嫉心

 将吾と弥助は昨夜に起きた人斬りの一件で聞き込みに出ていたのだが、有力な情報を得ることができず、奉行所へと戻り上役である榊に報告することにした。
「そうか。目ぼしい情報は無いか」
 他も同じで、有力な情報は得られなかったようだ。
 報告を終え、家へと帰ろうとしていた所に「磯谷のダンナ」と声を掛けられて顔を向ければ、そこには知り合いの御用聞きが立っていた。
「おう、どうしたんだ」
「へい、実は南でおきた人斬りの一件で。外山のダンナが明日の牛の刻、例の場所で逢わねぇかと」
 例の場所とは西にある無住寺院で、人の目にあまりつかぬことから青木の配下である同心の外山宗佑(そとやまそうすけ)との待ち合わせで使っていた。
「わかった」
「では」
 用件だけを告げて御用聞きは帰っていった。

 外山との待ち合わせは午の刻。
 いつもの様に西の寺に向かう途中にある茶屋で弥助を待たせ、将吾は一人待ち合わせの場所へと向かった。
 青木は功名心が強い。しかも同い年である榊と、彼の配下を目の敵にしており、外山と話をするにも密かに会う羽目となる。
 紋次とは、つい最近、盗みに入られた油問屋で下働きをしていた男だ。下手人として行方を追っていたのだが、姿を隠してしまい、やっと北にある長屋に住んでいるという情報を得た。
 だが、そこに住んでいたのは別の男で、しかも殺されてしまったのだ。
 その日、誰かと怒鳴りあう声を聞いたと、同じ長屋に住む住人が話していた。しかもその声がぴたりと止まり、誰かが出ていく音がしたという。
 紋次には女がいるようで、そこに隠れているのではないかという話だ。
 そこから調べてみると外山に礼を言い、別れようとしていたその時だ。
 人の気配を感じてそちらを見れば、青木と彼が良く連れて歩いている同心の大津と熊田、そして彼らの小者と御用聞きが数名いる。
「こんな所でこそこそと何をしている」
 と将吾と外山を睨みつけていた。
「これは……、青木様」
 どうしてこの場所にいるのだ。怪訝そうに青木たちを見れば、
「外山が榊の配下と通じている、そう聞いたのでな、見張らせておったのよ」
 同じ奉行所の仲間なのだ。互いに協力し合うときだってあるだろう。それなのに上役とあろう者がくだらないことをしている。
「なんだ、その目は」
 目を細めて相手を見れば、衿を掴まれ引き寄せられた。
 その時、いつも感じるよりも更に嫌な「何か」を青木から感じてゾクッとする。
「上役に刃向うとは、仕置きが必要だな」
 青木は歪んだ顔を見せ、将吾の鳩尾を蹴り飛ばす。
「ぐはっ」
 腹を押さえてしゃがみ込む将吾の、その髪を青木は鷲掴みする。
「青木様、おやめください」
 突如始まった仕置きという名の暴力。
 外山は青木を止めようとするが、大津が自分の御用聞きに捕まえるように指示を出す。
 邪魔をするお前も同罪だと言い、それからは一方的な暴力の始まりだった。
 ただ耐える様に体を丸めていた将吾に対し、死なぬ程度に殴り、浅く斬りつけたりと暴行をする。
 暫くし、
「来いっ」
 と大津に言われ、御用聞き達に両腕を掴まれ身動きを封じられた外山が引きずられていく。
「外山!!」
 必死で起ちあがろうとするが、熊田に背中を足で踏まれて身動きできない。
「磯谷、すまぬ」
 何度もすまぬと謝る外山の鳩尾を大津が殴りつけ、気を失ったか、身体がだらりとし動かなくなる。
 ただ見ていることしかできなかった。悔しくて歯を食いしばる。
 しかも、去り際に背中をおもいきり踏みつけられて意識が飛びそうになった将吾だが、痛む体を起こしておぼつかない足取りで、待ち合わせの茶屋へと向かう。
 そして、弥助が駆け付けて身体を抱きしめた所で意識が途切れた。

