
「おいおい、お前、不細工になってるぞ」
 呆れながら亮汰がハンカチで涙をぬぐう。
「良いんですっ。唯香ちゃんと幹くんのおめでたい日なんですから」
 今日だけは迷惑をかけるのを許してほしい。
「まったく。二人とも、後はまかせろ」
「亮ちゃん、ごめんね」
 主役である二人は忙しいのはわかっている。だけどこのあふれ出るものは止められない。
 亮汰はそれをわかってくれている。だから怒ることなく傍に寄り添い、涙を拭いてくれるのだろう。
「すみません」
「笑顔で見守るんじゃなかったのかよ」
 そのつもりだった。だが、バージンロードを歩く唯香の姿を見たら感極まってしまった。
「ほら」
 両手を広げおいでといってくれる。本当に優しい人だなとその胸を借りようとした、その時。背後から、ひやりとした空気を感じた。
「亮汰」
「隆也さん」
 その名前にそっと後ろを振り向いた。
 背が高く、セクシーな男だ。彼は水瀬と目が合うと口元に笑みを浮かべる。
 その表情に惚けていたら、亮汰の身体が離れた。いや、引き離されたというべきか。
「随分と甘えん坊さんなんだね」
 ポケットからハンカチを取り出して涙を拭ってくれる。
 だが、顔が少し近づきすぎではないだろうか。
「あ、え」
 男前だけに迫力がある。それにこちらを見る目が少し怖い。
「ほら、泣いてばかりいないで。外で写真を撮っておいで」
 肩に手をぽんと置き、亮汰の腰へさりげなく腕を回す。
「亮汰も。幹の晴れ舞台だぞ。写真を撮らないと」
「そうだな。ほら、水瀬、行くぞ」
「はひっ!」
 きっと会場の冷房が効きすぎていたんだなと思い直し、唯香と幹に視線を戻す。
 幸せそうな二人を見ていると羨ましくなる。
 自分も数年前に結婚式をするはずだったから。

※※※

 当時、水瀬には好きな人がいた。
 知り合ったのは水瀬がまだ学生の頃、アルバイト先で知り合った十歳年上のシングルマザーだ。彼女には15歳の一人娘がいて、そのことも仲良くなった。
 本気で好きだった。仕事にも慣れてきたし、そろそろプロポーズしようと思っていた。
 その前に彼女の娘に許可をもらおうと思い、彼女がいない日に家で会う約束をした。
 結婚をすることをきっと喜んでくれる。いつも二人を応援してくれていたから。そう思っていたのに。
「ママのモノになる前に、私とエッチしよっ」
「……は?」
 一瞬、何を言っているのかわからなかった。
 混乱する中、娘は上着を脱ぎ、水瀬へと迫った。それを拒否って外へと出たとき、丁度、彼女が帰ってきた。
 その時の水瀬の様子がおかしくて、急いで部屋の中へと入っていった。
 そして彼女の悲鳴が聞こえた。
 ドアの前に立つ水瀬の頬に痛みと熱を感じた。
「最低っ、もう二度とあなたの顔なんて見たくない」
 勢いよく閉まるドアの音に、やっと何が起きたか理解する。
「え、違う、俺は……」
 こちらの理由を聞こうともせず、彼女の娘を襲ったと思われたのだと。
「そんな」
 ショックだった。
 もう、何も考えたくなくて、コンビニでお酒をたくさん買い込んだ。
 そして向かった先は亮汰のところだった。会社の先輩で自分の教育係をしている。
 落ち込んだ水瀬を見た亮汰は部屋に迎え入れ、話を聞いてくれた。
 目つきは悪いが、普段から面倒見がよくて優しい先輩だ。
 最後まで黙って話を聞いてくれ、そして一緒に酒を飲んでくれた。

