藤花

糸を張る蜘蛛

 襖絵や屏風絵の依頼が無く食うに困っていた所に、顔見知りの店の主に春画を描いてみないかと誘われたのが切っ掛け。
 藤の春画は評判であり、特に衆道ものが人気で、つばめという名の陰間を雇い絵を描いていた。
 自分が描きたいのは淫らに男を誘う陰間の姿で、その為に藤は自らの手でつばめに触れて高めていく。
「あぁ、藤さんっ」
 色っぽい声をあげながら身をよじるつばめに、もっと感じろとばかりにマラをこすりあげる。
 自分が描きたい状態までつばめをおいつめる。絵のことになると藤は集中してしまい周りが見えなくなる所があった。
 だから家の中に誰かが入ってきて、何かが落ちる音が聞こえるまでその人物に気が付くことはなかった。
「な、恒宣」
 下の名で呼んでしまった事にすら気が付かないほど動揺した。
 今まで春画を描いている事に後ろめたさを感じた事など無かった。
 それなのに恒宣に見られた事で、いけない事をしている気持ちになってしまうほどだ。
「あ、あの、返事が無かったから……」
 世話になったお礼に菓子と、藤の着流しを持ってきたそうだ。
「そうかい。そいつはわざわざすまねぇな」
 立ちあがって陰間が恒宣の視線に入り込ぬ様に遮ぎる。
 だがいやらしく濡れた体を晒しだす陰間の姿を恒宣はしっかりと見てしまったようで、菓子を差し出す手が震えていた。
「邪魔をしたな」
 踵を返し家を出恒宣の、その腕を掴んで引き止める。だが、その手は払われてしまう。
「黒田さん」
「触るな、汚らわしいっ」
 手を握りしめながら真っ青な顔で肩を震わせる恒宣に、藤は拒絶されてしまったと彼を呆然と見つめる。
「……すまねぇ」
 どうにかそう言うと、藤は家の中へと逃げる様に入り戸を閉めた。
 これで恒宣は自分を訪ねてくることはなくなるだろう。
 二度と会う事はない。そう思うだけで胸が苦しくて立っていられなくなりずるずるとしゃがみ込む藤に、つばめが傍へときて大丈夫かと声を掛けてくる。
「つばめ、わりぃが気分がのらなくなっちまったからおしめぇにするわ」
 銭を握らせて帰るように言うと、何か言いたげに藤を見つめた後にひとつ息を吐き、わかりましたとつばめは身支度を整えて帰っていった。
 一人きりになると恒宣に払われてしまった手を見つめ、気が重くなっていく。
 もっと恒宣の事を知りたいと、そう思っていたのに。
(嫌われちまったよな)
 拒絶されて叩かれた手よりも心が痛い。

