二人で過ごす昼休み
 美術室に田中の姿がなく、もしかしてとベランダに出て下を覗けば、ブニャと田中が見える。
                 もしかして来づらいのか? だったら俺から声を掛ければいいか。
                 そう思って下の田中めがけて大きな声で声を掛ける。
                「おーい、美術室に来いよ」
                「ブニャに会いに来ただけだし」
                 と、つれない返事をする。
                「俺にも会いに来い」
                 寂しいだろうと、手招きをすれば、
                「しょうがないな」
                 ブニャの頭をひと撫でした後、昇降口へと向かった。
                 田中がくるまでには少し時間が掛かるので弁当を広げて待つことにした。
                 今日も俺の為に沢山のオカズをつくって詰めてくれた。毎朝、大変だろうに、本当にありがたい。
                「すげぇ量」
                 美術室につくなり、そう口にする。
                「あぁ、よくいわれる」
                 教室で食べていた頃、クラスメイトも俺の弁当に驚いていたな。
                「いい母ちゃんだな」
                「これを作ったのは祖母だ。親は海外にいるからお世話になっているんだ」
                「へぇ……」
                 昔からじぃちゃんの家で暮らしているからな。寂しく無かったのかと聞かれ、その分、可愛がってくれるからと返す。
                「畑があってな、一緒に土いじりとかしている」
                 畑はじぃちゃんの趣味。自分で育てたものでばぁちゃんに料理を作ってもらう。それがお互いに楽しみで、素敵な夫婦だと俺はそんな二人が大好きだ。
                「そんなイメージある」
                「友達にも言われる」
                 その言葉に、何故か田中の表情がかたまった。
                 もしかして、友達と喧嘩をしたのか? だからその言葉に反応してしまったのだろうか。
                「おい、田中?」
                 目の前にひらひらと手を振ると、瞬きをし、ゆっくりとこちらを見た。
                「え、あぁ、わるい」
                 我に返ったか。別の話題にかえた方がよさそうだな。
                「上の空だなぁ。もしかして、五時間目にテストでもあるのか?」
                「あ……、テストはあきらめてるから問題ない」
                「お前ねぇ、そりゃ問題ありの方だろ」
                 話しは学業のことへと流れていく。
                 どうやら、田中は学年で下の方の成績らしく、橋沼さんはどうなんだと聞き返された。
                「言っておくが、俺は毎回トップテンに入るぞ」
                 勉強は好きだ。自力で答えにたどりつくことができたときの達成感はいい。
                 だが、田中は自分と同類だと思っていたようで、舌打ちをされてしまった。
                 残念だったな。頭を乱暴に撫でると、田中がじっと俺を見つめていた。もしかして、鬱陶しかったのか?
                「どうした」
                「いや、俺と違ってデキがいいし、橋沼さんってモテそうだなって」
                 お、まじか。田中にそう言って貰えるとは。
                「まぁ、否定はしない」
                「うわっ、言うんじゃなかった」
                 引かれてしまった。
                 田中が身体を横に向けて弁当を食べ始め、俺は冗談だからと目の前にから揚げを差し出した。
                 から揚げは、ばぁちゃんの特製タレに漬け込んだ、食欲をそそる匂いがする。それで釣れない男はいない。
                 大きく口をひらき、一口でから揚げはなくなった。田中の横顔が美味いといっている。
                 俺の方へと身体を向け、
                「お肉も頂戴」
                 と口を開いた。
                 可愛いな。まるでヒナに餌をやるみたいだ。その姿に口元が緩む。
                「わかった」
                 生姜焼きを箸で掴み、口の中へといれる。
                「うまい……。こってり味の生姜焼き」
                 頬に手を当て、表情を和らげた。
                「男心をくすぐる弁当だからな」
                 と口角をあげる。ばぁちゃんの料理を美味いと食ってくれるのは嬉しい。
                「優しいな、ばぁちゃん」
                「あぁ。孫ラブだから」
                 親が居なくても寂しくないように、いつでも俺を優先にしてくれる。
                 じぃちゃんとばぁちゃんの話しをしても、つまらなそうな顔をしないのは冬弥と田中くらいだ。
 
                優しいといって、笑ってくれるのも、だ。
                「田中って、チャラそうに見えるけど、笑うと可愛いのな」
                「は、何言ってんの」
                 眉間にしわを寄せて睨まれる。
                 少し頬が赤いのは、照れている証拠だな。そういうところだよと、心の中で思いながら口元を綻ばす。
                「てめぇ、オカズ食ってやる」
                 手を伸ばし肉団子をつかみ、それを口の中へいれると、再び表情を和らげた。
                「あ……、美味い」
                「ばぁちゃんに伝えておくよ」
                 よかった。田中が気に入ってくれて。
                 ばぁちゃんに、このことを話したら喜ぶだろうな。それで、明日はおかずを多めに入れて貰おう。
                 そうしたら、また、可愛い田中を見ることができそうだ。
                 あれから、昼休みになると、美術室で田中と一緒に過ごすようになっていた。
                 多めにつくってもらったオカズを田中にお裾分けをし、味しいという表情を見ては満足する。
                 その後に、格闘技のこと、ブニャのこと、たまに授業のことなどをしながら、俺はスケッチブックに絵を描く。
                 同じことの繰り返しなのに、その時間は待ち遠しく、そして楽しい時間だ。
                 弁当を手に、美術室へと向かおうと席を立つと、冬弥が俺を引き止めた。
                「この頃、美術室へ行くのが楽しいみたいだな」
                 浮かれていると言われ、態度に出ていたかと、照れ笑いを浮かべる。
                「実はさ、二年に知り合いができてな。一緒にご飯を食べているんだ」
                 美術部での一件があってから、冬弥には何でも話すようになっていた。
                 田中のことも、出会いから話し聞かせる。はじめの頃は楽しそうに聞いていたのに、徐々に表情が曇りだした。
 