 それから数日後。
 彼女から連絡があり、あの日のことを謝ってくれた。
 それに対しては許し、別れることになったが、その時に彼女から言われた言葉にショックを受け、それがトラウマとして水瀬の心に植え付けられてしまった。
 そこから水瀬のモノは役に立たなくなった。
 はじめは疲れていたからだと思っていたが、女性に跨られてもぴくりとも反応しないのだ。
 勃起不全になってしまった。誰にも相談できなくて、それでも愛想笑いは欠かさずに会社で過ごしてきたのだが、亮汰にばれてしまった。
「お前、何か悩み事があるだろう」
 そう問い詰められ、ぽろりと勃起不全だということを話してしまった。
「お前が悩んでいるのくらいお見通しなんだから、この前みたく俺に甘えればいいんだ」
 頼りがいがあり優しい。
 感極まって涙があふれ出そうになるが、その前に亮汰に両頬を摘ままれた。
「いしゃきしゃん」
「病院に行きにくかったら、一緒についていくぞ」
 手が離れ、今度は優しく包み込んでくれた。
「ありがとうございます」
 この手に包まれていると安心する。ほっと息を吐くと亮汰の手に自分のを重ね、頬から離し握りしめる。
 もしかしたら亮汰の手なら、そんなことがふと頭をよぎる。
「どうした」
「いえ、なんでもないです」
 さすがにこれは頼めない。ダメだと頭をふるうと、亮汰に頭突きをされた。
「いっ」
 なんという石頭。ダメージを受けているのは水瀬だけだ。亮汰はケロリとしている。
「お前、俺の話を聞いていたのか?」
 甘えればいいと言ってくれたが、これは頼めない。それでも何も言わずにいると亮汰の目がさらに鋭くなり、頭を動かし始めた。
「もう一度くらうか?」
「嫌です! 言います、言いますからぁ」
 ご勘弁をと亮汰の手を放して自分の掌を合わせてこすり合わせる。
「で、何を考えていた」
「えっとぉ、伊崎さんに触ってもらったら、たちそうなきがするなーって」
 その瞬間に亮汰目が細くなり、やはりそういう反応だよなと、変なことを言ってしまったことを詫びる。
 だが、
「いや、そうだな、うん、やってみるか」
 と一人で何か納得し、
「水瀬、身体を洗ってこい」
 そういうと、クローゼットからバスタオルとタオル取り出した。
「え、伊崎さん」
「俺が触ればたちそうなんだろ?」
 そういうとバスルームまで連れていかれて中へと押し込まれた。
「本気ですか」
「俺が試してみて、ダメだったら病院な」
 早くとせかされ、服を脱ぎシャワーを浴びる。
 いくら面倒見がよくてもここまでしてくれるものだろうか。
「まさか、伊崎さんって男が好きなのかな」
 思えば恋人の話はあまり聞いたことがなかった。
「まじか……」
 身体を綺麗に洗い、身体を拭いてタオルを腰に巻いて亮汰のもとへと向かう。
 その姿をじっと見つめる亮汰に、
「伊崎さんって、ホモなんですか」
 と思わず口にしてしまい、
「馬鹿か、お前はっ」
 思い切り頭を殴られた。
「痛いですぅ」
「どうしてそうなったんだよ」
「え、だって、女の人の話をあまり聞かないなって」
「今はいないだけだ。それよりもベッドに座れ」
 言われたとおりに腰を下ろすと、足の間に亮汰がしゃがみこんでタオルをめくった。
「おー、しょんぼりしてるな」
 先っぽをツンと指で突いた後、軽く握りしめる。
「わ……、会社の先輩に握ってもらうのはじめてです」
「お前ねぇ」
 手が動き、下半身のモノを刺激し始める。
「ほーら、いいこ、いいこ。元気になーれ」
 亮汰がそんなことを口走るものだから思わず吹いてしまった。
「なんですか、それ」
「おまじないだよ」
 ほら、いい子。
 まるで頭をなでるように、指が先っぽを円を描きながらなでていく。
「あはははっ」
 少し緊張していたが、亮汰のおかげで力が抜けた。
「水瀬」
「はい?」
「おまじないが効いたぞ」
 と握っていた手が離れ、たちあがったものが目にうつる。
「あっ」
「お前はここの問題だな」
 と心臓の当たりを指で突かれる。
 その通りだと自分でも思う。パパになることを喜んでくれたのに、母親と結婚する前に水瀬と体験したかったのだと、そんな理由で迫ってきたのだから。
 実の娘が襲われたかもしれない、彼女は母親なのだから守ろうと思うのは当然だ。二度と近寄るなといわれて拒絶されたのも仕方がない。
 それも後で誤解だとわかり、謝ってくれた。だが、本当は貴方にもそういう気持ちがあったのではないかと聞かれたのがショックだった。
 ただ真っ直ぐに彼女のことを想っていたのに。気持ちは全然届いていなかったんだと思い知らされた。
「そのようですね」
 あの出来事があったから、女性の前で役立たずになっていたのだ。
「伊崎さん、ありがとうございます」
「気にすんな。ほら、イかせてやるから」
 と最後まで付き合ってくれた。