※※※

 気が付けば布団の上に寝かされており、どうやら弥助がここまで運んでくれたようだ。
「気が付いたか」
 枕元には正吉と榊の姿があり、ここは茶屋の主人の家だということを教えてくれた。
 身を起こそうとして体を動かすが、体中に痛みを感じて低く唸る。
「そのままで構わぬ」
 痛みで体を起こせそうにないので素直にその言葉に従う。
「深い傷はありませんでしたが何針か縫った箇所もありますし、痣になる程に殴られた箇所もあります」
 榊の手前もあり、丁寧な口調で正吉が説明をする。
「……そうか」
 自分と同じように暴力を受けた外山のことが気になる。連れていかれた後、更にひどい目にあっていないと良いのだが。
 心配し落ち込みそうになる将吾に、
「今は怪我を治すことだけをお考えください」
 と正吉は苦い薬湯を匙ですくい少しずつ飲ませる。
 それを全て飲みおえると、
「木崎先生、暫く二人きりにしてはくれぬだろうか?」
 榊の申し出に、少しの間ならと二人にお辞儀をし部屋を出ていく。
「で、何があった」
「人斬りの一件で外山と会うことになりまして」
 外山からの情報、そして仕置きとばかりに一方的に暴力を受けたことを榊に話した。
「青木ぃぃぃ」
 ぎりぎりと歯を食いしばり、畳に拳をぶつけた。
「榊様、この件は胸の中に納めておいてください」
 と頼む。その言葉に、榊は怒りに震え畳みに拳を叩きつけた。
「お前がこんな目にあったというのに、黙っていろと言うのか!!」
 吊り上がる眼が鋭く怖い表情を見せる。相当頭にきているのだろう。怒りが伝わってくる。
「お願いします」
 だから榊の気持ちを落ち着かせるように、できるだけ冷静に口にする。
「青木様がやったという証拠がありません。それに目撃者もおりません」
 それに上役に逆らったので仕置きをしたまでと開き直るかもしれない。下手に騒ぎ立て、榊に配下の面倒も見られないかと言いかねない。
 けして素直に認めないだろう。将吾の言いたいことに気が付いたか、気持ちを落ち着かせるように深く息を吐きだした。
「……今日はこのまま世話になれ。明日、籠を寄越す」
 と、そして感情的になってすまぬと榊が謝る。
「いえ」
 普段見せるのは人の良い上役の顔で、時折、将吾に対して意地の悪い顔を見せることもあるが、ここまで感情を露わにする榊の姿は見たことが無かった。
 心から心配してくれているのだと伝わってきて、そしてそれが嬉しく思った。
 未だ強く握りしめたままの拳に、将吾は両手で包み込むように触れれば、榊は驚いた様に目を見開く。
「磯谷?」
「榊様、ありがとうございます」
 あいている方の手で肩を軽く叩かれた後、包み込んでいた将吾の手を掴み離す。
「さ、身体を休めよ」
 布団を肩までかけてくれ頭を撫でられる。
 時折されるのだが、いつもは童のような扱いをされて嫌なのだが今日は素直にうれしい。
「木崎先生、話は終わりました。後のことはよろしくお願い致します」
 隣の部屋へと向かい正吉に挨拶をした後、再び将吾の元へと顔を見せてすぐに帰っていった。
「配下思いの良い人じゃねぇか」
 若くして与力となった榊は世渡りも上手く、年上の与力とも配下である同心にも慕われている。
 確かに仕事の面では頼れる上役である。だが、誰にも言えぬ困る一面がある。
 おなごと縁のない将吾に対し、何かと理由をつけて身体に触ろうとする。しかも下半身の方をだ。
 弄られてイかされて、何度かは拒否することができたが、欲が溜まりに溜まっている時は拒否するこが出来ずに、その手でイってしまう。
 しかも自分で抜くよりも気持ち良くて、味わい続けているうちに中毒になりそうで怖いし、そんな自分を見る榊が優しい目をして自分を見るものだから馬鹿にされているのではと思ってしまうのだ。
 他にも酔っぱらった榊を家まで送り届けた後に添い寝と腕枕をさせられたり、書物が読みたいと長時間も肩や背中に寄りかかられたりする。その度に腕や背が痺れて痛い思いをする羽目になる。
「そうだな」
 だから正直、あんなにやさしくされるとは思わなかった。