獣人、恋慕ノ情ヲ抱ク

 ゾフィードがドニに優しいのは友達だから。
 その言葉が思った以上にショックだった。それは夢のような時間を過ごした後だったからかもしれない。
 今だゾフィードに触れられた個所が熱く疼く。それがあさましく思え、そして目から涙があふれだした。
 そんなドニに呆れたか、ゾフィードがため息をついた。
 ここで泣くのはズルいよなと、ドニは涙を拭い笑みを浮かべようとしたが失敗した。きっと顔が引きつっているだろう。
 へいきだと口にするが、ゾフィードに抱きしめられた。
 あぁ、またやってしまった。泣いた者を慰めるのも友として当然、そう思っているのだろう。
 それを勘違いして期待をしてしかけて我に返る。あとで返ってくるダメージが大きいのを知っているから気付けた。
 少しだけ胸の重苦しいがまだこれくらいなら耐えられる。ただしこれ以上優しくされたらわからない。
 ごめんねと謝ってこれでお終い。そうしたかったのにゾフィードの視線はまっすぐにドニを見ていた。
 こんなふうに見つめられてはドニの気持ちは落ち着かない。しかも手が頬に優しく触れるのだからダメだと思っても期待をしてしまいそうになる。
「ドニ、覚えているか。獣人が愛しい者にする行為を」
「うん。鼻先を舐めるんだよね」
 口の中が渇き声がかすれる。
 今、それを口にするなんて。心臓がうるさいくらいに音をたてはじめた。
「そうだ」
 と、ゾフィードがドニの鼻先をぺろりと舐めた。
 その瞬間、ドニは驚き、後ろに下がって尻もちをついた。
「驚かせてしまったか。すまない」
「ゾフィード、それって」
「好きだ」
 ずっと欲しかった言葉だ。
 気持ちの高ぶりが収まらず、折角止まった涙が再び目からあふれ出た。
「ドニ!?」
「ごめ、俺、ずっと、その言葉が欲しかったから、驚い……、ん」
 唇が重なり合う。それはすぐに離れ、そして額がくっつき鼻先が触れる。
「ドニに告白をされた時、俺が獣人だからだろうとお前の気持ちを信じていなかった。だが、団長がお前を好きだといっても付き合わなかったよな。一途に想ってくれていたことを疑ってしまった。それがわかってから、ドニに優しくしようと自分に誓ったんだ」
 ゾフィードが優しかったのはそういう理由だった。
「嬉しいよぅ。俺の気持ちが伝わって」
 ぐりぐりと頭を動かすと、ゾフィードがくすっと笑う。
「すまんな。俺は鈍感だから団長に当て馬のようなことをさせてしまったし、ランベール様にも援護射撃のようなことをさせてしまった」
「そうだよっ。これからはいっぱい愛してもらうんだからねっ」
 と、ゾフィードの唇へ口づけてゾフィードを見つめれば、目を細めてドニの頬を指でなでる。
「そうだな。それならこれ以上のキスを贈ろう」
 口を開けと言われて、うっすらと唇を開くと舌が中へと入りこむ。
 自分たちとあまり変わらぬ舌の長さと厚さだが、ざらざらとした感触が歯列をなぞっていく。
「はぁっ」
 それがすごく気持ちよくて下がじくじくとしはじめた。
「ん、ファブリスの菓子を食べているときのような顔だな」
「ふぁ?」
 唇をついばみ、そして再び舌がはいりこんだ。
「むふん」
 蕩けるような口づけに、力が抜けてゾフィードの胸に頬を押し付ける。
「ドニ、掌を上に向けろ」
 そういわれて掌を上へと向けると、ゾフィードが耳につけていた赤い宝石のピアスを外して落とした。
「受け取ってほしい」
 まさか、ゾフィードから宝石を渡されるとは思わず、目をぱちぱちとさせて掌のピアスを眺める。
「これって」
「いや、これはお前に贈るアクセサリーができるまでの間、俺のものだという証だ」
 俺のものという証。それに触れて一気に熱が上がる。
「あ、う」
 こういうのははじめてだからいつものようにはできない。