※※※

 結婚式もクライマックス。
 花嫁が親に向けた手紙を読み、互いの親に花束を渡す。
 感動のシーンは涙で滲んでいた。
 結婚式が終わり、花嫁と花婿、そして両親が並んで招待客を見送る。
 水瀬はソファーで落ち着くのを待っていた。
「最後くらいは笑顔でと思いまして」
「そうだな」
「亮汰、幹が呼んでいたぞ」
「あ、わかった。水瀬、先に行くが」
「大丈夫です。少し休んでから行きますね」
 亮汰が幹のもとへと行き、隆也も一緒に行くのかと思いきや水瀬の前に立ったままだ。
「あの、一緒に行かなくても?」
「あぁ、行くよ。でも、その前に」
 口を開けてと言われて、首を傾げつつ言われたとおりにする。
 すると口の中に何かを放り込まれた。
「んっ、なに? あ、チョコレート」
 甘くて落ち着く。
 ほぅ、と息を吐き、隆也を見る。
「落ち着いただろう?」
「はい」
「小さい頃の亮汰が泣いているときに、口の中に甘いものをいれてあげると笑顔になってね」
「へぇ、そうだったんですね」
 とほっこりしかけたところに、はたっと気が付く。それは自分が幼いと言っているのだろうか。
 亮汰の従兄弟は意地悪だ。
 水瀬が気が付いたことに向こうも気づいたようで、にやりと口角をあげる。
「さて、君も泣き止んだようだし、本題にはいろうかな」
 残った理由はそういうことだったのか。
 彼の態度からみて、きっと亮汰がらみのことだ。
「なんでしょうか」
「亮汰に痕をつけたのは君だよね」
 とん、と、自分の肩を指でたたいた。
 あれを見たから接し方が冷たいのだろう。
「……そうです。俺が亮汰さんにつけた痕です」
 わざと下の名前を口にした。意地悪な彼に少しでも仕返しをしてやりたくて、特別なのだとにおわせる。
「やはり君か」
 あたりを凍らせるのではないかと思わせるくらいに冷たい目をしている。
 これは従兄弟としてではなく、一人の男として心配をしているようだった。
 だから彼は水瀬に冷たい態度をとっていたのだと気が付いた。
「あの、俺は君じゃなくて水瀬輝です」
「そう。俺は長谷隆也だ」
 水瀬のほうからは敵対視などしない。だから名前を告げた。
 だが、向こうはきっと違うだろう。
 亮汰に甘えてそういうことをしてきたのだから、隆也に嫌われるのは仕方がない。
 ふ、と、目元が柔らかくなる。警告はおわりだと告げたいのだろう。
「さて、俺は戻るが、水瀬君はどうする?」
「俺も行きます」
 立ち上がると同じくらいの高さに目線がある。だが、余裕があり、男としては負けている。
 亮汰が自慢したくなる理由がなんとなくわかった。
 一緒に亮汰のもとへと向かうと、目と口を開いたままこちらを見ていた。
「どうした」
「どうしましたか」
 隆也と声が重なり合い、互いに顔を見合わせる。
「ん、イケメン二人が並んでいると華やぐなって。女子たちがお前らを見てるぞ」
 気が付けば女子の視線がこちらへと向いていた。
 きっと長谷に目がいっているのだろう。
「水瀬君、かっこいいから」
「いや、長谷さんにですよ」
 互いをほめるような言葉をすると、
「いつの間にか仲良くなったな」
 なんて言い出すものだから、長谷の顔が引きつっていた。
 さすが、亮汰だ。ナイスですと心の中で呟き、
「そうですね、すっごく仲良しです」
 そうとどめを刺すようにいうと、亮汰が嬉しそうに二人の顔を見る。
 亮汰が喜んでくれるなら、二人の気持ちは同じだ。にっこりと笑顔を浮かべて今度、一緒に飲もうと約束をした。

 式が終わり、亮汰たちと別れて一人、車に乗り込む。
 素敵な式を見たあとだけに気持ちが落ち着かず、高ぶったままだった。
 こんな日に空手道場があれば落ち着けるのにと思いつつ、アドレス帳を眺める。
 そこに表示されている、ある人の名前。
 きっと連絡をすれば飲みに誘ってくれるだろう。
 だが、画面に触れることなく助手席にスマートフォンを置いた。