寂しがりやの君

飴玉

 あの日、橋沼さんと知り合えたことは、俺にとってラッキーなことだった。
 昼になると美術室へと向かい、一緒に弁当を食べて話をする。それが一番、楽しい時間となっていた。

 学校の校舎はH型に建てられている。一年と二年が同じ棟で、渡り通路で行ききし、反対側の三年の教室や美術室などの施設へと向かう。
 その為、俺よりも橋沼さんの方が先に美術室へと着くため、机の上に弁当を置いて俺を待っていてくれる。
 この頃は、橋沼さんのばぁちゃんが俺の分もとおかずを多めに入れてくれていて、それを嬉しく思いながら美味しく頂いている。
 この頃、昼を食べ終わるとスケッチブックで絵を描くようになった。
 もともと、スランプから抜け出すためにこの場所を借りているって言ってな。調子が戻ればここにいる理由がなくなってしまう。
「どうした?」
「いや、スランプから抜け出せそう?」
「そうだな、少しずつだけど、調子が戻ってきたかな」
 それは困る。
 手を伸ばしてスケッチブックを掴む。
「まだ見せるようなモノはないぞ」
 と言われ、ハッとなる。
 今、何をしようとしていた?
 葉月と神野が仲良くなるのが気に入らなくて弁当箱をひっくり返した時のように、橋沼さんの邪魔をしてスケッチブックを……。
 結局、俺は変わらないな。自分のことばかりだ。
「ごめん」
 血の気を失い俯く。
「田中、顔色が悪いな」
 頬に暖かな手が触れて、力が入る。
「別に、平気だ」
「そうか。ならよいけれど」
 手が離れてホッとする俺の目の前に包み紙が置かれていく。小さな頃に食べたミルク味の飴だ。
「飴ちゃんを食べて元気におなり」
「随分と可愛いの持ってんのな」
 女子にでも貰ったのだろうか、それを指で弄りながら橋沼さんを見る。
「ばぁちゃんが持たせてくれるんだよ。別のもあるぞ」
 と更に苺にレモンと、飴が一種類ずつ置かれていく。
「こんなにいらねぇよ」
 しかも見た目が可愛らしい。
 こんなに大きなナリなのに、ばぁちゃんにとっては可愛い孫なんだな。
 なんだかおかしくて笑ってしまった。すると、橋沼さんも口元をほころばせていて、もしかしたら俺のことを気にして笑わせてくれたのだろう。
「飴、ありがとうな」
 返そうと思ったけれどやめた。気持ちは全部貰っていこう。
「授業中は食ったら駄目だぞ」
「解ってるよ」
 今度は頭を撫でられても身を強張らせることはなかった。

 橋沼さんから貰った優しさの詰まった飴。
 それがあるだけで橋沼さんを感じられる、なんか、お守りみたいだな。
 席に座ると葉月が咳で咽ていた。
 そういえば朝からそんなだったな。席が近いから嫌でも聞こえる。
 俺はポケットから飴を一つ取り出す。橋沼さんの優しさを分けてやるのは勿体ないが煩くされるのも迷惑だし、フルーツとミルクの味だから喉にも優しそうだしな。
「葉月」
 と声を掛けると、一斉に二人が俺を睨みつける。それに応えず、
「受け取れ」
 飴を投げ渡した。
「え?」
 キャッチした手を広げ、それが飴だとわかると驚いた顔をする。
 俺がこんなことをするとは思っていなかったのだろう。
「随分と可愛いの持ってんな」
 俺が橋沼さんにいったセリフと同じことを口にする。
 そう思うよな、やっぱり。
「咳、煩せぇんだよ」
 労わる言葉などはない。迷惑だといわんばかりの台詞を吐き捨て視線をそらした。
 今更、アイツにやさしい言葉をかけるのも互いに気持ちが悪いだけだろ。
「ありがとう」
 俺と違って素直に言えるんだな、葉月は。強がって素直に慣れない俺とは大違いだ。
 それにしても、まさか俺からこんなモノを貰うとは思わなかったようで、すげぇ間抜けな顔をしていた。
「ふっ」
 思わず吹き出してしまう。久しぶりに教室で楽しい気持ちになれた。
 ポケットの中の飴へと触れる。
 橋沼さんと出逢ってから俺は救われているな。
 クラスで浮いた存在になってしまってから、毎日がつまらなく、辛いものになった。
 だけど猫が切っ掛けで、昼休みに橋沼さんとバカな話をしたりおかずを分けて貰ったりと楽しい時間を過ごせるようになった。
 本当の友達になりたい。そんな風に思える人ができるなんて。神野やつるんでいたあいつ等とはなれなかったものだ。
 気持ちを告げることができたなら、もっと近い存在になれる。そうなれたいいなと、素直に思えた。