◇…◆…◇

 あれから藤の筆は動かなくなってしまった。
 春画を納められない藤に、店の主が気晴らしにでもどうだと花街にへと誘われた。
「今は遊ぶ気ぃにもなれねぇんで」
 そう断りを入れ、家に閉じこもる。
 何もする気が起きずに、ただ、ぼんやりとしながら過ごしていれば、
「御免下され」
 と外で声がする。
「――!」
 その声の主は二度と尋ねて来ることはないだろうと思っていた相手のもので。
 藤は急いで入口へと向かい戸を開ければ、目の前に恒宣の姿がある。
 此処に彼が居る事が信じられなく、恒宣を見つめたままでいる藤に。
「中に、入れてはくれぬのか?」
 と遠慮がちに尋ねてよこす。
「あ、あぁ、どうぞ」
 中へ入るように言うと、失礼すると恒宣が草履を脱いで畳にあがる。
 恒宣は藤の正面で、正座をし背筋を伸ばすと頭を下げる。
「申し訳なかった。ああいうものに免疫がなく、ついあんな事を」
 恥ずかしそうに俯く恒宣に、
「そうかい。初心そうだものな、あんた」
「兄上から聞いた。藤は売れっ子の絵師なのだそうだな」
「はは、春画の方ではちょいとばかり名が売れているみてぇだが、他はからきしでぇ」
 そう苦笑いする藤に、
「どんな形であれ藤の絵を認めているという事だろう?」
 凄い事じゃないかと恒宣が藤の手を握りしめた。
 ただそれだけの言葉。なのに、嬉しくて藤の心へと浸透していく。
 無性に絵が描きたくなって、
「そうだ。黒田さんの事を描かせてよ」
 そう思わず口にしてしまい、すぐに、しまったとばかりに額に手をやる。
 藤の言葉に、恒宣の眉間にシワがよる。
 折角、こうして尋ねてきてくれたと言うのに怒らせてしまっては元も子もない。
「わりぃ、今のは」
「……よいぞ」
 冗談だと言おうとした所に、恒宣の返事だ。
「本気か」
「あぁ。藤の事を理解するのには自分が体験してみるのが一番だろう?」
 どうすればよいか教えてくれと真っ直ぐに藤を見る恒宣に、自分を理解しようとしてくれている事が嬉しくて藤は高揚感を覚える。
「じゃぁ、コイツに着替えてくれや。それと、足袋は脱いでくれ」
 手元に戻った藤色の着流しを再び手渡した。
「わかった」
 恒宣が着替えている間に筆と紙を用意し、布団を敷いて此処に横になる様に言う。
「藤、これでよいか?」
 仰向けに寝そべった恒宣に、
「片足を立ててくれ」
「こうか?」
「あぁ、そんな感じで良い。あと、衿下を少し捲ってもいいかい?」
「かまわぬよ」
 衿下を捲りあげれば細く白い足がちらりと見え、芯が痺れを感じて目を見張る。
(おいおい、野郎の脚だぜ?)
 それもこの前、腰回りを撫でた時には感じなかったというに。きっとこれは気のせい、そう恒宣の足へと手を這わせて撫で上げる。
(ほら、気のせいだった)
 いつもと同じだ。
 絵師としての自分は、相手の淫らな姿に興奮など一度もしたことがないのだから。
 いきなりこんな真似をする藤に恒宣は驚いてしまっただろう。
「藤っ!」
 声を上擦らせて恒宣が身を起こすが、藤は撫でる手を止めずに上へと伸びて太ももへと触れていく。
「ん……、ふじぃ」
 なんて色っぽい声を出すのだろうか。
 再び芯が痺れだし、流石にまずいと思いはじめる。
(駄目だ。今すぐにこの行為をやめて冗談だといえ!)
 欲しいという気持ちが芽生え、直ぐにそれを打ち消そうとする。
 だが、触れられる度に色づいていく恒宣を目の前にし、藤の手はもっときわどい所へ触れようとしていた。
「藤、やっ」
 足を閉じて逃れようとする恒宣に、理性がプツリときれ。それをさせまいと膝を掴んで体を差し込む。
 下穿きの上から恒宣のマラに触れれば、びくと体が跳ね上がる。
「なんでぇ、おなごに此処を良くしてもらった事ぐらいあるだろうが」
 その言葉に肩が震え、頬を赤く染める。
「……ない」
「へぇ、じゃぁ、初物ってわけかい」
 ぺろりと舌なめずりをしながら欲を含んだ目で恒宣眺め、帯を解きそれで両手を縛り上げる。
「や、腕、解い……、んッ」
 涙を浮かべ言葉を紡ごうとするその口を唇で塞いでしまう。
 無理やり舌を口の中へとねじ込んで、水音をたてながら絡め、下衿を掴んで広げて下穿きへと手を伸ばした。

 泣きながら嫌だという恒宣に、止める事無く快楽を与え続け溺れさせ。
 貪るように体を奪い、気を失うまで中を貫いた。
 白濁で汚れた体をぬるま湯で拭い、藤色の着流しを着せる。
 自分も体を拭いた後に先ほど目に焼き付けた恒宣の淫らの姿を描いていく。
 どのくらい没頭していたか、傍に立つ人の気配を感じて我に返る。
「起きたのかい」
「あぁ……」
 ちらっと見ただけだが顔色が悪い。
 畳の上に散らばる絵を見たのか、恒宣がはっと息を飲む音が聞こえ。
「こ、これは、私、なのか?」
 と、声を震わせる。
 丸メガネの色気のある男が、口に後ろにと巨根を咥えている、そんな絡み絵が数点。
 後は精で濡れて恍惚とした表情を浮かべる姿や、着流しを淫らに着崩し、舌を出している姿……。
 犯された挙句に淫らな姿を描かれているのだ。これで完全に嫌われただろう。
 藤は絵をかき集め、そして真っ青な顔色をしている恒宣の手から絵を取り上げて、
「これで俺って男がわかっただろう?」
 という。
 最低だと罵り部屋を出ていく、そう思っていたのに。
「お主の、なにを、知ったというのだ?」
 震える自分自身を抱きしめながら、それでも真っ直ぐにこちらを見ていた。
 あんな真似をした男なのに、まだ嫌わないでいてくれようとしているのか。
(俺には勿体ねぇ人だ)
 こんなどうしようもない男と一緒にいたらいけない。
 だから余計に相手を傷つけるような態度をとる。
「初物だと知って、おめぇを食うような男だぜ、俺は」
 腕を伸ばして恒宣の尻を掴んで揉む。先ほどまで藤のモノを咥えていた所を指で撫でれば、
「ひやぁっ」
 と声をあげて腰を浮かす。
「中に突っ込んでやったら、あんなに善がっちゃってよ」
 クツクツと笑って見せれば、恒宣は羞恥に顔を赤く染め、藤の頬を思い切り叩いた。
「いてぇな……」
「最低だな、お主」
 藤の頬を叩いた手を握りしめながら涙を浮かべる恒宣に、
「二度と此処には来るんじゃねぇッ」
 そう言い放ち、出ていけとばかりに手を払う。
「邪魔をした」
 涙を拭い藤から視線を外すと、藤色の着流しを着たまま恒宣は家を飛び出していった。

 本気で落ちる前に彼を遠ざけた。しかも最低なやり方でだ。
 綺麗に畳まれた恒宣の小袖と袴を手にとり抱きしめる。
「すまねぇ……」
 恒宣の姿を思い浮かべながら藤は静かに涙を流した。