寂しがりやの君

つながる想い

 あれから御坂は仕事が忙しいようで、弁当は俺と神野の分だけとなり、いつものように屋上で食べていた。
 神野は忙しいのかまだ屋上へとは来ていない。
 一人で弁当を食べるのは久しぶりだ。告白されてからというもの、やたらと傍に居たがり、隙あらば抱き寄せられる。
 今日はそんなやりとりをしなくていい。せいせいすると思っていたが、心の奥底で寂しいと思ってしまった。
「何、考えてんだよ、俺……」
 恥ずかしくなってご飯をかっ込む。
 すると屋上の扉が開き、神野が来たのかと思い、恥ずかしくなってくる。
 顔を見れなくて俯いたままで居れば、
「お前さ、調子に乗んなよ」
 と神野ではない、誰かの声。
 顔を上げれば、田中を先頭にいつも絡んでくる三人が俺の前に立つ。
 面倒くさい。相手にしたくないと、無視して弁当を食い続けていれば、
「無視すんなよ」
 その態度が気に入らなかったようで、田中の後ろにいた背の小さい奴がきれ、それでも無視をし続けていると、
「これ、神野に作って来たのかよ。友達になったと勘違いしちゃってるわけ?」
 包まれたままの弁当を手にし、結び目を持つと俺の前へとぶら下げる。
「あぁ?」
 箸をとめ相手を見上げる。
 やっとこちらを見たと、弁当を手にした田中がニヤリと笑う。
 そして包みを開き弁当のふたを開けると中身を床へとぶちまき、汚い上履きで踏みにじられた。
「汚いな、上履きが汚れちまっただろうが」
 とそのまま背中を蹴とばされ、シャツに染みが出来る。
 今日は神野の好物を入れてやった。いつも以上に喜んで食べる姿が思い浮かび、その瞬間、俺は相手の事を殴っていた。
「グハッ」
 殴られてよろめく田中に、
「なっ」
「てめぇ」
 仲間の二人がいっぺんに殴りかかってきてそれを避けつつ、一人の腹を拳で殴り、もう一人を足蹴りにした。
 殴られた箇所を押さえ、それでもこちらへと向かってくる。
 それからはもみ合いがはじまり、腹と頬に何発か食らってしまったが、相手は立つことも出来ずに悶え苦しんでいた。
「……食いモンを粗末にするんじゃねぇよ」
 折角作ったのに、神野に食べて貰えなかった。
 踏まれたおかずを拾い弁当箱の中へ戻すと教室へと向かう。
 この姿を見れば何をしていたかなんて一目瞭然で、神野に見られる前に家へと帰ろうと思っていた。
 それなのにタイミング悪く、女子と一緒に教室へと戻ってきて、俺の姿を見るなり近寄ってきた。
「葉月、何があったの」
 神野の姿を見たら何故か目元が熱くなってきて、俺は何も言わずにカバンに弁当箱を突っ込んで肩に掛ける。
「葉月」
「うるせぇよっ」
 これ以上は話しかけないでくれ。泣いてしまう。
 俺は何も言わずに教室を飛び出した。

 屋上で起きた事はすぐに教師にも伝わり、俺は一週間の停学処分になった。
 仕事で忙しいのに学校に呼び出される事となり、母親には迷惑を掛けてしまった。
 今までも良く絡まれてはいたが、学校の中で喧嘩をした事は無かった。大抵、怖がられて近寄ってこないから。
「アンタが怪我してたの見て、そろそろ呼び出されるんじゃないかなって思ってた」
「殴った理由は聞かないのか」
「聞かない。子供同士の喧嘩だもん。悟郎は気にくわないからって人を殴るような子じゃないし」
 殴られた奴等は俺が一方的に悪いと言っていたようで、教師もそう思っているのは表情を見て分かった。だからずっと黙っていて何も言わないでいた。
「それに貴方の事を心配してくれるお友達もいるようだしね」
「……え?」
 母親の視線の先、そこに神野が立っていた。
「なんで」
 驚いて俺は目を見開く。
「何で、じゃないよ」
 その表情はかたく、怒りを含んでいるような、そんな目をしていた。
「母さんは先に帰っているわね」
 と肩を叩き、俺を置いて行ってしまった。
「何があったのか、人伝えでなく君の口から聞きたい」
 腕を掴まれ、払い除けようとも強く握りしめられていてできない。
「離せよ」
「嫌だ」
 強引に連れて行かれたのは保健室で、養護教諭の姿はなく、ベッドの上へと乱暴に突き飛ばされる。
 俺はすぐに身を起こそうとするが、二人分の重さで軋む音を立てながら組み敷かれた。
「神野、てめぇ」
「どうして言ってくれないんだ」
 顔を胸へと押し付け、その身が少し震えているのに気がつき、目を見開く。
「お前」
 泣きたいのを我慢している、そんなふうに感じたからだ。
「……ごめん」
 そっと頬に触れれば、その手を掴まれる。
「本気で心配したんだぞ」
 切なげに言われ、それが痛い程伝わってきた。
「あぁ、そうだな」
 もう一度、ごめんと呟き、あの日起きた事を神野に話し聞かせた。
「そうか」
「殴った事は本当だ。だから処分は受ける」
「わかった」
「神野、ありがとうな」
 今まで誰も相手にしてくれなかった俺の事を、こんなにも心配してくれたのだから。
 その想いが、俺の胸を熱くさせる。
「葉月」
 顔が近づいてきて、俺はそのまま神野のキスを受け入れた。
 目の端からこぼれ落ちた雫が頬を伝う。
 唇が離れると、神野がそのまま肩の当たりに顔を埋め、待っていると呟いた。
「停学開けたらさ、また四人で弁当食おうぜ」
 その時は皆の好物を一つずつ詰めよう。
「約束だぞ」
「あぁ、約束だ」
 小指同士を絡めあい、微笑んだ。