「あぁ、やばいな。お前は意外と可愛い奴なんだな」
 真っ赤だと手の甲で頬を撫でられた。
「だって、ゾフィードが」
「俺と番になってくれ」
 撫でていた手が唇を撫でて首筋をたどる。
「うん。ゾフィード、俺を幸せにしてね」
「あぁ、もちろんだとも」
 互いの鼻先にキスをする。
「あぁ、興奮して眠れないかも」
「大丈夫だ。俺が抱きしめていてやろう。そうすればぐっすりだ」
 その言葉の通り。ドニはすぐに深い眠りについた。

  ファブリスに綺麗な布と革ひもを貰い小さな袋を作った。
 その中にあずかりものを入れて首にぶら下げる。 
「ゾフィード、ピアスはどうしたのだ。成人の儀で贈られたものだろう?」
 番のない獣人は親から贈られたアクセサリーを身に着ける。
 まさか、そんな大切なものだったとは。
 なんて愛おしいのだろう。ドニは袋をそっと撫でる。
「俺が預かっているんだ」
 とファブリスにいうと、おっというような顔をし、ゾフィードの肩に手を置いた。
「そうか。やっと素直になったのか」
「あの変態にだぞ? 気の迷いかと思うだろう」
 素直にそこはうなずいておけばよいものを。それでも、番になってくれという言葉があるからドニは笑っていられる。
 ロシェに伝えたいのだが姿が見えない。
「ファブリス、ロシェは?」
「まだ休んでいる」
「あ、お仕置きされたんだっけ」
 起きれないほどにお仕置きは激しかったのだろう。自分たちのお仕置きを思い出し頬がじわっと火照り出す。
 だがそれは二人の行為に対して照れていると思われたようでファブリスからの突っ込みはない。
「ロシェに余計なことを聞くなよ」
 お仕置きの内容はどうだったかと聞いてはいけないということか。気にはなるが黙っていることにする。
「わかった。ロシェに怒られるものね」
「そういうことだ」
 朝は焼き立てのスコーンと花苺のジャム。ドニには生クリームが付いていた。
「わぁ、嬉しい」
「ドニはこれがあればたくさん食べるからな」
 温かいミルクがコップの中に入っていた。
「うん」
「午後にはここを立つから、荷物の整理をしておいてくれ」
「わかった」
 しばらくは話をしながら朝食を堪能していたら、不機嫌な顔をしたロシェがダイニングへとやってくる。
 そしてファブリスを見るや否や、シャツの胸元をつかんで引っ張った。
「この性欲の塊がっ! 今日は帰る日だとわかっていたのに、何度も何度も突っ込みやがって」
「あぁ。だが、我慢できなかったんだ」
 キューン。
 鳴きながら、しょんぼりと耳と尻尾が垂れていた。
「はわ、かわっ」
 甘えるファブリスは可愛いなとデレっとしかけたところに、
「もう浮気か」
 頭を撫でていた手が、こんどはぎりぎりとつかんでいる。
「いたいっ、だって、あれはファブリスが悪いよぉ」
「うるさい、変態め」
 よそ見をするな、そう耳打ちされて唇をふさがれた。
「はぅんっ」
 嫉妬をしている。それが嬉しくて頬が緩んだ。
「なんだ、やっとくっついたか」
 ロシェがそう口にする。怒っていたのに今はいつもの彼に戻っていた。
 まさか見られていようとはおもわず、ゾフィードの耳と尻尾がピンと立ち上がり、それを見てファブリスがにやりと笑う。
「耳と尻尾は素直だな」
「なっ」
 焦るゾフィードに、ロシェとドニがうなずいた。
「ドニ、よかったな」
 ロシェがドニの手を掴んで、滅多に見せない笑みを浮かべた。
「可愛いな、その顔」
 じっとファブリスが顔を近づけてみていて、やめろと照れ隠しのようにロシェが脇腹を殴った。
「あははは、いいね、こういうの」
 そっとゾフィードの手を握りしめると、
「あぁ。これから先も一緒に笑いあって暮らせたらいいな」
 その言葉と共に指を絡ませる。
「うん」
 鼻先が触れ合い、そして笑顔を向けた。