                「田中って、もしかして彰正(あきまさ)と同じクラスの奴か」
                 彰正とは冬弥の弟で、田中と同じ二年生だ。
 
                「どうかな。クラスまでは聞いていないから」
 
                「そうか。少し待ってろ」
                 と何処かにメールをし始める。すぐに返事がきて、そこに画像がはられていた。
 
                「コイツ?」
                「あぁ、彼だ」
                 そこにはつまらなそうな顔をした田中が写っていた。
                 教室ではこんな顔をしているのかと、その画像を見つめる。
                「お前が楽しそうなのは嬉しいんだが、コイツだけは駄目だ」
                 という冬弥に、何を言っているんだと今度はそちらに顔を向ける。
 
                「実はさ、二年の女子から聞いたんだけど、喧嘩をふっかけて、彰正の友達を停学にさせたんだって」
                「なんだって」
                 冬弥が言うには、彰正君の友達に気にくわない子がいて、その相手に自分から喧嘩を吹っかけたというのに、負けた腹いせに先生に告げ口をして、停学に追い込んだらしい。
                「そんなことがあったのか」
                「あぁ。だからさ、お前に何かあったらと思うと」
                「ありがとう、だけど大丈夫だ」
                 その話が真実だとしても、俺が知っている限りでは悪い奴には思えないんだ。
 
                「総一っ」
 
                「冬弥、この件はこれでおわりな」
                 と、これ以上は言うなとくぎを刺す。ごめん、冬弥。心配してくれているのに。だけど、直感を信じたい。
 冬弥と話をしていたので、少し遅くなってしまった。
                 急いで美術室へ向かい、中へ入ると、スマホを眺めながら田中が俺を待っていた。
                 椅子に腰をおろし、弁当を机の上に広げて、田中に箸を渡す。頂きますと手を合わせて、美味しそうに食べる。
                 そこまではいつもの通りだったのだが、俺が絵を描きはじめて暫くすると、田中の表情が曇りだした。
                「どうした?」
                 何か悩みごとだろうか。
                 冬弥から田中のことを聞いた。今はクラスメイトと上手くいっていないこともだ。
                 辛いと素直に吐きだせるように、そんな相手になりたい。
                 せめて俺の前では強がる必要はないのだと、わかってもらえたらいいのに。
                 だが、気持ちを吐露することは無く、
                「いや、スランプから抜け出せそう?」
                 と聞かれた。
                「そうだな、少しずつだけど、調子が戻ってきたかな」
                 というと、スケッチブックを奪い取られそうになる。
                 咄嗟に、
                「まだ見せるようなモノはないぞ」
                 そうスケッチブックを遠ざけたが、俺を見る田中の顔色が悪い。
                「ごめん」
                「田中、顔色が悪いな」
                 俺が怒ってそうしたと思って、落ち込んでいるのだろうか。スケッチブックだって、見たいと言ってくれたら渡したのに。
                 頬に触れ、そっとなでると、驚かせてしまったようで身をかたくさせる。
                「別に、平気だ」
                「そうか。ならいいけれど」
                 平気じゃないだろ。強がるな。
                 あぁ、放っておけないタイプだ。素直に甘えてくれればいいのに。
                 頬から手を離し、制服の上着に入っている巾着を取り出す。その中にばぁちゃんが飴をいれて持たせてくれる。
                 この歳でと思うのだが、ばぁちゃんの好意だしと素直に受け取っているわけだ。
                 そこからミルク味の飴をとりだして田中の目の前に置いた。
                「飴ちゃんを食べて元気におなり」
                「随分と可愛いの持ってんのな」
                「ばぁちゃんが持たせてくれるんだよ。別のもあるぞ」
                 さらに、苺にレモンと飴を一種類ずつ袋から取り出して並べた。
                「こんなにいらねぇよ」
                 俺みたいな大柄な男から可愛い飴がって、女子には受けがいいんだよな。
                 田中はどんな反応をするだろうと試してみたのだが、どうやらうまくいったようだ。飴玉をみて笑顔になった。
                「飴、ありがとうな」
                「授業中は食ったら駄目だぞ」
                「解ってるよ」
                 よろしいと頭を撫でると、くすぐったそうな表情を浮かべた。