◇…◆…◇

 停学があけ、学校へと向かう。
 教室に入るなりざわつきが止まり皆の視線が俺へと向く。そりゃそうだよな。いつかこうなるだろうと思っていただろう。
 田中らも俺に絡むのはこりごりしたのか、視線すら合わせてこない。それに関してはせいせいした。
 クラスの奴等にどう思われようが俺を心配してくれる奴がちゃんといる。だから、それでいいんだ。
「おはよう、葉月」
 初めに声を掛けてきたのは神野で、続いて尾沢が俺に声を掛ける。
「……おはよう、神野、尾沢」
 待ってたよと神野の手が俺の肩へ触れる。
「休んでいる間の授業の内容だ」
 と尾沢からはノートのコピーを手渡された。
「サンキュ。飯、作ってきたから。後で御坂も来るんだよな?」
 停学中に心配して電話をしてきてくれたのだ。御坂にも話をしたし、絶対に今日は学校に行くからと言っていた。
「あぁ。お弁当、楽しみにしてた」
「俺も」
「はは、気合入れてきたから」
 神野の好物は知っているし、二人の好物は御坂から聞いてある。
 そこに俺の好物も入れた。皆に知ってもらうためにだ。
 いつのまにか教室はいつものざわめきを取り戻しており、しかも一部の男子に「おはよう」と挨拶をされた。
 どういう事だと神野を見れば、何も言わずにただ苦笑いするだけだった。
 

 
 弁当は三人に好評だった。
 俺の好物であるいとこ煮を見た時、納得と神野に言われ、甘いものが好きな事をばらされる。
 こんな見た目をしているせいか、引かれるかなと思ったが、特に気にしていないようだ。
「俺も甘いの好き」
 一緒だねと、いとこ煮に箸をのばし、おいしいと御坂が喜んで食べていた。
 神野と尾沢は肉系が好きでこってり目のものが好きだ。角煮は二人のツボにはいったようで、また食べたいと言われた。
 透も好物なので、ついでに作ってやるよと言えば、「ついでかよ」と言いつつも嬉しそうにしていた。
 弁当を食べ終え、御坂は尾沢と勉強をするからと図書室へ。
 俺達はこのまま教室で時間まで過ごすのかと思いきや、話があるからと人気のない場所へと連れて行かれた。
「話って?」
 だが、動いたのは口ではなく手で、俺は神野に抱きしめられていた。
「恋人になってください」
 本気なのは十分解っている。
 俺だってそういう意味で神野の事を好きになっている。だけど素直に言えるかってぇの。
「お前の事は……、嫌いじゃねぇよ」
 と答えれば、神野に苦笑いされた。
 だって、俺の気持ちはなんとなく察しているんだろう? 口に出さなきゃ解らねぇとか、駄々をこねたら殴るからな。
 熱い頬を冷ます様に手で扇ぎつつ軽く睨みつける。
「じゃぁ、良いよね」
「え、何が?」
 素早く唇を奪い、そして耳を舐められた。
「ひゃぁっ」
 変な声が出て、死ぬほど恥ずかしい。
 それを誤魔化すように怒る。
「てめぇ、いきなり……」
「悟郎」
「へ?」
 急に名前で呼ばれ、一瞬、ぽかんとしてしまったが、ぶわっと熱がこみ上げた。
 なんだ、これ。親に名前を呼ばれてもこんな風にはならなかった。
「お前、俺の事を名前で呼ぶの禁止っ」
 慣れるまでこんな調子じゃ俺が落ち着かない。
「えぇっ、恋人同士なのに」
「ぶほっ」
 こ、恋人って、本当、お前、いきなりすぎんだよ。
 まだ心の準備が出来てねぇってぇの。
 あぁ、駄目だ。俺、このまま恥ずかしさで死ねる……。
「お前、教室へ戻れよ」
 一人になって胸のドキドキを落ち着かせたい。
 なのに神野の手が俺の胸へと触れ、そしてニヤニヤとこちらを見る。
「すごいドキドキしてるね」
「神野!」
 くそ、嬉しそうにするな。
 ムカついてその手を払いのけた。
「教室で待ってるな、悟郎」
「な、なっ」
 俺は怒りに唇をわなわなさせる。
 投げキスをし教室へと戻る、その姿を眺めて俺はその場に座り込んだ。