Short Story

甘い蜜

 いい男は何を着てもよく似合う。
「お帰り」
 シャツとジーパンというラフな恰好で亮汰を出迎える。
「ただいま」
「ご飯は食べたか?」
 朝食は食べずに部屋を出たので腹は減っている。
「何か作ってくれるのか」
「クレープを焼くよ。亮汰、好きだったろう」
 クレープは確かに好きだが、甘いのよりもサラダクレープがよいのでそう告げると、隆也が一瞬、何かを考える素振りをみせ、そして笑った。
「そうか、クレープって日本じゃ薄い生地に生クリームとフルーツをのせて巻いたやつだっけね」
「そうだけど」
「ホットケーキ、食べるか?」
 時折、フランス語を混ぜるものだからややこしいことになるのだ。
 日本に帰ってきたのだから亮汰の前では向こうの言葉を使って欲しくはない。フランスに隆也とられたままだと思ってしまうかだら。
「俺の前ではフランス語じゃなくて日本語で話せよなっ」
「ごめん、癖になってて」
 やめるとは言ってもらえなかったことにムッときたが、再度、食べるかと聞かれて、
「食うよっ! ふわっとしてるの焼け」
 とスマートフォンで検索して、ふわふわのパンケーキを隆也に見せた。
「すごくふんわりとしているね。レシピ見せて」
 スマホを受け取り焼き方を読む。
「バターとシロップな」
 熱でとろりと蕩けたバターにたっぷりめのメイプルシロップ。
 バニラアイスやジャムをのせてくれたこともあったが、結局はこの味が一番好きだった。
「はいはい」
 いつも待ちながら隆也の姿を眺めていた。懐かしさに口元が緩む。
「昨日ね、店を見に行ってきた」
「いいところだった?」
「あぁ。決めてきたよ」
 日本で店を出すのはうれしい。これからは日本にいるということだから。
 つい、口元が緩んでしまうのはそういうことだ。
「よかったな」
「あぁ。でも改装をするから店を開くのは先だけどね。どんな風にするか話し合わないとだし、店の名前を決めたり、従業員を募集したり、やることはあるからね」
 これからはオープンに向けて大変だろうが、隆也は楽しそうだ。
「店の名前か。どんなかんじにするんだ?」
「うーん、それがね、どうしたものかなって。ビストロ○○というかんじにしたいんだ」
 ビストロとは「小さな料理店」という意味らしく、レストランよりもカジュアルで形式ばらず、料理を楽しめる場所だそうで、作るのはレストランだが、気軽に料理を楽しんでもらえるようにと頭文字にそれをつけたいという。
「じゃぁ、ビストロ・オルキデ。漢字表記だと、仏蘭西ていうだろ。だから」
「なんか、フルリスト(花屋)みたいだな」
 大体、大切な店の名前を亮汰に聞くのが悪い。広告のキャッチコピーでも、社長の柴や加藤にセンスがないと却下されるくらいだから。
「俺、センスないから。自分で考えた方がいい」
「そうだね、少し考えてみるよ。それにしてもよく蘭がオルギデって知っていたな」
「たまたま知っていただけ」
 隆也がフランスに行ったから、簡単な言葉くらいは覚えたいなと、ネットで調べたものだ。
 そんなことがない限り覚えようなんて思わなかったと、素直に口にできるような歳ではなくなってしまった。
「まさか、知っていた言葉をいっただけじゃないよね?」
「ははは」
 そうとも取れるように笑ってみせると、隆也にため息をつかれた。
「やっぱり自分で考えな」
「うーん、考えてみる」
 目の前にふわりとしたホットケーキが置かれる。
「うわ、すげぇ」
 溶けたバターとたっぷりのメイプルシロップ。
 それを見ただけで涎がでそうだ。
「紅茶でも煎れようか」
「いや、水でいい。隆也さん、頂きます」
「うん」
 大きめにカットして一口。
 ふわふわと柔らかく、シロップの味が口の中にひろがった。
「うまぁ」
 ほうっとため息をつく。
「気に入ってもらえたようでよかった」
 はじめて焼いてもらったのは焦げてぺったんこだったのに。昔のことを思いだしていたら、
「そういえば、覚えている? 焦げたホットケーキのこと」
 隆也も同じだったようだ。正直にいうと苦くて硬いホットケーキは美味しくなかったが、お腹が空いた亮汰の為に一生懸命作ってくれた、その気持ちが嬉しかった。
「あれから隆也さんが料理をするようになったよな」
「そう。俺の作った料理で笑顔になるのを見たいと思ったんだ」
 良い顔をしている。料理人という仕事は隆也とって天職だったのだろう。
 きらきらとしていて、とてもかっこよい。亮汰の好きな従兄だ。
「いいな、それ」
「そうでしょう」
 優しい顔で笑う。亮汰の知らない相手にも、同じように笑いかけるのだろう。
「……嫌だな」
 ぼそっと声に出てしまう。
「ん?」
 隆也にははっきりとは聞こえなかったようだが、亮汰は口に出していたことに驚いてフォークにさしたホットケーキが落ちた。シロップをたっぷりかけてあったので、服にもついてしまった。
「染みになるから脱いで」
「いや、かまわねぇから」
「駄目だよ」
 とシャツを脱がせようと捲りあげられてしまうが、隆也の手が止まった。
「どうした」
「なんだ、そういうわけか」
 隆也がシャツを元に戻した。なぜかその表情はぎこちなく、その瞬間、あることが頭をよぎり亮汰は立ち上がるとバスルームへと向かう。
 汚れたシャツを籠に投げ、鏡に映った姿を見る。
「……やっぱり」
 そこには水瀬のつけた噛み痕が残っていた。
「隆也さん、これはっ」
 上半身、裸のまま隆也の前へと立つ。
「唯香ちゃんって実家に住んでいるって言っていたよね。亮汰、他の女性と浮気しているの?」
 やはり勘違いをしている。
「違う、女じゃ……」
 これはマーキングの意味でつけられたものではない。ただ、水瀬に噛み癖があるだけだ。
「相手は男なのか!」
 いつも優しい顔しか見たことがなかった。それなのに本気で怒っている。
「そういうんのじゃねぇ」
「歯型なんかつけて。相手は唯香ちゃんのことを知っていて、こんな真似をしているの?」
 と手が胸の突起に触れて、カリカリと爪をたてられてる。
「んっ」
「亮汰は、俺の知らない間に悪い子になったね」
「や、隆也さん」
「ねぇ、子供のころ、お風呂でしたことを覚えている?」
 初めて夢射してしまった時のことだ。お漏らししてしまったとおもい、親に言えなくて隆也に相談した。
 大人になったんだよと、お風呂場で自慰のやり方を教えて貰った。
 あの時は恥ずかしさよりも、その行為が気持ち良かったことが勝り、何度か隆也にしてほしいと強請った。
「あの時みたいに、シてほしい?」
 胸が感じるようになったのも隆也に教えられたこと。思い出と共に甘い誘惑が身体を痺れさせる。
「うん、シて」
 目を見開いてこちらを見ている。まさか、亮汰がそんなことを口にするとは思っていなかった、そんな反応だ。
 自分から言い出したことなのに。もしや、からかうつもりだったのか。それとも大人になった亮汰のモノなど見たくはないか。きっとそれだろう。
 急に熱が冷めた。馬鹿な真似をしようとした。
「やっぱり……」
 やめると口にする前に、隆也にズボンと下着を下ろされてしまう。
「まって、隆也さん」
 あの頃の、綺麗な色をしたモノはもうない。幻滅しただろうと思ったが、
「ここも大人になったね」
 と口角をあげた。その瞬間、カッと熱が上がる。
「なんだよ、汚いって?」
 恥ずかしさから憎まれ口を叩く。だが、隆也さんは目を弓なりに細めて微笑んだ。
「うんん。大人になった姿を見れて嬉しいよ」
 手が触れる。
「んっ」
 ゆっくりと指が形をなぞり、その度にゾクゾクとした感覚が襲う。
「はぁ」
「亮汰は先を弄られるのが好きだったよね」
「ん、あ」
「亮汰の味、久しぶりだ」
 料理人の舌で、じっくりと味わうように先から根まで舐める。
「隆也さん、もういいって。でるから」
 深くまで咥えて、じゅるじゅると厭らしい水音をたててしゃぶられる。
「ねぇっ」
「いいよ、中にだして」
 亮汰へと向けられる視線が、余計に欲を煽り立てる。
 吸い上げられて我慢できずに口の中へと放ってしまった。
「ごめん。これ使って」
 ちり紙を数枚とって口元を押さえるが、首を横に振るい飲み込んでしまう。
「あっ、料理人の舌なんだぞ。馬鹿になったらどうするんだよ」
 まさか飲み込むとはおもわず、恥ずかしいやらなんやらで、そんなことを口走っていた。
「このくらいでならないよ。それよりも、ここは俺が教えたけれど、こっちは誰に教わったの?」
 突起した乳首を噛まれて、たまらず跳ねた。
 大人になるにつれ、自慰をするときに下だけでは足りずに、胸を弄ってみたら気持ちが良くて、触っているうちに敏感になった。
 そんな恥ずかしいことは言えない。唇を噛みしめる。
「亮汰、イイ子だからお兄ちゃんに言いなさい」
 親指が、無理やり口をこじ開けて入り込む。
「や、指」
「で、誰に教わったの?」
「ん、自分で、弄った」
「そうなんだ」
 ちゅっと吸われて舌先でころがされて、それがきもちよくて頭が惚ける。
「隆也お兄ちゃん」
 中学のころに戻ったかのようにそう口にすれば、隆也の顔が近づいて口づけされた。
「んぁっ」
「亮汰、りょうたっ」
 何度も角度を変えて吸われ、舌が絡みつく。隆也と触れ合っている、それが心と思考をとろけさせる。
「はぁ、隆也お兄ちゃん、俺、ずっと待ってたんだよ」
 目から涙がぽろぽろと落ちる。その瞬間、隆也は身を起こした。
「ごめん」
「え、隆也さん」
 隆也は真っ青な顔色をしていた。それを見て、まるで夢から覚めたかのように頭がはっきりとする。
「俺、ホテルに行くよ」
 立ち上がり和室へと向かう隆也の後を追うために立ち上がるが、力が入らずにへたりこむ。
「隆也さんっ」
「ごめんな。結婚式にはちゃんと出席するから」
 と財布だけを手にし、部屋を出て行ってしまった。